アッシェンバッハの彼岸から -45ページ目

鳩山さんち


猫



わたしとキシダはお散歩が好きだ。

そして自転車でお散歩(というのかな)をするのはもっとすきなのだ。

それでも冬の間の自転車は、耳は切れそうになるし指先は凍りそうになるしでごぶさたしていたのだけれど、天気もよいことだし、いいかげん、寒いからって理由で家にばかりいるのも飽きてきたななんておもっていたら、キシダが図書館で『近代建築散歩』なんていう、あまりにもうってつけの本を借りてきた。

絶対に一度は行ってみたい場所で、おまけに家からおそらくびっくりするほど近いであろうけれど、ものぐさすぎて行ったことのない場所なんて、もともといくらでもあった。

この本をぺらぺらめくったら、いっきにその数が10倍ほどになった。

そういう数多ある場所のうちのひとつが「鳩山邸」。

あの鳩山兄弟のおじいさんがつくった旧くてゴージャスな家は、

我が家から自転車だと5分とかからない、坂の上にあるらしい。

冬の午後、はちみついろの斜めの日差しがわたしはすきだ。それも日曜日の。

平日でもおなじいろのはずだけど、日曜日の午後の日差しだけはどうしてこうもさびしくやさしく涙が出るような色なんだろう。

そんな日差しのなか、自転車を停めて急な坂道を上がっていく。椿が咲いていて、猫が日向ぼっこしている。


鳩山邸は、わたしたち以外に中高年の夫婦がひと組いるっきりで静まり返っていた。

つめたくて静かな大理石の玄関を上がり、旧い居間に入る。

意匠を凝らしたステンドグラスからは蜜いろの光が斜めに差し込んで、床に色とりどりの花模様をつくっている。その窓越しに見える庭には人っこ一人いなくて、珍しい鳥が悠然と水を飲んでいる。

日本現代史の本に出てくる大勢の人たちが訪れたという部屋に、いまはわたしとキシダ2人だけなのだ。

キシダは何を考えているのか知らんが、黙ったまま天井や梁の装飾を見つめている(歴史本のすきな彼のこと、わたしの知らない、昭和の歴史に名を残す政治家たちの物語でもおもいだしてたんだろう)。

サンルームがまた美しくて、何時間でも本を読んでいたいとおもうほどだ。冬でもきっと暖かいのだろう。

2階の大広間から、冬枯れた広い庭を見下ろしてぼんやりしていると、にわかに1階が騒がしくなった。

見ると、大勢のおばちゃんたちがわいわい騒ぎながら一斉にこちらへ向かってくるではないか。

おばちゃんたちはこの古色ゆかしい大正時代の洋館に到着するやいなや、

「はーー!疲れた!ちょっと坐ろ」と口々に言っている。

かつて鳩山一郎氏はその妻薫氏、子供たちや偉い政治家などが腰掛けて政治的な話や知的談義を繰り広げたであろうソファは、あっという間におばちゃんたちで満席になった。

見ればサンルームに置かれた籐椅子もいっぱいだ。

給茶機からお茶を持ってきて、「あ、ここは飲食ダメなんだっけ」なんて言って退散していくオバちゃんもいる。

テレビからは鳩山家やこの邸宅の歴史などを解説した映像が流れているが、ちゃんたちは誰一人熱心に見ていない様子。とりあえずぐるっと邸内を一周だけして、庭でわいわい騒ぎながら写真撮影をすると、再び居間の全椅子を占領しておしゃべりを始めた。

うるさいばっかりで、この場所に全く興味を惹かれていない様子でだらだら坐ってばかりいる。


そんなに遊びたいならディズニーランドにでも行ってこい!!

その後ようやくオバちゃん軍団は坂の下に駐車していた黄色い巨大バスに吸い込まれていき、あたりには元の静寂がやっと戻ってきた。邸内には元のように、わたしたちと、中高年の夫婦だけが残された。

階段の踊り場にあるステンドグラスがとてもすてきなのだ。


鳩山邸


これまで教会などで数多くのステンドグラスを目にしたけれど、

これはもちろん宗教画ではなく、日本の風景が描かれてある。上部に描かれた雲はミルクみたいな半透明。下部の五重塔や木々が描かれている部分から雲のあたりまでに間が広く取られているのも、この空がやけに高くて長閑に見える理由かもしれない。

そこには本物よりもずっとのんびりと穏やかな空が拡がってるみたいだ。

これは、この邸宅の主が理想の中に描いた日本の空なのかもしれない。

黄色いバスのおばちゃんたちは、このガラスの空を見上げただろうか?



↓この広告、勝手に入れられてるだけでわたしとはいっさい関係ありません!!ほんとやだ。