機能不全家族に生まれた私。

母親は幼くして養女に出され虐待を受け家出を繰り返した。
親に愛された体験がないから家族を作っても子に同じことをする。

ここに生まれた私も愛されたことがない。愛の代わりに世話焼き、過干渉、支配と操作をされて育った。

結婚して家庭を作っても、そこに愛はない。生まれた子どもにも愛を与えることはない。自分の親からもらった世話焼き、過干渉、支配と操作しか与えられない。

そして今、私は人を好きになっても「愛する」ができない。代わりに違う何かで相手を求める。愛して欲しい、構って欲しい、独占したい…。

相手に与える愛がない。欲するばかりだ。

カウンセラーがくれた言葉を思い出す。
「私がいてあなたがいる。私はあなたが好き」
愛が分からなくても、愛するができなくても、好きでいることはできるじゃないか。そう思うと心が軽くなる。幸せな気分になる。
これも行動〜認知行動療法だ。




久しぶりの大本山護国寺。今日で4回め。

駅を降りて地上へ。すぐに境内だ。仁王門をくぐって石段を登り本堂へ。

御本尊 如意輪観音さまは厨子の扉が開かれお姿が照明に浮かび上がる。毎回見え方が違う。
 
最初の対面では目の前にあるのにずーっと遠くに小さく見えた。2度目はお顔のドアップ。3度目にしてようやく実物大に。

今日は直前には行けず椅子席の最前列で手を合わせる。

「生まれてから今に至るまでを振り返れ」とおっしゃる。「お前はよく生きてきた。今の悩みなど何というほどのことでもないだろう。あるがままに生きて死ぬがよい」

反論口ごたえしようものなら「何言うとんねん、生まれた環境に生育歴にまして死んだ毒親に文句言うても発達障害言うても始まらんやろお前の人生は全部お前が引き受けや」(関西弁💦) 
何もかもお見通しのようなので、そのまま受け入れる。

呼吸が楽になる。固まっていたものが柔らかくなる。

癒やされ帰って来た。

仁王門。



本堂へ。
期間限定御朱印。定番が捨てがたい。「音羽」の文字がいい。
BOOKOFF収穫品。「無能の鷹」①は他店でも購入して2冊に💦

本日の収穫。
行動療法→新行動療法→認知行動療法と続く。
カウンセリング関連の本は物語性があって読み進められるが、心理療法関連は断片的で読みにくい。本によって理解しにくいところもあるので、数冊を読み散らかす。


画像右上はオスマントルコ軍楽隊CD。向田邦子ドラマ「阿修羅のごとく」にも使われたM①「ジェッディン・デデン」で泣ける。

この間ようやく自我が落ち着きを見せている。
自分に声かけをしてコントロールできている。そうそう、それでいい、それは今やめといた方がいいんじゃないか。自分に語りかける。

で、

「行動療法」(内山喜久雄)の“はじめに”でやられる。

─子育てに全力投球している母親の行動を見ていると、まさに行 動療法そのものという観がある。
励ます、ほめる、叱る、注意す るなどは、わが子をよくするための意図的行為で、オペラント的 方法であるし、愛情のほとばしりから、声をかける、抱き上げてやるなどの行動は、子どもの心や体の成長に 欠くことのできない大切な心理的栄養剤で、レスポンデント的方法と直結している。
外には現われないが、 母親の頭の中でも同じことは認知的方法とし て日夜進行している─(略)

今私がやっていることは、これでいいんだ。本に書かれたひと言が嬉しい。



何ヶ月かの間ざわつき波立っていた心が、やっと収まって凪いできた。


尋常じゃない「人への執着」から始まり、ものごとへのこだわりの強さなどASDの発覚で狼狽えた私の自我はこの間私を離れ、どっか行っちゃった状態だった。


自我の説明はややこしいので省く。興味のある方はGoogle先生に聞いてね。
カウンセリング業界でインナーチャイルドを「内なる自分」などというが、それじゃなくて自我は私自身のことね。自身の中にいる自我。「交流分析」などで使う「自我状態」がこれ。

これが迷子になってたのが帰って来た。これで私の身体も精神状態も落ち着いた。猫を触る触覚、皮膚感覚も、温度感覚も本来のものに戻った。


酒やロキソニン系の薬で保っていたが、関連本を読み知識を得て戻った。知は力なり。これで当分の間、大丈夫だろう。

 発達障害が発覚して、改めて原家族を振り返る。

父親は癇癪持ち。今でいう発達障害に近いが、感情障害というか。

母親は前夫との娘と共依存、回避性、演技性パーソナリティー障害。


私は超未熟児で生まれた。未熟児は発達障害の起因となるそうだ。

発達障害が遺伝するのかは不明。

そして何度も登場する面前DVでの乖離。


これだけ材料が揃えば、私が発達障害になるのは必然といえば必然。今まで気づかなかった私も私だが、医療機関と繋がっていないので仕方がない。


本を読み進めると、私はどうやらアスペルガー症候群に近いようだ。チェック表でチェックしてみたら、これには当てはまらないが。

で、発達障害に効果的といわれる認知行動療法を試してみることに。

またBOOKOFFで注文。


こうして本を読んで自助努力だ。この先通院して服薬して治療回復を目指すという歳でもない。自分の謎が解ければ安心して死ねるのではないかと思うだけだ。








今までカウンセリングというフィールドで学び考え対応していたが、この本をパラパラめくって拾い読みしただけで、モノの見え方がガラリと変わる。

自分の生まれ、超未熟児であったことがまず発達障害の起因。機能不全家族、気分障害、パーソナリティ障害などは発達障害の「二次障害・合併症」であること、などなど、自分の謎が解ける。今までの全てが結びつく。
自分の中には知らない自分がまだたくさんいる。





朝食後にロキソニン系(鎮痛・解熱)を1錠飲む。気分が上がる◯◯が効くそうだが、私にはこのプラセボ効果でも充分だ。

日中は無意識に張り詰めているようで、LINEのやり取りもぎこちない。何か書こうにも長文がまだ出ない。

夕方、梅酒ハイボールを飲むとここでようやく気分が解れる。笑顔が出せるようになる。

ん?考えてみればこれは誰もが普通にやってることじゃないか。
日中のストレを酒やタバコでコントロールし発散させる。またはギャンブルで、趣味で。

そうか。今までの暮らしで「気晴らし」「発散する」がなかったんだ。全部溜め込んで来たんだな。現金以外。ストレスまで。

ストレス発散のいい手段、音楽だって仕事になれば発散の手段にはできない。当時は酒飲むとすぐ寝てたし、
会話でのコミュニケーションもできなかったから、発散する方法がなかった。

そりゃ病むわ。
これからきちんと発散するように心がけよう。今日の新しい気づきであった。



今までと何一つ変わらないのに、ASDが発覚したというそれだけで、発達障害というジャンルに入っただけで狼狽える。


AC共依存パーソナリティ障害、これら認知の歪みは、カウンセリング、認知行動療法、ゲシュタルト療法などの方法でとりあえず治せる。
その奥に潜む「脳の特性」が発達障害の原因といわれる。脳の特性。例えば私の場合、幼児期の面前DVによる乖離(記憶が飛ぶ)が原因で、脳の一部が損傷を受けたこと。
乖離の傷跡がASDという発達障害の原因、と私は理解している。

幼い頃から私の中にあったものが、こうして名前がつくとなかなかショックは大きい。恐るべきパワーワードだ。

しかし精神科医って◯◯障害と名付けるのが好きだよね。

そして私は「AC共依存パーソナリティ障害+ASD」のピアカウンセラーとしてこれから生きて死のうと決意した。この体験、特性がどなたかのお役に立てればいい。

ネット上のいろいろな著述を読んでいると、私は子どもの頃からASD傾向だったのかもしれない。


私は幼児期に面前DVで乖離(記憶が飛ぶ)を3~10歳くらいまで経験した。


脳という臓器は強いダメージから脳自身を守るために記憶を消してその事件を「なかったこと」にする。その傷跡が発達障害なのだ、と思っている。


それぞれの脳の特性、という書き方を具体的に描くと上記の例になるだろう。

今に至るまで自身のASDに気づかずにいただけで、実はずっとこの傾向があったと、過去を振り返れば思い当たることがたくさん。なら今になってセルフチェックして狼狽えるって変だろ。