この如何にも前時代的な対応について、意思決定している層の「世代」を考えてみるといい。
今年度の健診時の服装について、任意の市立小中学校21校に聞き取り調査をしたところ、2校で胸部を露出して行っていたことが判明した。下着と体操服を脱ぐ、もしくは下着を脱いだ上で体操服をめくって診察していた。
一方で、市立病院での成人女性の健診については佐藤佳哉病院局長が「原則、衣服や下着を着用したまま、服の下から聴診器を当てるなど、プライバシーに配慮した対応をしている」と答弁した。
市教委は「学校医が専門的な判断の下、学校と共通認識を持って対応している」と説明。他方で実施方法が学校ごとに異なることから、「全ての学校で調査し、通知を踏まえながら関係団体と協議する必要がある」と回答した。
学校での健診を巡っては、文部科学省が24年1月、児童生徒に配慮した環境整備に取り組むよう全国の教委などに通知を発出。原則として体操服や下着の着用を求めた。
ただ、対応は学校ごとに分かれており、ブラジャーの着用が認められなかった川崎市立中学校の女子生徒や保護者からは疑問の声が上がる。
頑なな姿勢を取る層が「老害」であること、決して若い世代でないことは明白な事実であろう。
これと同様の構造が、現代社会のあらゆる場面にはびこっているのだ。
「今までずっとこうだったのだから、これからも同じで良い。」
一体「何」を保守したいのだかさっぱり判らんこんな連中に、いつまでも惰性のように指揮を執らせること。
それがつまりは「失われた○○年」に直結しているんだということを、素直に認めるところから始めようじゃないか。


