久しぶりの大本山護国寺。今日で4回め。
本日の収穫。
行動療法→新行動療法→認知行動療法と続く。
カウンセリング関連の本は物語性があって読み進められるが、心理療法関連は断片的で読みにくい。本によって理解しにくいところもあるので、数冊を読み散らかす。
画像右上はオスマントルコ軍楽隊CD。向田邦子ドラマ「阿修羅のごとく」にも使われたM①「ジェッディン・デデン」で泣ける。


何ヶ月かの間ざわつき波立っていた心が、やっと収まって凪いできた。
尋常じゃない「人への執着」から始まり、ものごとへのこだわりの強さなどASDの発覚で狼狽えた私の自我はこの間私を離れ、どっか行っちゃった状態だった。
自我の説明はややこしいので省く。興味のある方はGoogle先生に聞いてね。
カウンセリング業界でインナーチャイルドを「内なる自分」などというが、それじゃなくて自我は私自身のことね。自身の中にいる自我。「交流分析」などで使う「自我状態」がこれ。
これが迷子になってたのが帰って来た。これで私の身体も精神状態も落ち着いた。猫を触る触覚、皮膚感覚も、温度感覚も本来のものに戻った。
酒やロキソニン系の薬で保っていたが、関連本を読み知識を得て戻った。知は力なり。これで当分の間、大丈夫だろう。
発達障害が発覚して、改めて原家族を振り返る。
父親は癇癪持ち。今でいう発達障害に近いが、感情障害というか。
母親は前夫との娘と共依存、回避性、演技性パーソナリティー障害。
私は超未熟児で生まれた。未熟児は発達障害の起因となるそうだ。
発達障害が遺伝するのかは不明。
そして何度も登場する面前DVでの乖離。
これだけ材料が揃えば、私が発達障害になるのは必然といえば必然。今まで気づかなかった私も私だが、医療機関と繋がっていないので仕方がない。
本を読み進めると、私はどうやらアスペルガー症候群に近いようだ。チェック表でチェックしてみたら、これには当てはまらないが。
で、発達障害に効果的といわれる認知行動療法を試してみることに。
またBOOKOFFで注文。
こうして本を読んで自助努力だ。この先通院して服薬して治療回復を目指すという歳でもない。自分の謎が解ければ安心して死ねるのではないかと思うだけだ。



今までと何一つ変わらないのに、ASDが発覚したというそれだけで、発達障害というジャンルに入っただけで狼狽える。
ネット上のいろいろな著述を読んでいると、私は子どもの頃からASD傾向だったのかもしれない。
私は幼児期に面前DVで乖離(記憶が飛ぶ)を3~10歳くらいまで経験した。
脳という臓器は強いダメージから脳自身を守るために記憶を消してその事件を「なかったこと」にする。その傷跡が発達障害なのだ、と思っている。
それぞれの脳の特性、という書き方を具体的に描くと上記の例になるだろう。
今に至るまで自身のASDに気づかずにいただけで、実はずっとこの傾向があったと、過去を振り返れば思い当たることがたくさん。なら今になってセルフチェックして狼狽えるって変だろ。










