地元の図書館で、トランプとか囲碁、将棋の本が置いてある棚を
物色していると、

 『ボビー・フィッシャーを探して』
 フレッド・ウェイツキン著
 若島正訳
 みすず書房 2014年

という本を見つけました。
「ボビー・フィッシャー」といえばチェスの偉い人です。

今まで、チェスの本と言えば、『はじめてのチェス』的な
簡単な本か、『チェスの歴史』的な考古学?的な本しか
なかったので、これは素晴らしいことです。さらに、

 『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』
 フランク・ブレンディー著
 佐藤耕士訳
 文藝春秋 2013年

という本までありました。
いつの間にか、チェスの新しい本が2つも!


後日図書館にいくと、『探して』はなかったので
『完全』を借りてきて現在読んでいる途中です。
(『探して』は最近出版されて特設ウェブサイトまであるから人気なのかな?)


ボビー・フィッシャーが生まれて、チェスを始めて、
今15歳くらいまで来ました。
すでにチェスマスター(にもいろいろありますがそれの)のすごいやつに
なっています。。

著者は、フィッシャーは「天才ではない」と言ってみたり、
「天才」と言ったりしていますが、非常に努力した人でした。
「暇があればチェスをしたい」という人で、これだけチェスばっかりやってれば、
強くなるに違いない、というほどチェスをやっています。
水泳にはまった時期もありましたが、結局チェスに帰ってきます。

多くの「偉大な人」は、才能だけでやっているのではなく、
結果に見合うだけの努力もしているものです。
ただ、「努力できる」こと自体が才能なのかもしれません。
彼らの努力は、苦労してやった努力ではなく、「楽しんで」とか「無意識に」やった
努力が大半なのではないでしょうか。
熱中したときのパワーは、才能いかにかかわらず、誰でもすごいものです。

チェスというと、どうやって強くなるのかあまり想像したことも
なかったのですが、詰将棋みたいなことをしてるのかと思ったら、
定石や棋譜を研究するようです。
彼の勉強する姿は凄まじく、地元図書館の本を全部読んでしまうと、
チェスクラブに置いてある本から、古本屋のロシア語の本からどんどん
暗記していったそうです。
当時ソ連が一番強かったので、ロシア語となるのですが、
そのためにロシア語を勉強した(お母さんがロシア語をできたので
手伝ってくれた)のもすごいけど、「暗記した」のがすごいですね。
まだ十代前半だったからできた技かもしれないですが、
暗記が嫌いな筆者にとっては、これは「凄まじい」ことです。(ひえ~

でもまあ、好きなものだから、覚えられたんでしょう。
筆者も小さい頃は変なことをいろいろ覚えていましたよ。
でも、数字系は対象外やったなあ。
電車の時刻表とか、野球の打率とか覚えてるやつの気がしれない。。

というわけで、
フィッシャーの勉強ぶりを見ていると、こちらもやる気になってきます。
数学の勉強にも当てはめられることがあるのではないかと思います。

「定石」は、参考書に載ってる「解法」です。
これ覚えてなかったら無理というのもよくあります。
チェスでは定石のなかでも、オープニング(序盤)が大事だそうです。
対戦相手がいるわけだから、あとから修正して・・・というわけには
いかないのでしょう。その間にやられます。
あと、「相手のオープニングに対して、有利なオープニングを使う」
という話も出てきます。
数学は、試験なら時間制限があるもの、対戦相手はいないし、
消しゴムも使っていいので、多少間違えても修正がききます。

「棋譜を研究する」というのはどうでしょう。
棋譜とは試合で指された“手”を順番に記録したものです。(念のため)
強い人の過去の対戦を見て、研究するわけです。
高校数学でいうと、棋譜は、他人のテストの答案でしょうか。
しかし、これは出版されていません。
見せてもらうのさえ難しいかもしれません。
でも、他人の答案を見て、なにかしら思うところがあったとしたら、
棋譜をみたことに相当すると思います。

「点数は割と取ってるけど、難しいところは出来てない」とか
「簡単なところを確実に取っている」とかは、数学ではないかもしれないですが、
テストの戦略面を研究したことになります。
「自分はすごく長い解答を書いたけど、こんなに簡単にできるんか」とかいうことに
なれば、本で見るよりもインパクトは強いかもしれません。
本は知らない先生が書いたものですが、その答案は「○○さん」とか、
「××くん」が書いたものです。自分と同じくらいの学力の人の答案だったら、
けっこうな衝撃ではないですか?

採点をしている先生は、一番棋譜を見ていることになります。
(思わぬ解答には、なにかコメントが書いてあるかもしれません。)
他人の答案を採点すると言うのはきっと勉強になるでしょう。
学校でも匿名でいいからやったらどうでしょう?
情報の授業では、他人の作品の評価とかやったけどな。


ところで、数学の棋譜は出版されている者もあります。
数学の雑誌で、毎月問題を出題して解答を募集し、次月号に掲載しているものが
あります。こういうのは棋譜を出版していることになります。
難しいだとあまり参考にならないかもしれませんが、
全国のいろんな人の解答を見てふーんと思う機会は与えられているわけです。
しかし、筆者自身こういうのを読むのは面倒なので、
なかなか見ないのが現状です。これを機会に頑張ろうかな?


そういうわけで、
皆さん、ボビー・フィッシャーを読んでやる気を出しましょう!
この記事では、あまり本の感動は伝わりませんが、
やる気が低迷したときに是非読んで見て下さい。おすすめです!
三角比(三角関数)の大事な3つの公式



は、それぞれどんなことを表す式なのだろうか。


【1】


は、ピタゴラスの定理(三平方の定理)である。
と、
同じものである。

実際、
直角三角形の斜辺の長さがcのとき、

底辺の長さはccosθ、高さはcsinθとなるから
(底辺をxとすればcosθ=x/cゆえ、x=ccosθ。sinも同様。)
ピタゴラスの左辺、右辺はそれぞれ



となり、

両辺c^2で割って、


c^2で割るのがわずらわしい人は、
斜辺の長さが1の小さな三角形を使えばよい。


相似に縮小、拡大しても直角三角形であることに変わりはない。
そもそも、三角比は辺どうしの比なんだから大きさは関係ない。


【2】


タンジェントは斜辺の傾きだった。
小さな三角形を持っていれば、当たり前の式に見えてくる。





【3】


実用的には、tanをcosに、cosをtanに書きかえる式だが、
なにかもう少しましな情報をもっていないだろうか。

小さな三角形に少し描き足すと、

相似比が、底辺:斜辺=cosθ:1=1:1/cosθより、1/cosθが出てくる。
 とピタゴラスの定理から、tanθが出る。
「傾き」とか言っておきながら、とんでもないところにtanθが現れた。

しかし、次の図を見ると、全く所以のないことでもないと思えてくる。

斜辺1が半径1となり、その円に接線を引くと例のtanθが出てくる。
tanθの線分は、半径の傾きによって決まるから、
ここで現れたタンジェントはちゃんと傾きと結びついている。
最近、久しぶりに化学を勉強した。


1.分子の形

分子は、同じ数の原子からなっていても、
ものによって、異なった形をとることがある。

たとえば、原子3個からなるものでは、
3つがまっすぐ並んだ直線形と折れ曲がった折れ線形
がある。

直線形の代表例は、二酸化炭素(CO_2)、
折れ線形の代表例は、水(H_2O)であろう。

しかし、よく考えてみると、
直線形はなっとくいくが、水の折れ線形はなんか変である。

水分子は、酸素原子(O)に2つの水素原子(H)がついたもの
だから、真ん中の酸素原子に対して対称のはずである。
なんで折れるのだろうか?
HとHでは電気的に引きあうはずもないのだから、
直線形にならないのが不思議だった。

調べてみたところ、これは、
酸素原子が非共有電子対を2つもつことから説明がつくとわかった。
電子式を書くと、酸素原子は4つの電子対をもっている。
これらの電子対は互いに反発し合うから、
きっと三角錐形に分布するだろう。
そこに水素原子がくっつけば多少の変動はあるにしても、
三角錐から大きくはずれないと思われる。
すると、水素原子は折れ線形につくことになる。

高校化学の理屈からいえば、そういうことで説明がついた。


2.分子間力と共有結合

非金属どうしがくっつくとき、共有結合する場合と
分子間力でくっつく場合がありどう見分けるのだろう?と思った。

いろいろ問題を解いていくと、
分子間力は、「結合」というときは出て来なくて、
「結晶」とか「沸点、融点」の話で出てくる。

「結合」と「結晶」はちょっと違うものである。
結晶というときは、固体の話である。(液晶なんでものもあるけど。)
共有結合とか金属結合は固体に限らない。

塩素分子は、塩素原子が共有結合してできるが、常温では気体である。
また、液体や固体になったとしても、塩素分子が、塩素原子が共有結合して
できたものであることに変わりはない。

金属は多くが、固体だが、水銀は液体である。
金属が電気を通す働きは金属結合(自由電子)に由来するが、
だとすれば、水銀も電気を通すだろう(あれ、通さない?)から、
水銀も金属結合しているはずである。
そして、金属結晶というときは、固体だけのことをいうのだろう。

分子間力は、その名の通り、分子と分子の間にはたらく力である。
ひとつの分子の中で結合は完結しており、その結合とは別に
それらの分子たちを引きつけ合っている力が分子間力である。

たとえば、二酸化炭素は、炭素原子と2個の酸素原子が、
共有結合によって結びついてひとつの分子となっている。
二酸化炭素の分子たちの間には、分子間力が働いていて、
それが原因で固体になったり、気体になったりする。

二酸化炭素にエネルギーをやると、よく動くようになる。
この動きの激しさを、人間は温度として感じているわけだが、
温度が高くなって、分子間力を振り切るくらい、
動きが激しくなると、二酸化炭素は気体となる。
温度が低く、分子の運動が、分子間力に負けているときは、
二酸化炭素分子たちは、分子間力によって、互いに
くっつけられてしまい、固体となる。
(ちなみに二酸化炭素の固体がドライアイスである。)

この話が、分子間力の大小によって、
沸点や融点に差が出るというやつである。

ちょっと、話がそれて、分子間力vs分子間力になっていまったので、
分子間力vs共有結合に戻そう。

共有結合は、分子を作るときに出てくる、ということだったが、
もっと大規模な?ものを作るときにも登場する。

たとえば、二酸化ケイ素(SiO_2)は、
無数のケイ素原子と無数の酸素原子が共有結合してできている。
これは固体であるが、分子を集めてできたものではない。
ドライアイスのように分子を集めてできた固体が、
布を縫い合わせて作ったパッチワークであるとすれば、
二酸化ケイ素は継ぎ目のない一枚の布である。

継ぎ目が分子間力であり、糸の織り合わさって布になっているのが
共有結合である。

二酸化ケイ素には、分子が集まってできているのではなく、
たくさんのSiとOを規則正しく敷き詰めて作られている。

隣り合ったSiとOどうしが
みんな共有結合しているのである。

二酸化ケイ素は、共有結合の結晶である、と言われる。


3.物質量とアボガドロ数

はじめに、モル(mol)とは個数のことである、
ということを思い出し置きたい。

原子を考えるとき、原子の個数を計算で使いたい。
しかし、原子はとてつもなく小さいため、水1mlでさえ、
水分子約3×10^22個(300垓個、3000兆個の1000万倍)

 01234567890123456789012
 一十百千万十百千億十百千兆十百千京十百千垓十百千

からなる。こんな数字をそのまま使うのは大変だから、
もうちょっと省エネしよう、ということで、

炭素12gに含まれる炭素原子の個数を1molと定めよう
ということになった。
炭素12グラムには約6×10^23個(6000垓個)の炭素原子が
含まれるので、

 6×10^23個=1mol

ということになる。
これは、たくさんの缶詰を扱う缶詰屋さんと同じ発想で、
缶詰屋さんは一箱にはいる缶詰の個数を1ダースと定めた。
一箱には缶詰が12個はいるので、

 12個=1ダース

ということになる。


さて、モルを使って数えた量のことを物質量というが、
物質量とは所詮、個数にすぎない。

ところで、
炭素12gに炭素原子が6×10^23個入っているという話だったが、
実は、正確には、6.02×10^23個である。
小数になるは、嫌だったり、不可解に思ったりする人もいるかもしれないが、
考えてみれば仕方のないことで、
試しに発想を逆にして、
炭素原子6000垓個がちょうどぴったし12gになるのか!?
といことである。

なにか原子をN個もってきたらちょうどMグラムになりました、
というのは、常識的に考えて、都合のよすぎる話ではないか。

うまく整数になる組み合わせがなかなかなく、
一番ましなやつが、「炭素原子12gで、6.02×10^23個」だった、
ということだと思う。

本当は、6.02・・・と続くかもしれないが、
大事なのが、小数第1位が0だということである。
小数点以下四捨五入して、6である。
いろいろな組み合わせを試したうちの、一番整数に近い数字が出たものなのである。
そう思えば6.02位で十分正確だろう。

この6.02×10^23のことをアボガドロ定数という。