スーパーマリオの王国
東京の空気はぱんぱんに膨れ上がり、針でつついたら破裂しそうだ。
太陽とアスファルトと排気ガスが喧嘩している。今にもギュワーーーーーンと嫌ぁな摩擦音が聞こえてきそうで、わたしは耳を塞いで俯いて歩く。わたしは夏が嫌いだ。
サンダルを履いた自分の足と、熱を放つアスファルトだけが見えた。
東京の土の下になにがあったのか考える人なんて、今じゃ誰もいないのだろうか。
そういえばずっと昔に日記をつけてたことがあった。中学生とか高校生のころだ。
だけどあるときぱらぱらぱらっとめくっていたら、
嫌悪感がぞわぞわとつま先から這い上がってきて、
躊躇することなく、全部まとめてゴミ箱に抛りこんだ。
以来、いちども日記をつけようとおもったことはなく、あれを棄てたことを悔いたこともない。
あのころはよかったなー、帰りたいなー、なんて会話を、おじさんたちのあつまる場所だとかでよく耳にする。
けれどわたしはそんなふうにおもったことは、一生のうちでたぶん一度もない。
いまの自分が好き、みたいな恥ずかしい科白を吐くつもりは決してない。
ただ単に、じぶんの過去に興味がないだけだ。
もちろん後悔することは山ほどあるけれど、わたしはきのうのじぶんにさえも興味がない。
ついでにいえば、明日の自分にも興味がない。
だからって刹那的に生きてるんでもないし、即時的な刺激だけを求めてるんでもない。
ヒッピーになる勇気もないし、もとよりそんなぶっ飛んだ個性派でもない。
わたしはただの、小心な凡人だ。
けれど、先のことはわからない。それは、わたしがいつか絶対に死ぬのとおなじくらい、確実なこと。
おまけにその未来とゆうやつは、ゾッとするほど茫漠と拡がっているのだ、わたしの眼前に。
逆に過去。
青春時代、あるいは子ども時代というのを思い起こしたときに、
ふと目に浮かぶ風景というのがあるだろうか?
少女時代、わたしの目の前には、平坦な家並みがどこまでも続いていた。
山も、川も、海もなく、煙突もなければ路地裏もない。子どもにとって、世界のすべては遍く明るい日差しに照らされていた。日陰なんてなかった。いや、ないことにされていた。
等間隔に街路樹の立ち並ぶ、でこぼこひとつない灰色のアスファルトをナイロンのスニーカーで踏みしめて、わたしは学校へ通っていた。学校では1週間が、1ヶ月が、1年がひと続きになっていて、いつ何があったかなんて思い出せない。たぶん何もなかった。虚無と退屈だけが地平線までずっと続いているようだった。わたしは日陰を机の奥に押し込み、頬杖ついて、家並みがどこまでも整然とつらなる平原を眺めていた。
将来も過去も想像できず、わたしたちの価値は偏差値だとか勝ち負けだとか順位だとか記録だとかの数値に変換されて、それ以外のものには目を瞑るのが正しいみたいだった。誰もかれもが記号だった。それ以外の部分で言えば、人気者のあの子はみんながほしがる何かを持っていたりした。ゲームソフトとか。お父さんがお年玉をいっぱいくれたのだそうだ。
わたしは決められた席に坐り、狭い世界の外側や、行儀よく整列する家並みの下や、家々の壁の内側になにがあるのかも知らず、知ることも許されず、ただ毎日まいにち、たとえどんなことがあっても毎日、同じアスファルトを踏みしめて、学校とゆう収容所に通っていたのだった。そうだわたしは囚人だった。緩やかな死刑を執行される囚人だった。ここをクリアしたってすぐ次には新たな収容所が待っていて、新たな囚人たちとの戦いがあるだけだった。
わたしは皆と違ってゲームが嫌いだったけれど、スーパーマリオとわたしたちは似ていたんだ、今思えば。
いまでは、目に見える風景の裏側には、わたしの知らないあらゆるものが潜んでいることを知っている。それらに想像を馳せたり考えたり、なんらかの仮定を与えたりすることは、わたしをホッとさせるし、時にはどぎまぎさせる。この世のどこに退屈があろうか、とさえおもう。
子どものわたしには空虚の平原にしか映らなかった街も、二世代目が家族を持つ時代になった。
公園を歩くと、わたしと同年代と思われる、ひょっとしたら同級生だったかもしれない主婦が小さな子どもを連れている。いつの間に立派な幹を持つようになった木々のつくる、気まぐれな日陰を歩いていたら、歩調に合わせて蝉の声が、大きくなったり小さくなったり。アスファルトも、いい具合にでこぼこしてきた。
夕刻、窓を開けると、虫の声が耳に涼しい。
東京は、ヒートアイランド現象を緩和するために、何十億円も使って道路に水を蒔いたりしているらしい。
外出の帰り、黒い影がさっとアスファルトをかすめた。
額の汗をぬぐいながら見上げる。
いまにもヒビが入りそうに熱された空を、赤白の巨大なクレーンが斜めに横切っていた。