アッシェンバッハの彼岸から -81ページ目

無限スケルツォ

(BGM:その背を目で追いながら、メンデルスゾーンのスケルツォを聴いてました)


アシュケナージ(ウラディーミル), バッハ, シューベルト, メンデルスゾーン, ビゼー
ラフマニノフ・トランスクリプションズ



その人は、うつむいて歩いてきた。

ながい地下鉄のホームを、背中を丸めて、

うまくない酒の席からの帰宅途中みたいな足取りで。


4月も後半なのにつめたい雨が降っていて、

閉じた傘から新鮮な雨粒を滴らせながら、わたしは濡れた階段を降りていた。

いちばん下の段を降りたとき、わたしはとつぜん、自分の心臓の位置を認識した。


まっすぐこちらにむかって歩いてくる人、

それは、あの人に違いなかった。


それはこれまで10年以上ものあいだ、世界の向こう側からわたしに語りかけ続け、

投げやりな口ぶりで諧謔を弄し、そのくせ揺れてるみたいな目で、

絶えずわたしを感激させ、その何倍も愚弄しつづけてきた人だった。

わたしは10年以上ものあいだ、目を凝らしつづけてきたのだ。

活字の向こうがわにある、その姿に。


きがついたらこの心臓は、喉から声を押し上げていたのだ。

「――先生ですよね?」

その人は、苦りきったような、そのくせいたずらをみつかったみたいでもあり、

ふてぶてしさも見える顔で、観念したように立ち止まり、

やっぱり投げやりに聞こえる声で、そうだと答えた。


「先生の本、ぜんぶ読みました。すきなんです。映画も観ました」


映画は、それはひどい代物だったけど、もちろん黙っていた。

ロベール・ブレッソンの素人役者のつもりだったとか言ってたわりに最低だったけど。


「ありがとう」

その目はやっぱり揺れていて、深いところに諦念みたいなものがあって、

わたしはぜったいに忘れたくなくて、厚かましいほど凝視しつづけた。

この手を握ってくださったその人の手が温かくて、

雨のなかを歩いてきた自分が、つめたく冷えきっていたことにはじめて気づいた。


心臓と右手だけになったみたいな身体で振り返る。

階段をのぼっていくその人の後ろすがたを見た。

一段めに足をかけた瞬間に、一瞬前まで目の前にいた女の存在など完全に忘れたはず。

その足取りは、やっぱりつまらない酒宴の帰りか、そこへむかう途中みたいに見えた。


わたしは開いたままの本のことも、濡れた傘のことも忘れて、

ずいぶんながいあいだ、駅のホームに立ち尽くしていた。

イヤホンからはメンデルスゾーンのスケルツォが、わたしの心臓とおなじ速さで流れていた。

ラフマニノフのレコードなのに。

これ、おなじ曲の第7楽章は、あの結婚行進曲だっけな。









で、この男性は誰かって?

彼岸先生に決まってる!

わたし?

単なるミーハーで支離滅裂な彼のファンである。

「ぜんぶ読んでます」っていったわりに、

最近出た『無限カノン』を読んでいないことを、直後におもい出す。


こんなにすきでも、嘘つくんだなあ。