幻の、
仕事上、週に1回くらいは、映画に関連する方々のお話を伺う機会がある。
だからなんだ、というくらいの仕事なのではあるが。
うんと昔、いまはなき、六本木のシネヴィヴァンとゆう映画館で観たある映画に、いたく感銘を受けた。
あのときはそうだった、説明はひじょうにむずかしい、一緒に観たボーイフレンドが「ようわからんかってん」とか云うのが死ぬほど鬱陶しくて、なんと振りきったのか覚えてないけれどそうだ、ひとりで帰ったのだ。
いやひとりで歩いたのだ。なにもわからない六本木を、田舎者のわたしが、とにかくひとりで一時間とかそれ以上かそこら。
『幻の光』という映画だった。
日本海側のいつでもじめじめしていて曇っていて、朝といわず夜と言わず海鳴りが耳鳴りのように聞こえているというあのあたりの灰色の空気に魅せられてやまず、その1年か2年かのちに彼の地を訪れた。
東尋坊から遥か下、砕け散る波濤を覗き込み、自らの抱える虚無感が死への欲求(いや恐怖だ)に克てないことを知り、自分の小ささ凡庸さに首を引っ込め、帰ってきたのだ、東京まで。
「ようわからんかってん」のボーイフレンドは今頃、何人かの子供を抱えたおなかの出たメタボなおっさんになってるだろう。東尋坊へわたしを連れて行ってくれた彼も然り。
あれからうんと長い年月が経って、
きょう、かの是枝監督にお話を伺う機会を得たのだ。
あなたの映画をすきになって、それから早稲田大学にはいって。
とかそうゆうの抜きにして、
わたしたは新作の主人公のダメ男ぶりに共感する年頃になった。そんな話をして、そしたら監督はわたしの指環を見やって、「そうなのかな、この映画ね、女の人に、ダメ男だって怒られたりするんだよね」とにこにこわらう。
わたしは「どうして監督の映画の主人公は、後ろ暗い人物ばかりなのです」と訊く。13年来の質問だ。
監督は「・・・そうかなあ、そうなのかも。・・・わかった!俺、前向きな奴嫌いなんだ」
わたしも、前向きとかマッチョな奴嫌いなんだ。
「日常って、大事件なんか起こらないでしょ?でも、悲しいし残酷だし、楽しいでしょ?」
そのことばに、
「はい!!」
っていきおいよく頷いたわたしに、居合わせたほかの記者が驚いていた。だけど監督だけは微笑んでいた。
この人の映画に最初に惹かれたのは13年も前だった、
いまはなき、六本木シネヴィヴァンで観たんだった。
あのボーイフレンドもいまは彼方へ、でも、わたしはきょうこうして仕合せで、あの是枝監督とお話をして、
すっごくすっごく楽しくて、あの日のじぶんがすきだったものを、いまでもずっとすきな自分でよかった。