2度の離婚を経て、自分のAC/アダルトチルドレン 共依存 パーソナリティ障害に気づき、カウンセリングで克服しました。現在はその体験を生かしてピア(仲間の意味)カウンセリングをしています。
団体職員、ライブハウス経営、イベント企画制作の仕事を終えて、趣味のDTM/パソコン音楽制作を始めました。
若い頃に体験した芝居が影響し、地上波TVドラマを観るのが好きで、ドラマ評をSNSに上げています。
タフラブ
敬愛するカウンセラー、公認心理士・信田さよ子氏の著作「タフラブという快刀」に感銘を受け、「愛という名の支配」から「互いを解放する愛」にシフトしようとしています。
愛する=相手を支配し操作する と長い間勘違いしていましたが、これは違う。
愛する=相手を束縛するのではなく解放する。
字面では理解できても実際のところは…ねぇ?できるんですかねぇ?
愛とは別に自分の中にある「欲求」に目を向けています。〜したい。精神的なことも肉体的なことも、自分の欲求に忠実に。しかし抑制的に理性的に。
欲求を上手くコントロールできれば、自分という乗り物を乗りこなせるのでしょう。欲求が爆発したら暴走してしまいますからね。
無意識に相手に依存する、依存されることが常でしたが、無意識を意識することで適度な依存の関係を目指していこうと思っています。依存する、されるのが悪いのではなく、無意識が悪いのだと思っています。
何だか面倒くさいことを書いてしまいましたが、こんな私です。
3 愛情→欲求
前の2本の投稿でずいぶん偉そうな文章を書きましたが。
実は好きな人に「愛してる」と言っていたのがいつの間にか「◯◯したい」と、愛情表現の言葉が欲求の言葉になっていて、自分でも愕然としています💦
自身の機能不全をカウンセリングで治し本を読みパーソナリティと人生を軌道修正してきたつもりでしたが、人を愛する実践がなかったのです。
何だ私の本質は何も変わっていないじゃないか。すんごいショック。
4 自家中毒
自分で毒を振り撒いてその毒に自分が当たるのを「自家中毒」とカウンセリング業界では呼んでいますが。
今回の私の「愛してる」+「◯◯したい」はまさに自家中毒でした。
勝手に自分で「愛してる」を増幅させ、勝手に「◯◯したい」に変換して、勝手にその毒に当たって自己嫌悪するという自家中毒。
私がカウンセリングを受けていた頃にカウンセラーによく言われたものでした。お相手にはもちろん何の落ち度もない、ただただ自分の問題。
「愛してる」という感情に「◯◯したい」欲求がプラスされると、もう自分でコントロールできなくなる、暴走してしまう。改めなければいけません。
恋愛の実践がないと、このように自家中毒を起こすのですねぇ。これも数をこなせ、修行を積め、なのですね。もうこの歳では数をこなせませんが💦
5 カウンセラーに私がよく言われたもう一つの言葉。
「あんたは周りにたくさんある幸せを掻き分けてわざわざ不幸だけを拾い集めてる。いい加減にその癖を治さんかーい!」(こんなに口は悪くない。大意)
この癖はなくなり安心しています。
「私は幸せになってはいけない」という幼児期からの自分への禁止令が解けたのです。私は幸せになっていいんだ、と思えるようになった。自分の認知の歪みを直すことができた。
人には無意識(潜在意識)のうちに感じ、考え、行動する─が備わっているようです。「不幸を拾い集める」も「幸せになってはいけない」も無意識の産物。
「無意識を意識しなさい」とカウンセラーに何度も言われたものです。
今まで無意識にしていた思考・行動に注意を向けると、「何故こんな思考こんな行動をしてるの?」が分かります。
6 杉田峰康「交流分析」
は昔読んだのですが、この度の「愛してる+◯◯したい」の爆発で自我状態が迷走。
また読みたくなってBOOK・OFFで注文。
「3つの私」とかエゴグラム、交流パターンが懐かしい。今の私に最適かも。
ただね、幼児期から充分な愛情体験をして来なかった者は、大人になっても高齢になっても、「愛する」が難しいんじゃないか、言葉でのコミュニケーションはできても、愛のコミュニケーション(があるとすれば)ができないんじゃないかと、薄っすら気がついています。
7 無意識の“報われたい”
「愛してる+◯◯したい」が脳内を駆け巡って、何故そんなに固執するのかを眺めていたら「報われたい」という言葉が現れたのです。
たまたま観ていたドラマ「海のはじまり」津野くんの「血でも法律でも繋がってない他人はいつの間にか外野」的な台詞、これに激しく同意してしまった。
思えば幼児期からの私、〜してあげる代償 を無意識に求めていたなぁ、と思い出した。その無意識は今も残っていて、今回もお相手に求めていた。報われたい。
その思いが欲求にかたちを変えたのだろうと。
家族でも親戚でもない赤の他人の私が、あなたにここまで寄り添ったのだから、何かちょうだい、とやってしまったのだ。やっちまったなぁ。
こりゃいかん。ダメだ私。お相手、あなたはもう私から離れなさい。私はただのアブナイおやじだった??
8 「好きになるくらいならいいが私は人を愛してはいけない」禁止令を発令した。
しばらくの間はこれで自分を戒めようと思う。しばらくの間ね。
お相手とは充分な愛着関係、親密な関係と信頼ができているとは思ったのだが、実はそうでもなかったのだから。
こちらからの一方的な欲求は迷惑でしかない。ウザいだけだった。
モノや事柄への欲求は構わない。◯◯が欲しい◯◯へ行きたい。人への欲求はほどほどにしたい。◯◯な人がいい◯◯して欲しい。人とモノは違う。
この歳でこんなことを気づくとは私も困ったものだ。
9 愛する能力が私にはなかったのだろうと思う。
逆上がりができなかった、球技ができなかった、水泳ができなかった、算数ができなかった…運動神経が鈍い、数字の認識ができない、これは能力の問題。
遺伝を含め親からもらったもの+興味+実践+練習の繰り返し+成功の喜び。
私は親が仲良くしている風景を見たことがなかった。スキンシップもなかった。言葉での愛情表現も。
親の夫婦関係を見て子どもは育つ。
お手本がなければ真似ることも練習もできない。能力は芽生えない、育たない、実践できない。
愛するって超能力じゃない、普通の能力なのにね。
10 親の夫婦関係を見て子どもは育った。
結果が今の私なのだが、今まで何も学ばなかったのも私の責任。
生まれが悪かった、育ちが悪かった、で済む話ではない。自分以外の人のせいにはできない、今の自分の責任。肝に銘じなくてはね。
今までに私はカウンセラーから自分の認知の歪みを教えられ、それを矯正した。
その後第二の人生の師といえる人から言語コミュニケーションを学んだ。
さて今後は学べなかった「愛する」を学ばなくては。
しばらくの間発令していた「好きになるくらいならいいが私は人を愛してはいけない」禁止令を解除して(早っ)、愛する実践を始めよう。
11 今回のお相手との別れを詞にした。
作詞の詞ね。これに曲をつけて編曲(アレンジ)、歌唱して一曲に仕上げてくれるAIサイトがあると、そのお相手に教えてもらっていたので、何かの記念にと行ってみた。
英語表記を翻訳しても意味ワカラナイ。しばらくウロウロして詞のフレーズをコピペしたら、瞬時に2パターンが完成していた。
聴いてみて飛んだ。最先端のPOPSだ。私が書いた詞では足りないと補作詞してくれて、メロディーラインなど私には思いつかないほどナウい(古っ)。音もいい、ミキシング、マスタリングがいい。女声の歌唱はVOCALOID系(合成の声)だろうが、自然な声。
最新AIってこんなに高度なことができるのね。
12 離婚、恋人との別れ、破局。
相手が100パー悪い、または自分が100パー悪いなどと考えるのはやめましょう。
私の場合、離婚のきっかけは相手の不倫。
その瞬間は相手が100パー悪いと恨み憎しみが込み上げ、離婚届を取りに町役場ヘクルマをブッ飛ばしたものですが。
時が経ち振り返るとフィフティフィフティ。私にも悪いところがあった。相手に不倫させてしまう原因を作った。
結婚してるのに愛がなかった。というか愛が分からなかった。そしてレスになった。それでも何とも思わなかった。これって残酷だと思いません?
どちらかが一方的に悪い、ということはない。フィフティフィフティ。夫婦でも恋人どうしでも、フィフティフィフティ。
自己嫌悪、自責の念に駆られる、自虐、自暴自棄はやめましょうね。
同様に 自分は悪くない!もやめましょうね。気づかないうちに結構相手を傷つけることしてるもんですよ。
自戒も込めて。
13 私もかつてのお相手も、振られ弱かった。
今まで何度も振られているのに、振られると極端に落ち込む。何ならこの世の終わりかというほど落ち込む。
私は前のその前のお相手に振られた時に1年泣いた。毎晩思い出してはべそべそ泣いた。
自分は振られる筈がない嫌われる筈がない、という根拠のない全能感があったようだ。何の根拠もないのにその全能感にしがみついていた。
これはパーソナリティ障害の領域。気になる方はGoogle先生に聞いてね。米国精神医学会の診断基準 DSM-5)に詳しい。
誤解のないように。パーソナリティ障害は精神障害ではありません。
ACアダルトチルドレン、共依存はセット。「機能不全家族に生まれて大人になった子ども」+「相手に依存し依存させる人間関係」がその人のパーソナリティを支配する。
急がば回れ、だがAC共依存を手放すのが先。
14 最近破局した皆さん、いかがお過ごしですか?
私の破局の悲しみはこの2〜3日がピークです。
朝目覚める。お相手とのやり取りを思い出す。胸の辺りがぎゅっと掴まれて押し潰される。
先日AIがほとんど作った、お相手との思い出の楽曲を聴いて、泣きそうになるのだが、あ、このメロいいなここのリフいいな、とか聴き惚れてしまう(何だよ)
泣く、悲しみを涙にして自分の外に出す、という行為はとてもいいのです。どんどん泣いてみましょう。
泣けない人は例えばカラオケで絶叫する、海に向かって叫ぶ「バカヤロー!」
あるいは言葉にして喋り倒す、文字にして書き連ねる。
自分の中にあるもろもろを外に出すのです。
出し切ったら自分の中でそれを終わらせましょう。思い出を自分の心の中の引き出しにしまいましょう。そして鍵をかけて。もういいや、と吹っ切りましょう。
なるべく溜め込まないように。暗くならないように。
明日から元気になりましょう。見事な人になりましょう。
自分に向かって「頑張れ」
15 「過去と他人は変えられない」
カウンセリング界隈にはこんな名言があります。
過去は変えられない。他人も変えられない。変えられるのは自分の今と未来だけ。
今回の私の言動のせいで、お相手との関係が壊れた。
−−−−−−−−−−−−−−−
「想い出のアイコン」より
いつも1番上だったキミのアイコンが
どんどん下になる
キミからのメッセージが途絶えてからもう画面から消えた
僕のせいだね
キミが好きと言った僕のせいだ
僕のせいだね
キミが欲しいと言った僕のせいだ
ごめんね
キミはもう僕から離れなさい
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AIが一曲に仕上げてくれたのを毎日毎晩聴いて、自分の軽率な言動を振り返る。
あの時こうしていればと、どうしようもない後悔にさいなまれる。が、やってしまった過去は変えられない。
感情的になるより、パニックになるより、感情を見つめ、眺め、この感情を味わい尽くし、二度と同じ過ちを繰り返さないと決めることしかできない。
私は同じ過ちを二度も繰り返しているが。
16 「自他の境界を知りなさい」
「それはそれ、これはこれ、と分けて考えて」とカウンセラーにはよく言われました。
感情が昂ったり混乱すると当然、冷静な判断ができなくなる。お相手とのトラブルでも、喧嘩できて言葉にしてお互い言い合えば分かり合えることもあるのですが。 無言での喧嘩になるとお手上げです。
何を感じ考え思って、どうしたいのかもお互い分からない、不信、疑い、そして恨み憎しみになってしまう。(無言、非言語コミュニケーションをする人は結構多い) いろんな感情が団子状態になっているので、どこをどう解したらいいのかも分からない。
その上私の場合は「この気持ちを分かってよ受け入れてよ」とお相手に要求してしまった。これは「自他の境界」を完全に見失った状態。 自他の境界「あなたはあなた、私は私」を飛び越えてしまう。
「あなたと私は一心同体よ」気持ちは分かるが、これってどうなんでしょうか?これが「愛する」ということ?
17 「愛する能力
予想通り今日が私の破局の悲しみのピーク。
家事をしていて急に思考が停止する、身体の動きが止まる。 あぁ本当に終わったんだ。
私には「愛する能力」がなかったのだと、改めて思い知る。前にこの内容で同じことを書いてるから、よほどショックが大きいようだ。
能力とは、教えてもらい、真似をして、学んで体験して身につけるもの。 逆上がりでもバック転でも、英会話でもそうでしょ?こうして能力を身につける。
私にはこれがなかった(これだけじゃないだろうけどね)と、改めて思い知る。 人は何かしら欠落しているとは思う。世の中に完璧な人はいないと思うが、私のこれはいくら何でも酷いだろう。
どうすんだよ🙀
18 愛する能力がないことが発覚した私だ。
自虐ネタにも聞こえるがそうではなく、新しい気づきだ。謙虚に受け止め、受け入れることにする。
次に現れるお相手には「承認欲求と独占欲と性欲あり〼←古っ」と自己紹介しよう。 これでも相手を褒める、優しい言葉をかける、寄り添う、などはできる。傾聴訓練をしているから、お相手の話に耳を傾けて聴くことができる。 「お友達まで」ならお付き合いが可能だ。
19 「支配欲」
という言葉に引っかかって調べたらこんなのが。 一社)日本シングルマザー支援協会 のサイトに寄稿している江成道子氏の文章。
−−−−−−−−−
(略)色々な事件を見ていると、加害者となった理由って、男性は『支配欲』、女性は『依存心』が根本的原因だと感じています。この『支配欲』と『依存心』が、自分以外の誰かを不幸に追い込むんです。 男女間で見るモラハラという現象は、『支配欲』と『依存心』が組み合わされた時に起こっているのを感じます。自分が主導権を握りたいから、依存心の強い人を見つけて、支配欲を埋めていく。これは片方が自立心が高いと、起こりにくいです。 また、女性の『依存心』が高まる状態を作り上げて、『支配欲』を埋める男性も多く見受けられます。妻を外に出したがらない、働かせたくないという心理は、私は多くの相談を受けてきた中で、女性がパートナーに選んではいけない条件に入る男性の心理だなと感じます。(略) −−−−−−−−−
男の支配欲も自立できていないことの裏返しなんだろうな。 肝に銘じなくては。
20 赤の他人なのに
ドラマ「海のはじまり」が私の今期イチ推し。
今回は津野くんに共感して涙腺崩壊。 赤の他人なのに1番近くで支えてくれた、支えた人。大して知らないのに寄り添った。
何か見返りを求めた訳でもない。 私の直近のお相手も同様に。それが欲求や支配欲が現れた途端に破綻した。 夫婦でも恋人でも元は他人。本当にそうなのだと改めて思う。
些細なことで惹かれ合い、些細なことで離れる。 些細なことが本当は最重要なことなのに気づかない。 芝居のように何度も稽古できない。台詞合わせも手直しもできない。本番は一度限り。上手くいかなかったら悲しむしかない。次の本番で直すしかない。 人生って楽しくて悲しくて愛おしいものですね。
21 自分を救うために
ずっと探していたギター。
薄い(ソリッド)ボディ、生音が出ない、ピックアップ付きギター。オークションやネットショップを探し回っていた。
新品で60%以上オフを見つけた。
今の自分を救いたくてこれを買った。
実は今までに集めたギター、ベース20本超えをオークションで売り、手元には3本。それが1本増えた。
オークション依存、買い物依存だった。それもなくなったと思っていたら、メンタルが弱ると現れるものだ。
これで自分が救われるのならそれもいい。依存症にならなければ適度な依存はいいことにしよう。自分でバランスを取れる間は大丈夫だ。
って、ついこないだお相手にバランス取れなくなったばかりなのによく言うよ💦
22 8.15。敗戦の日
戦争体験者は少なくなり、語り継ぐ人も少ない。
私の亡父も衛生兵として軍隊に取られ、間もなく戦争が終わったという。
子どもの頃覚えているのは傷痍軍人。片手片足、両足を失くした白装束の元軍人が物乞いをしていた。
あれから79年。
憲法を変え緊急事態条項を入れようとする動きがある。
パレスチナはじめ各国では毎日たくさんの子どもたち女性たちが死んでいる。
政治の役割は戦争をしないこと、国民を飢えさせないこと、と言った人がいる。その通りだ。
23 私はお相手に「かまってもらっていた』のだったと気がついた。
それは好意であって、好きとか愛してるとかの感情ではなかったと。
依存性パーソナリティ障害の得意技ともいえる「かまってあげる」に今頃気づくとは私もずいぶんのんびりしている。
依存性パーソナリティ障害は私にもある。カウンセリングのお陰でだいぶ少なく小さくはなったが今回のように感情がバタつくとこの依存性が現れる。
「かまってあげる」「かまってもらう」はセットになっているので、ましてや私もお相手もこの傾向があるので、お互いにこれをやり、やられる。やってる間はお互いに心地よい。が、そう長くは続かない。
これで全てが腑に落ちた。
お相手とのやり取りの間、私のインナーチャイルドはとても幸せに、嬉しい感情で満たされてずっと笑っていたのだ。今まで親にもかまってもらえなかった分を取り戻すように喜んでいたのだから。
いい勉強になりました。お相手に「かまってくれて本当にありがとう」「かまわせてくれて本当にありがとう」だ。
(パーソナリティ障害は精神障害ではありません)
24 寂しい悲しいの感情は消えない。
今日の日中気温は39℃になると予報。バカじゃないの?
寂しい悲しいの感情は消えない。
じっとしていると何処か深い穴にでも落ち込みそうなので身体を動かす。
衣類が終わったら家中のカーテンを外して洗濯。洗って元の場所に戻しそのまま乾かす。
グリーンカーテンには熟れたゴーヤが。
台風一過吾の寂しさも飛ばされず
(プレバト観てても俳句は一向に上達しない💦)

25 お相手の愛読書で私にも勧めてくれた漫画「住みにごり」
と読みたかった「交流分析(TA) ゲシュタルト療法の試み」が届いた。
この歳になってコミックを読むとは思わなかったが、今の地上波ドラマはコミック原作がめちゃ多い。それをTVerで観てるんだからおかしくはない。
「降り積もれ孤独な死よ」もコミック原作。ドラマを観て妙に惹かれるものかあってコミックを初めて注文してみた。
コミックの表現はTVよりも自由度が高い気がする。不特定多数の目に触れるTVは放送倫理や自主規制、スポンサーの意向もあるからだ。
コミックは特定の読者が選んで読む。作者の表現はそんな規制がない分、鮮明だ。
私も漫画少年だった。「少年」「冒険王」から「少年サンデー」「少年マガジン」「少年ジャンプ」で育った。漫画から教わったものは果てしなく大きい。
昔の漫画は「空想の世界、想像の産物」だったのが、今のコミックは「現実直視、人生の凝縮」のような気がする。
