アッシェンバッハの彼岸から -91ページ目

目利き目開き

(BGM:大好だけど朝には聴かない)
Nick Drake
Pink Moon


きょう、年上の友人と話していておもったのです。

そーだ能ある鷹とはよく言ったもので。と。

その人はわたしなんかの倍以上の年収をもらっていて、

おうちも地位もありなさる、日本を支え家族を支えている立派なおとなで、

わたしのような社会の底辺を蠢いている虫けら的生き物とはそもそも種が違うのですが、

なにしろわたしがすごいなぁと感じ入るのは、朝、誰よりも早く出社して、

始業のチャイムと同時にパチっとお仕事モードに切り替わって、

で重い責任ある仕事をこなしながらも夜はそれなりに早く仕事を終えてるというところである。

当たり前だって?当たり前なものか。

それが出来ないのがこのわたし。

そして、当たり前の日常とゆうのはとてつもない努力と意識の積み重ねなんである。

あなたにそれができないのは、あなたのその稼業のせいだよと優しい人々は云っても下さる。

しかしそうは言っても。一応雇われ人としては、10時から19時がオンタイムなのである。

それを、「昼間は電話やら太陽やらその他が五月蝿い」などと嘯き、

夕方頃にエンジンがかかり始め、終電までアストル・ピアソラ或いはブラームスの交響曲或いはラフマニノフのピアノ交響曲三番或いはリストの超絶技巧ピアノ曲などを大音量でヘッドホンから流しまくり、大声で独り言を呟き、おまけにヘッドホンのせいで周囲がギョッとした顔でこちらを振り返ることにも一向気付かず手が痛くなるまでキーボードを叩き、深夜過ぎに帰宅してベッドの中でウーだのアーだの云いながら紙にボールペンで赤入れなどしながら、2時や3時にバッハの無伴奏チェロで無理矢理興奮した頭を少しでも睡眠モードに近づけようとしたって要するに早起きも午前中から冴え渡った頭で机に向かうことも困難なのである。

うーん、ついまた言い訳じみている。

午前中は死にたくてたまらないのに夜になるとあと何十年でも生きてたいっておもうのって、

鬱病のはじまりらしい。それって完璧にわたしのことじゃん。


冒頭の彼は云うのです「おれなんかたいしたことない。朝だって早く起きてるってだけ」。

がんばる、という言葉をわたしは大嫌いで、なぜかといえば、

それは言葉の中に無理矢理感だとかやらされてる感だとか、

一番嫌なのは「そんな自分らに酔ってる感」が匂うこと。

「すごいなああ」とおもうことをやってのけてる人とゆうのは、

もちろん想像を絶する努力なんてのもあるのだろうけれど、そもそも何がちがうって、意識がちがうのだ。

がんばるだとかそんな大層なことを云う以前に、

「これをやっちゃダメだ」とか「こうしたほうが自分はやりやすい」てのが、ちゃーんとわかってる人なのだ。

だからそういう人たちは、殊更に「がんばってる」自分を意識したりしてない。もちろん強調もしない。

そこがすごい。それが能ある鷹なんだきっと。

爪を隠してるんじゃない。出そうだなんておもったこともないのだよ。


いつだかの日経の夕刊によれば、「目利き」とゆうのはそれについて知識をもった人のことで、

「目開き」とゆうのは、それを感じることのできる人のことを言うそうな。

わたしは「目開き」のほうになりたい。がんばって勉強しただけじゃ、なれそうにないからだ。