アッシェンバッハの彼岸から -61ページ目

雨の唄じゃない

Pendulum
Creedence Clearwater Revival
B000000XCK



仕事中はいつも、iTunesをシャッフルにして音楽を聴いている。

ふと言葉に詰まって、キイボードを叩く手を休めた隙に、

"Have You Ever Seen The Rain?"と唄うジョン・フォガティの声が耳に飛び込んできた。

『ダイ・ハード4.0』で、50代になったマクレーンのナードな相棒が

「カビ臭いロックじゃん」とか何とか評していたクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルであります。


わたしはいつも、唄を聴くときに歌詞を気にしたことがあまりない。

意味のわからない言葉のリズムとか音を聴いてるのがすきなのだ。

でも数年前かな、「雨を見たかい」とゆう邦題のついたこの歌は、

”RAIN”て云ってるくせに、ちっとも雨っぽい音じゃなくて、

そのくせなぜか梅雨時になると毎年、FMでよくかかったりしてるのがふと気にかかった。

レコードのライナーノーツかなんかを拡げたらすぐにわかった。

1970年のこの曲は、ぜんぜん雨の唄なんかじゃないのね。

嵐の前の静けさ。晴れた日に降る雨。つめたい太陽。

ここでいう雨とは、ナパーム弾の隠喩。有名な話である。

このベトナム反戦の唄は、イラク戦争に際しても自粛の対象になったらしい。

それがなんでクルマのCMなんかに使われてたのかね。

無関係で無責任かつ安直かつお節介なキャッチコピーがついてたような。

あれは確か9.11の前だった。


こないだの土曜日の昼間、雨が上がったのでベランダで洗濯ものを干してたら、

油蝉の、みーんみーんと啼いてる声が聞こえてキシダとふたり、顔を見合わせた。

そろそろ梅雨明け?


同じ日の夕方、仕事のために海外ドラマを観なきゃならず、

気乗りしないままレンタルビデオ屋を訪れた。

想像を絶する膨大な数のDVDを前に途方に暮れた帰りみち、

神田川沿いに小さな喫茶店をみつけて自転車を停めた。

10人も入ったらいっぱいになってしまいそうな店内に、

わたし以外の客はおらず、珈琲を註文すると、

行きがけに立ち寄った図書館で借りた本を開く。

しばらくして、ちりん、とドアが開いた音がした。

何気なしに目をやると、彼はわたしの名を呼び、こちらに軽く手を上げた。友人だった。


空の青が深くなってきて、立ち上がる。

キシダもそろそろ帰ってくるし、これから晩ご飯つくるから食べてけば?ということになり、

「男子のキミが漕ぐ係ね」と、わたしはうしろの荷台に乗る。

濃い緑の木々の下を自転車で走ってゆくと今度は、かなかなかなかなかな、と蜩の啼く声がした。

わたしは友人の背中をつつく。

そろそろ梅雨明け?


鰹の手こね寿司をつくりながら考えた。

わたしは雨を見たことがない。

ぽっかりと、わたしたちの周囲だけが世界の悲劇から取り残されている。

このふやけた時間も、嵐の前の静けさなのかな。