異邦人
待ち合わせがあって、わたしは街を歩いていた。
よく歩く街だ。そして友人も、わたしも、ひとりで歩くことを厭わない。
だから彼女がすこし遅れると律儀に連絡を寄越したとき、
何時間でも遅れていいよというふうに返事をして、人ごみを抜けると公園に向かった。
池の周りを歩いていたらふいに電話が鳴って、
きょうは安静にしてるようにお医者さんに云われちゃった、という。
彼女は臨月の妊婦なのだった。
どういった状況にあるのか、わたしにわかろうはずもない。
それなりに切迫した状況らしいのだが、その口ぶりが妙に落ち着いていて、かける言葉に困る。
けれど、悪びれたところも慌てふためいたところもなく、明るいような彼女の声が耳に残った。
しばらく歩くと、よく行く喫茶店がある。いつものように窓際に腰掛けた。
蔦の絡まった大きな出窓の真横の席は、サンルームのように明るい。
午後の陽光がガラスを透かしてテーブルに青い陽だまりをつくっていて、
ミシェル・ペトルチアーニが低い音でかかっている。
ジェームズ・ボールドウィンの「ジョヴァンニの部屋」を開くと、
朝もやの中の異国の町並みが、ページから立ち上がってくるようだ。
美しいことに違いはないけれど、この物語が見せてくれる風景は、
絶望的な酒の、酔い覚めの朝が見せてくれる風景だ。
パリで繰り広げられる、異邦人ふたりの破滅的な恋物語を読んでいて不意に、
すうっと音もなく足許の床が、サンルームのようなこの場所ごと崩れおちたような気がした。
急に、ここが異国であるみたいな気がしたのだ。違う、わたしが異邦人なのだ。
もちろんここは日本だから、ここが異国ならばわたしに還る場所はない。
さっき、友人の口ぶりがやけに落ち着いて聞こえた理由がわかったような気がした。
自分のなかにもうひとつ、命を抱える彼女には、
疑うまでもなくこの世に両足をつけていられる、たしかな理由がある。
わたしはどうだろう?
会社の制服を着た中年女性3人組が、
「いつまでランチを待たせるの。昼休みが終わっちゃうじゃない」
と文句を言っている。困ったようなボーイさんのうしろ姿。
蔦の絡まる出窓から外を見た。
向かいのカフェでは、OLふうの女の子ふたりが向かい合って食事している。
道行くカップルや友だち同士は楽しそうにおしゃべりしたり、立ち止まって洋服を選んでいる。
ふと気がつくと、さっきの3人組の席に、空のカップだけが残されていた。
ちゃんと飲み物のお金は払ったのかな。
わたしは道端で立ち止まる。大勢の人が追い越していくさまが、
スローモーションみたいに見える。どの人にも、顔がない。
わたしはいったい、どこの誰なんだろう?
書店に立ち寄り、じぶんの本が平積みされているのを見る。
いつか、ここにわたしが、わたしの名前で書いたものが置かれる日がくるだろうか。
そうしたら、わたしはあの友人のように落ち着いた口ぶりで話し、
自分の生にわずかな疑念も持たぬ足取りで、街を歩くことができるんだろうか。
