保存で揺れる初代門司港駅の遺構 | 歴史ニュース総合案内

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 九州の鉄道の起点だった門司港駅が門司駅として1891年に開業した時の駅の遺構がこのほど発掘された。レトロ地区の看板として盛んに振興されている二代目の門司港駅(1914年移転)の「原点の遺構だが、福岡県北九州市は遺構を現地保存しない意向のため、鉄道史学会などが保存を求めて陳情している。

 各種施設を駅前に集約する「門司港地域複合公共施設整備事業」のために、北九州市がJR九州から買い上げた用地で2023年9月に赤レンガの外壁や築港時の遺構や前近代の護岸石垣などが出土。外壁は機関車庫の遺構とみられ、特に機関車庫の基礎部には外来のコンクリートと土着の洞木が地盤に合わせて併用されていた。九州鉄道の本社だった九州鉄道記念館をはじめ、九州で採用されたドイツの鉄道技術をかたる遺産である。用地は門司港駅と九州鉄道記念館の間にある。

 北九州市は1月25日、一部を切り離しての移転保存構想を発表。これに対して現地保存は可能との声が寄せられた。遺構はレトロ地区の動線上にあると主張されたが、市は予算不足からか移築もせず取り壊す案さえ提起される中、計画通りに移築保存されることになった。門司港駅のネオルネサンス様式の大正駅舎を2019年3月に建築時の姿に復元しても、200mほど東の山側にあった初代の駅舎の遺構は移築保存と記念館で結構とのスタンスだ。

 

 関門海峡トンネルが1942年に開通して大里(だいり)駅が門司駅となるまで、門司港駅は門司駅として連絡船からの旅客や車両を迎えていた。九州鉄道が1907年に国有化された時は初代の駅舎だった。九州鉄道0哩里標跡の標識が付近にある。