アッシェンバッハの彼岸から -89ページ目

つぼみふくらむころ


木蓮    




3日くらい前、いつものように家から駅までの道で信号待ちしていて、

いつもと違うものがふと目の端を横切った気がして見上げると、

木蓮の枝に無数に蕾がついていた。

ふわふわした毛に覆われた蕾は、二十日鼠だとかの小動物みたいで、

あんなにたくさんあったら重たいのじゃないかとおもうけれど、

細い枝はまったく撓んでいないのだ。


今朝も信号は赤で、木を見上げた。

そしたらいくつかの蕾はほころんで、

柔らかくて赤紫いろの花びらが、控えめに内側から覗いていた。


春は急いで歩いちゃいけない季節だなとおもう。うつむいて歩くのも。

まいにちまいにち、変化が確実にわかるから。

沈丁花はすでに少し、花びらの内側が黄いろっぽくなった。

香りの粒子が見えるような、勢いよく発散する匂いでなくて、

いまでは、そっと地面におりてく匂いのような気がする。

梅は散り始め、椿は朽ち始め、木蓮は花開く。

じっと見つめていると、音がしそうだ。そっと花開く音、朽ちてゆく音。

桜の幹は、耳をくっつけたら血流の音が微かに聞こえてきそう。



青山霊園



だから春先は落ち着かないのです。

表を歩けば、あちこちからいろんな音がする、匂いがする、気配がする。

世界中がたえず蠢いているのが、目を閉じ、耳をふさいでいてもわかる。

ほんとはいつだってそうなんだ。

わかっているけれど、歩けど歩けど枯木立の冬は、

臆病者のわたしに、恰もひとところにいるような錯覚を与えてくれる。

ひとびとはきっと、自分はいつか死ぬ、とゆう事実に向き合うのが怖いから、

だからどんどん地面や空を、堅牢なコンクリートで固めて、

未来永劫不変であるかのような幻想の帝国をつくり、

いくらでも複製可能な情報に囲まれて生きることを選んじゃないだろうか。



なんだか制服姿の中学生がやたらと多い。

道いっぱいにひろがって歩く彼ら彼女らの、大きな肩掛けバッグ。

男の子と女の子の間の微妙な距離がほほえましい。

いつも通る高校の前にさしかかったら、校門の前に

「2007年度 合格発表」と書かれた立て看板があった。