アッシェンバッハの彼岸から -65ページ目

雨音を聴きながら

赤城カフェ




みんな雨降りだと空を見上げて溜息をつくけれど、

同居人キシダとわたしに限って云えば、雨は嫌いじゃない。むしろ好きである。

お気に入りの革靴を履いているときや、

ノートPCやら本やらを大量に持ち歩いているときは別として。


三連休が台風で壊滅、とゆうのは確かに憂うべきニュースなんだろうけど、

いいじゃないですか。休日の雨って。

晴れの日はすてきだけれど、太陽てのはわたしに強迫観念を与えるのだ。

やれ布団干さなきゃ洗濯しなきゃ、から始まって、

たとえ読みかけの本があっても、真昼間から家に籠もってると勿体ない、とおもえたりして。

その点雨の日はいい。

まず、雨音ほどすばらしいBGMは、なかなかない。

たくさん降ると、世界じゅうの塵芥が洗い流されてるみたいで気分がいい。

明るすぎないからほっとする。

塗れたアスファルトをぴちゃっと踏むのも楽しい。

水滴の流れる窓越しに外を見るのもとてもすきだ。


で、目覚めたら雨音がしてるのが心地よくて、キシダとふたり、傘さして散歩に出た。

近所の、神社の境内にあるカフェの階段を上る。

いつも込んでるテラス席に、雨降りのきょうは誰もいない。

大きなテントが張り出してるから濡れずにすみそうなのに、みんな雨だと室内がいいらしい。

「音楽もいいけど、雨音聴きながら珈琲てのもいいよね」

そういってキシダは、テラス席に腰をおろす。

テラスから見える青々とした木々の葉の、1枚1枚が濡れそぼっている。

そのむこうにみえる神社の石畳も、濡れてゆらゆら光っている。

手すりの上に、透明な雫が一定のリズムで跳ねていて、

雨音はまるで音楽みたいだ。


喫茶店を出ると、路地の軒先にある水草の浮いた水盤を覗いてメダカの心配をしたり、

猫とにらめっこしたりしながら、坂道を降りたりのぼったり。

雨の日は、世界じゅうが別のいろ。