ASDが自分の身近になって、ようやくかつての引きこもりと繋がった。 


2度目の離婚後、借りた倉庫をリフォームして住まいと犬舎にして暮らしていた。 この頃にブログでカウンセラーと知り合い、メールでカウンセリングを始めた。


 そこへ母親からの手紙。自分も歳だから一緒に暮らせ、と。カウンセラーが止めるのを聞かず同居開始。すぐに引きこもりに。 それから1年半余り無職。何社か面接するも失敗。やがて市の市民活動支援施設に就職した。


 この引きこもりの謎、理由がようやく分かった。今までの一人暮らしに強い愛着、執着を持っていて、母親←毒親だ との暮らしが苦痛だった(だからカウンセラーが止めとけと言ったのに)のだ。


 と、何でもASDのせいにするようだが、これほど人生を左右するものなんだよ、と言いたい。 ADHDなども含め発達障害は。


 面白いと言われて揃えた「住みにごり」。読み終えてもピンと来なかったが、今頃になって私の過去の体験と共にじわじわ来ている。 


 引きこもりという適応障害の兄とその家族。引きこもりを抱えているのだから普通に機能不全家族 が舞台。 


 引きこもり=適応障害 というが、引きこもりは社会に適応する前に片付けなければならないことがある。これが片付かなければ次に行けない、だから引きこもっているのだ。


 ・インナーチャイルドの生育不足親の言葉かけ、愛されていない、歓迎されていないという思い精神的に無防備 裸の赤ん坊 


 ・コミュニケーション能力の低さ言葉を自分を守るための武器、相手を攻撃するための武器にしている


 ・家族に安心がない。不安定、無関心または過剰な支配 コントロール 世話焼き


 私の過去の引きこもりを思い返すと、こんな単語が並ぶ。


 引きこもりは怠けてる、甘えてると散々言われたが、親に 家族に原因があるのは言うまでもない。引きこもりは家族が彼の彼女の世界の全てだから。 


 私が引きこもり当事者の居場所事業でボランティアをしていた頃も、引きこもりの自立支援団体でボランティアをしていた頃も、彼ら彼女らの家族の関係はどこも私と共通していた。 


 親が亡くなれば子は自分の足で歩くから、それほどの心配は必要ないのだが、彼ら彼女らは今、どうしているのだろう。


 ちょっと書いただけでもこの漫画、めちゃ深いじゃないか。



https://suno.com/song/dcaba7ef-0e7d-4f46-94b1-7c350e8c9f3b


https://suno.com/song/90c0cc93-df28-47db-a716-bf471a672ba9



あなたにあげたピアス

 宝物にすると言った

 小さな花束並べて 

スマホで写真を撮った 

 

 じゃぁ私の宝物は君だと 

送ったメッセージ ウソじゃない 

あなたは喜んでくれたのに


 次の瞬間 悲しませたのも私

私の宝物だよ 

キラキラ光る私の宝物だよ 


 キラキラ笑うあの日々 

思い出に変わるけど

 宝物は今も心に 

抱きしめて離さない 


過ぎ去った時間さえ 

君との思い出は消えない

夢のように 輝き続ける


 悲しませたのも私 

私の宝物だよ 

キラキラ光る 私の宝物だよ




【大人のASD/自閉スペクトラム症】


過去にばかり囚われて何かおかしいな自分、と思いASDチェックしてみたら22点。ASDの可能性あり、だって。

そうかー、何かおかしいと思ったんだよなー。過去へのこだわり尋常じゃないもんなー。すんごい納得。

そりゃそうだよなー、機能不全家族に生まれ育ったACアダルトチルドレン、共依存。面前DVからの乖離を7年ほど。2度の結婚離婚。境界性 依存性 自己愛性周辺のパーソナリティ障害。

カウンセリングで何とか今を生きてはいるが、自己コントロールできなくなると過去の自分が現れるのだから。

と、またひとつ自分の謎が解けた夜でした。謎が解けて嬉しいやら悲しいやら呆れるやら。
そしてこの自覚がなかった故に今まで多くの方々にかけたご迷惑を謝罪したい。ごめんなさい。





 ●他界してもなお許せない親 のこと

機能不全家族のメンバーは相互に依存し依存される、共依存という特徴がある。子どもは毒親の毒をたっぷりもらっている。 


親子の共依存は今で言えばお受験ママみたいな? 子どもの人生を親が全て支配しコントロールする。「あなたのためを思って」「愛を愛してるからよ」まるで自分の人生のように。


 心当たりのある方は 「愛情という名の支配」信田さよ子/著 ぜひ読んでみてね。

●過去を振り返ってしまう
「過去と他人は変えられない」

分かっていてもつい、終わった過去を振り返って過去の感情 恨み憎しみ悲しみが繰り返す。 終わった過去は変えられない。


これは紛れもない事実として受け入れるしかない。厄介なのはこれにくっついてくる過去の感情。私も記憶に新しい、とても新しい。 これは時間が解決するとしか言いようがないよね。私は最大1年だった。1年もやったら疲れてやめる。 


それでも続くようなら認知行動療法、ゲシュタルト療法を試してみるのもいいかも。 

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この一連のメンタルドタバタを経験して今、分かったことがある。

私はカウンセリングを受けた。自分の認知(ものの感じ方受け止め方)を変えた。生まれ変わり、生き直しができたと思った。


うん。それは確かにそうだ。


でもね。私の中には過去の私が全部詰まっている。体験も記憶も恨み哀しみの感情も。怒りや嫉妬や打算も。忘れた訳じゃない。消えてなくなった訳じゃない。生きている私の脳みそに今もある。


カウンセリングを受けた とは、私の現在を未来を自分でコントロールする方法を見つけた、ということ。

自分でコントロールできなければ、それは過去の私そのものだということ。


この度のメンタルドタバタはまさにこれ。自分でコントロールできなかったから過去の私が現れたのだ。


カウンセリングを受けた生まれ変わった生き直しできたと怠けてちゃいかんという、当たり前過ぎることが分かった。

カウンセリング終結後17年ほど経って分かった。


あーとてもスッキリした。




午前中に「海のはじまり」とか観るもんじゃない。

もう心を持ってかれて。 目黒蓮くんの泣いても歩いても下手な芝居に、手本を見せるかのような有村架純の見事な芝居。「あなたを選ばなかった」「自分を選んだ」とか珠玉の台詞が散りばめられた脚本。とか丁寧な演出、カメラ。とか。好き勝手にSNSに上げている。

脚本 演出 カメラ セット 道具全てが丁寧に作られた作品、そして男女差別のない作品だ。 音楽であれ芝居であれ、表現する者は見習うべき、とか言いながら私は作詞半分で後はSunoAIさんに丸投げで2曲を作るナマケモノ。




グリーンカーテン撤収。

5/8ゴーヤの日に種蒔き(多分)してプランターに移植し大きくなって実が生って、今年は13皿以上の収穫だた。一皿3~4個使うから40~50個は採れた。


今日は撤収前に極小も収穫。ワタを取り厚めに切ってザルに2つになった。チャンプルーを作り半分を冷凍(できるとは知らなかった)。

チャンプルーは大好き。
豆腐の水切りがめんどい時は厚揚げで作ったり、小さいのを佃煮にしたり。

ゴーヤは栄誉豊富だというからありがたい。野菜が価格高騰の折、これで命を繋いだのだ。


ベランダの恵みに感謝。
来年はトマトにも挑戦しようかな。

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お馴染みSuno AI。

作詞4本目にして、作曲 編曲 歌唱3回目にしてようやく納得できる楽曲になった。


 Suno AIさんとは初回のように気が合うことは珍しいのかもしれない。 何しろこっちは作詞は半分ほど。後はお任せなのだから。


でもこれはやってみて分かったのだが、200字かっちり作るとSunoAIさんが不機嫌になり、こっちが気に入らないものに仕上げてくるので、お任せがいい結果が出る。 「何でこうなるかな」とか、こっちが書いてもいない詞をはめてくる言語の蓄積には驚く。


 お相手にはもうすっかり醒めたのでこんな詞は今やファンタジー、妄想でしかないのだが、作品としてはまぁいいだろう。音楽は妄想でいいんだ。




  「いぬのきもち」「ねこのきもち」

雑誌があるのに
なくてもいぬねこのきもちは分かるのに


「ひとのきもち」
雑誌がないのはなぜだろう

ひとのきもちが分からない


言葉を持っているのに
伝えるのはことがらばかりで
きもちを伝えることができない

ひとを攻撃するために
自分を守るために言葉を使うのに


大切なひとに
きもちを伝えない

言葉にしなくては
「ひとのきもち」は伝わらない

(昔の自分に向けて)




 真面目な性の話。

ドラマ「あの子の子ども」を観ている。

高校生カップル・福(♀)宝(♂)はコンドームが破れて妊娠してしまう。

本人たちの混乱と葛藤、駆け込んだ産婦人科の助言、双方の親たちの言い分、娘の父親の意見。

エコー写真には小さな命…。


この国の性教育の不備(どころか人間教育として行われていない)行政、福祉の受け皿がどこにもないこと、悪しき家父長制の影響、などがあぶり出される。

実態。


私の世代も同じく性教育をほぼ受けて来なかった。男女の身体の仕組み、違いから第二次性徴…。上っ面だけさらりと教えただけ。


結婚して子どもが産まれるに至っても、産前産後の母体の負担軽減に夫は何をすればいいか、など何一つ、誰も、教えてはくれなかったのだ。

こんな国、他にあるの?




カウンセリング業界では4字熟語がたくさんあるが。

●自己開示
文字通り自分(の情報)を開示すること。今の私は自己開示が大きい(多い)。必要以上に大きいようだ。カウンセリング後、そうなったかも。

元々自分を出さない性格だった。というより自分が何をどう感じ考えているのかを言語化できなかった。だから無口だった。

無口な男って思慮深いとか思うでしょ?違うの。何も考えてないから。言語化できないから無口なだけだよ。


●承認欲求
自分のことを分かって欲しい受け入れて欲しい承認して欲しい欲求。

私は幼児期に満たされなかったこの欲求が現れたのだと思う。

でもこの欲求は意識してほどほどにしとかないと今回の私みたいになるよ。


●機能不全
機能不全家族という使い方をする。家族としての機能が上手く働かない。言語コミュニケーションが取れない(非言語)依存・共依存の関係(自立自律できない)など、私が育った環境。この連鎖は親から子へ、子から孫へ続くので要注意。




つい先週まではエアコンをガンガンつけていた。

流石に室温32℃になると我慢できない。我慢しても何の得にもならないんだから。

何年か前に野外イベントのPA(音響)仕事で熱中症になった。3日間、アイスとポカリなどスポーツドリンクしか口にできず。

それ以来夏が恐怖。今年は特に暑く、エアコン全開。してみると私はまだ死にたくないようだ。

請求が来た。普段の倍。見たら涼しいどころか寒くなった。


電気、ガス、ガソリン、水、米…国民の生活の基本のキは国営がいいんじゃない?公共のものは。鉄道、郵便が国営だったように。


https://suno.com/song/c29b92f0-47a9-4a08-906a-a5353e17801e


https://suno.com/song/03a3bcc6-fe4c-40f1-aac1-5ab495ad9021



いつも一番上だったキミのアイコン
どんどん下になる
キミからのメッセージ
途絶えたから

もう画面から消えた
僕のせいだね
キミが好きと言った
僕のせいだ

ごめんね キミはもう
僕から離れなさい
愛してるって言いたいけど
君を自由にするよ

指が震えた夜
タイピングできない
キミがいなくなって
心が空白

涙が落ちるたびに
画面が曇る
僕のせいだね
キミを傷つけた

遠い思い出の中
君との笑顔
戻せない時を
繰り返し夢見る



2度の離婚を経て、自分のAC/アダルトチルドレン 共依存 パーソナリティ障害に気づき、カウンセリングで克服しました。現在はその体験を生かしてピア(仲間の意味)カウンセリングをしています。


団体職員、ライブハウス経営、イベント企画制作の仕事を終えて、趣味のDTM/パソコン音楽制作を始めました。


若い頃に体験した芝居が影響し、地上波TVドラマを観るのが好きで、ドラマ評をSNSに上げています。


  タフラブ

敬愛するカウンセラー、公認心理士・信田さよ子氏の著作「タフラブという快刀」に感銘を受け、「愛という名の支配」から「互いを解放する愛」にシフトしようとしています。


愛する=相手を支配し操作する と長い間勘違いしていましたが、これは違う。

愛する=相手を束縛するのではなく解放する。


字面では理解できても実際のところは…ねぇ?できるんですかねぇ?

愛とは別に自分の中にある「欲求」に目を向けています。〜したい。精神的なことも肉体的なことも、自分の欲求に忠実に。しかし抑制的に理性的に。


欲求を上手くコントロールできれば、自分という乗り物を乗りこなせるのでしょう。欲求が爆発したら暴走してしまいますからね。


無意識に相手に依存する、依存されることが常でしたが、無意識を意識することで適度な依存の関係を目指していこうと思っています。依存する、されるのが悪いのではなく、無意識が悪いのだと思っています。

何だか面倒くさいことを書いてしまいましたが、こんな私です。



3  愛情→欲求

前の2本の投稿でずいぶん偉そうな文章を書きましたが。


実は好きな人に「愛してる」と言っていたのがいつの間にか「◯◯したい」と、愛情表現の言葉が欲求の言葉になっていて、自分でも愕然としています💦


自身の機能不全をカウンセリングで治し本を読みパーソナリティと人生を軌道修正してきたつもりでしたが、人を愛する実践がなかったのです。


何だ私の本質は何も変わっていないじゃないか。すんごいショック。



4  自家中毒

自分で毒を振り撒いてその毒に自分が当たるのを「自家中毒」とカウンセリング業界では呼んでいますが。


今回の私の「愛してる」+「◯◯したい」はまさに自家中毒でした。

勝手に自分で「愛してる」を増幅させ、勝手に「◯◯したい」に変換して、勝手にその毒に当たって自己嫌悪するという自家中毒。


私がカウンセリングを受けていた頃にカウンセラーによく言われたものでした。お相手にはもちろん何の落ち度もない、ただただ自分の問題。


「愛してる」という感情に「◯◯したい」欲求がプラスされると、もう自分でコントロールできなくなる、暴走してしまう。改めなければいけません。


恋愛の実践がないと、このように自家中毒を起こすのですねぇ。これも数をこなせ、修行を積め、なのですね。もうこの歳では数をこなせませんが💦 




5  カウンセラーに私がよく言われたもう一つの言葉。

「あんたは周りにたくさんある幸せを掻き分けてわざわざ不幸だけを拾い集めてる。いい加減にその癖を治さんかーい!」(こんなに口は悪くない。大意)


この癖はなくなり安心しています。

「私は幸せになってはいけない」という幼児期からの自分への禁止令が解けたのです。私は幸せになっていいんだ、と思えるようになった。自分の認知の歪みを直すことができた。


人には無意識(潜在意識)のうちに感じ、考え、行動する─が備わっているようです。「不幸を拾い集める」も「幸せになってはいけない」も無意識の産物。


「無意識を意識しなさい」とカウンセラーに何度も言われたものです。

今まで無意識にしていた思考・行動に注意を向けると、「何故こんな思考こんな行動をしてるの?」が分かります。




6  杉田峰康「交流分析」

は昔読んだのですが、この度の「愛してる+◯◯したい」の爆発で自我状態が迷走。


また読みたくなってBOOK・OFFで注文。

「3つの私」とかエゴグラム、交流パターンが懐かしい。今の私に最適かも。


ただね、幼児期から充分な愛情体験をして来なかった者は、大人になっても高齢になっても、「愛する」が難しいんじゃないか、言葉でのコミュニケーションはできても、愛のコミュニケーション(があるとすれば)ができないんじゃないかと、薄っすら気がついています。





7  無意識の“報われたい”

「愛してる+◯◯したい」が脳内を駆け巡って、何故そんなに固執するのかを眺めていたら「報われたい」という言葉が現れたのです。


たまたま観ていたドラマ「海のはじまり」津野くんの「血でも法律でも繋がってない他人はいつの間にか外野」的な台詞、これに激しく同意してしまった。


思えば幼児期からの私、〜してあげる代償 を無意識に求めていたなぁ、と思い出した。その無意識は今も残っていて、今回もお相手に求めていた。報われたい。
その思いが欲求にかたちを変えたのだろうと。


家族でも親戚でもない赤の他人の私が、あなたにここまで寄り添ったのだから、何かちょうだい、とやってしまったのだ。やっちまったなぁ。


こりゃいかん。ダメだ私。お相手、あなたはもう私から離れなさい。私はただのアブナイおやじだった??




8  「好きになるくらいならいいが私は人を愛してはいけない」禁止令を発令した。

しばらくの間はこれで自分を戒めようと思う。しばらくの間ね。


お相手とは充分な愛着関係、親密な関係と信頼ができているとは思ったのだが、実はそうでもなかったのだから。

こちらからの一方的な欲求は迷惑でしかない。ウザいだけだった。


モノや事柄への欲求は構わない。◯◯が欲しい◯◯へ行きたい。人への欲求はほどほどにしたい。◯◯な人がいい◯◯して欲しい。人とモノは違う。

この歳でこんなことを気づくとは私も困ったものだ。




9  愛する能力が私にはなかったのだろうと思う。

逆上がりができなかった、球技ができなかった、水泳ができなかった、算数ができなかった…運動神経が鈍い、数字の認識ができない、これは能力の問題。


遺伝を含め親からもらったもの+興味+実践+練習の繰り返し+成功の喜び。

私は親が仲良くしている風景を見たことがなかった。スキンシップもなかった。言葉での愛情表現も。


親の夫婦関係を見て子どもは育つ。

お手本がなければ真似ることも練習もできない。能力は芽生えない、育たない、実践できない。

愛するって超能力じゃない、普通の能力なのにね。




10  親の夫婦関係を見て子どもは育った。

結果が今の私なのだが、今まで何も学ばなかったのも私の責任。


生まれが悪かった、育ちが悪かった、で済む話ではない。自分以外の人のせいにはできない、今の自分の責任。肝に銘じなくてはね。


今までに私はカウンセラーから自分の認知の歪みを教えられ、それを矯正した。

その後第二の人生の師といえる人から言語コミュニケーションを学んだ。

さて今後は学べなかった「愛する」を学ばなくては。


しばらくの間発令していた「好きになるくらいならいいが私は人を愛してはいけない」禁止令を解除して(早っ)、愛する実践を始めよう。




11  今回のお相手との別れを詞にした。

作詞の詞ね。これに曲をつけて編曲(アレンジ)、歌唱して一曲に仕上げてくれるAIサイトがあると、そのお相手に教えてもらっていたので、何かの記念にと行ってみた。


英語表記を翻訳しても意味ワカラナイ。しばらくウロウロして詞のフレーズをコピペしたら、瞬時に2パターンが完成していた。


聴いてみて飛んだ。最先端のPOPSだ。私が書いた詞では足りないと補作詞してくれて、メロディーラインなど私には思いつかないほどナウい(古っ)。音もいい、ミキシング、マスタリングがいい。女声の歌唱はVOCALOID系(合成の声)だろうが、自然な声。


最新AIってこんなに高度なことができるのね。





12  離婚、恋人との別れ、破局。

相手が100パー悪い、または自分が100パー悪いなどと考えるのはやめましょう。

私の場合、離婚のきっかけは相手の不倫。


その瞬間は相手が100パー悪いと恨み憎しみが込み上げ、離婚届を取りに町役場ヘクルマをブッ飛ばしたものですが。


時が経ち振り返るとフィフティフィフティ。私にも悪いところがあった。相手に不倫させてしまう原因を作った。

結婚してるのに愛がなかった。というか愛が分からなかった。そしてレスになった。それでも何とも思わなかった。これって残酷だと思いません?


どちらかが一方的に悪い、ということはない。フィフティフィフティ。夫婦でも恋人どうしでも、フィフティフィフティ。


自己嫌悪、自責の念に駆られる、自虐、自暴自棄はやめましょうね。

同様に 自分は悪くない!もやめましょうね。気づかないうちに結構相手を傷つけることしてるもんですよ。

自戒も込めて。




13  私もかつてのお相手も、振られ弱かった。

今まで何度も振られているのに、振られると極端に落ち込む。何ならこの世の終わりかというほど落ち込む。


私は前のその前のお相手に振られた時に1年泣いた。毎晩思い出してはべそべそ泣いた。


自分は振られる筈がない嫌われる筈がない、という根拠のない全能感があったようだ。何の根拠もないのにその全能感にしがみついていた。


これはパーソナリティ障害の領域。気になる方はGoogle先生に聞いてね。米国精神医学会の診断基準 DSM-5)に詳しい。

誤解のないように。パーソナリティ障害は精神障害ではありません。


ACアダルトチルドレン、共依存はセット。「機能不全家族に生まれて大人になった子ども」+「相手に依存し依存させる人間関係」がその人のパーソナリティを支配する。


急がば回れ、だがAC共依存を手放すのが先。





14  最近破局した皆さん、いかがお過ごしですか?

私の破局の悲しみはこの2〜3日がピークです。

朝目覚める。お相手とのやり取りを思い出す。胸の辺りがぎゅっと掴まれて押し潰される。


先日AIがほとんど作った、お相手との思い出の楽曲を聴いて、泣きそうになるのだが、あ、このメロいいなここのリフいいな、とか聴き惚れてしまう(何だよ)

泣く、悲しみを涙にして自分の外に出す、という行為はとてもいいのです。どんどん泣いてみましょう。


泣けない人は例えばカラオケで絶叫する、海に向かって叫ぶ「バカヤロー!」

あるいは言葉にして喋り倒す、文字にして書き連ねる。

自分の中にあるもろもろを外に出すのです。


出し切ったら自分の中でそれを終わらせましょう。思い出を自分の心の中の引き出しにしまいましょう。そして鍵をかけて。もういいや、と吹っ切りましょう。

なるべく溜め込まないように。暗くならないように。


明日から元気になりましょう。見事な人になりましょう。


自分に向かって「頑張れ」





15  「過去と他人は変えられない」

カウンセリング界隈にはこんな名言があります。


過去は変えられない。他人も変えられない。変えられるのは自分の今と未来だけ。

今回の私の言動のせいで、お相手との関係が壊れた。

−−−−−−−−−−−−−−−
「想い出のアイコン」より

いつも1番上だったキミのアイコンが
どんどん下になる
キミからのメッセージが途絶えてからもう画面から消えた

僕のせいだね
キミが好きと言った僕のせいだ
僕のせいだね
キミが欲しいと言った僕のせいだ

ごめんね
キミはもう僕から離れなさい
−−−−−−−−−−−−−−−

AIが一曲に仕上げてくれたのを毎日毎晩聴いて、自分の軽率な言動を振り返る。

あの時こうしていればと、どうしようもない後悔にさいなまれる。が、やってしまった過去は変えられない。


感情的になるより、パニックになるより、感情を見つめ、眺め、この感情を味わい尽くし、二度と同じ過ちを繰り返さないと決めることしかできない。

私は同じ過ちを二度も繰り返しているが。




16  「自他の境界を知りなさい」

「それはそれ、これはこれ、と分けて考えて」とカウンセラーにはよく言われました。


 感情が昂ったり混乱すると当然、冷静な判断ができなくなる。お相手とのトラブルでも、喧嘩できて言葉にしてお互い言い合えば分かり合えることもあるのですが。 無言での喧嘩になるとお手上げです。 


何を感じ考え思って、どうしたいのかもお互い分からない、不信、疑い、そして恨み憎しみになってしまう。(無言、非言語コミュニケーションをする人は結構多い) いろんな感情が団子状態になっているので、どこをどう解したらいいのかも分からない。 


その上私の場合は「この気持ちを分かってよ受け入れてよ」とお相手に要求してしまった。これは「自他の境界」を完全に見失った状態。 自他の境界「あなたはあなた、私は私」を飛び越えてしまう。


「あなたと私は一心同体よ」気持ちは分かるが、これってどうなんでしょうか?これが「愛する」ということ?





17  「愛する能力

予想通り今日が私の破局の悲しみのピーク。 


家事をしていて急に思考が停止する、身体の動きが止まる。 あぁ本当に終わったんだ。


私には「愛する能力」がなかったのだと、改めて思い知る。前にこの内容で同じことを書いてるから、よほどショックが大きいようだ。


能力とは、教えてもらい、真似をして、学んで体験して身につけるもの。 逆上がりでもバック転でも、英会話でもそうでしょ?こうして能力を身につける。


私にはこれがなかった(これだけじゃないだろうけどね)と、改めて思い知る。 人は何かしら欠落しているとは思う。世の中に完璧な人はいないと思うが、私のこれはいくら何でも酷いだろう。

 どうすんだよ🙀





18  愛する能力がないことが発覚した私だ。

自虐ネタにも聞こえるがそうではなく、新しい気づきだ。謙虚に受け止め、受け入れることにする。


次に現れるお相手には「承認欲求と独占欲と性欲あり〼←古っ」と自己紹介しよう。 これでも相手を褒める、優しい言葉をかける、寄り添う、などはできる。傾聴訓練をしているから、お相手の話に耳を傾けて聴くことができる。 「お友達まで」ならお付き合いが可能だ。




19  「支配欲」

という言葉に引っかかって調べたらこんなのが。 一社)日本シングルマザー支援協会 のサイトに寄稿している江成道子氏の文章。
−−−−−−−−−
(略)色々な事件を見ていると、加害者となった理由って、男性は『支配欲』、女性は『依存心』が根本的原因だと感じています。この『支配欲』と『依存心』が、自分以外の誰かを不幸に追い込むんです。 男女間で見るモラハラという現象は、『支配欲』と『依存心』が組み合わされた時に起こっているのを感じます。自分が主導権を握りたいから、依存心の強い人を見つけて、支配欲を埋めていく。これは片方が自立心が高いと、起こりにくいです。 また、女性の『依存心』が高まる状態を作り上げて、『支配欲』を埋める男性も多く見受けられます。妻を外に出したがらない、働かせたくないという心理は、私は多くの相談を受けてきた中で、女性がパートナーに選んではいけない条件に入る男性の心理だなと感じます。(略) −−−−−−−−−
男の支配欲も自立できていないことの裏返しなんだろうな。 肝に銘じなくては。





20  赤の他人なのに

ドラマ「海のはじまり」が私の今期イチ推し。

今回は津野くんに共感して涙腺崩壊。 赤の他人なのに1番近くで支えてくれた、支えた人。大して知らないのに寄り添った。

何か見返りを求めた訳でもない。 私の直近のお相手も同様に。それが欲求や支配欲が現れた途端に破綻した。 夫婦でも恋人でも元は他人。本当にそうなのだと改めて思う。


些細なことで惹かれ合い、些細なことで離れる。 些細なことが本当は最重要なことなのに気づかない。 芝居のように何度も稽古できない。台詞合わせも手直しもできない。本番は一度限り。上手くいかなかったら悲しむしかない。次の本番で直すしかない。 人生って楽しくて悲しくて愛おしいものですね。




21  自分を救うために

ずっと探していたギター。

薄い(ソリッド)ボディ、生音が出ない、ピックアップ付きギター。オークションやネットショップを探し回っていた。

新品で60%以上オフを見つけた。
今の自分を救いたくてこれを買った。


実は今までに集めたギター、ベース20本超えをオークションで売り、手元には3本。それが1本増えた。

オークション依存、買い物依存だった。それもなくなったと思っていたら、メンタルが弱ると現れるものだ。


これで自分が救われるのならそれもいい。依存症にならなければ適度な依存はいいことにしよう。自分でバランスを取れる間は大丈夫だ。


って、ついこないだお相手にバランス取れなくなったばかりなのによく言うよ💦





22  8.15。敗戦の日

戦争体験者は少なくなり、語り継ぐ人も少ない。

私の亡父も衛生兵として軍隊に取られ、間もなく戦争が終わったという。

子どもの頃覚えているのは傷痍軍人。片手片足、両足を失くした白装束の元軍人が物乞いをしていた。


あれから79年。

憲法を変え緊急事態条項を入れようとする動きがある。


パレスチナはじめ各国では毎日たくさんの子どもたち女性たちが死んでいる。

政治の役割は戦争をしないこと、国民を飢えさせないこと、と言った人がいる。その通りだ。






 23  私はお相手に「かまってもらっていた』のだったと気がついた。

それは好意であって、好きとか愛してるとかの感情ではなかったと。


依存性パーソナリティ障害の得意技ともいえる「かまってあげる」に今頃気づくとは私もずいぶんのんびりしている。


依存性パーソナリティ障害は私にもある。カウンセリングのお陰でだいぶ少なく小さくはなったが今回のように感情がバタつくとこの依存性が現れる。


「かまってあげる」「かまってもらう」はセットになっているので、ましてや私もお相手もこの傾向があるので、お互いにこれをやり、やられる。やってる間はお互いに心地よい。が、そう長くは続かない。


これで全てが腑に落ちた。

お相手とのやり取りの間、私のインナーチャイルドはとても幸せに、嬉しい感情で満たされてずっと笑っていたのだ。今まで親にもかまってもらえなかった分を取り戻すように喜んでいたのだから。


いい勉強になりました。お相手に「かまってくれて本当にありがとう」「かまわせてくれて本当にありがとう」だ。

(パーソナリティ障害は精神障害ではありません)





24  寂しい悲しいの感情は消えない。

今日の日中気温は39℃になると予報。バカじゃないの?


寂しい悲しいの感情は消えない。
じっとしていると何処か深い穴にでも落ち込みそうなので身体を動かす。

衣類が終わったら家中のカーテンを外して洗濯。洗って元の場所に戻しそのまま乾かす。


グリーンカーテンには熟れたゴーヤが。


台風一過吾の寂しさも飛ばされず

(プレバト観てても俳句は一向に上達しない💦)

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25  お相手の愛読書で私にも勧めてくれた漫画「住みにごり」

と読みたかった「交流分析(TA) ゲシュタルト療法の試み」が届いた。

この歳になってコミックを読むとは思わなかったが、今の地上波ドラマはコミック原作がめちゃ多い。それをTVerで観てるんだからおかしくはない。


「降り積もれ孤独な死よ」もコミック原作。ドラマを観て妙に惹かれるものかあってコミックを初めて注文してみた。

コミックの表現はTVよりも自由度が高い気がする。不特定多数の目に触れるTVは放送倫理や自主規制、スポンサーの意向もあるからだ。


コミックは特定の読者が選んで読む。作者の表現はそんな規制がない分、鮮明だ。


私も漫画少年だった。「少年」「冒険王」から「少年サンデー」「少年マガジン」「少年ジャンプ」で育った。漫画から教わったものは果てしなく大きい。


昔の漫画は「空想の世界、想像の産物」だったのが、今のコミックは「現実直視、人生の凝縮」のような気がする。

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「毒親」という言い方がだいぶ前からされています。

 

元々は「毒になる親」スーザン・フォワード著から使われるようになったようです。(画像)

 

毒親という言い方が持つ親への怨み憎しみはとても上手く表現されていて、子が親に向けて言う時にリアルに実感できて「早く決別しなきゃ」と思えます。

 

私はこの言葉は使いません。だとしたら毒親の子は親の毒をたっぷりもらっていて、その毒は私の身体の隅々まで回っていると思うと、何ともやり切れなくなるからです。

 

私は専ら機能不全家族=親の側、ACアダルトチルドレン=子の側、と使っています。

親を毒親と言うなら子は「毒の子」とでも言うことにしましょうか。

 

 

毒親に向き合いましょう。

 

 

自分の親は毒親であることを認識することがまず一歩。ここから毒親離れが始まります。

物理的に経済的に精神的に自立・自律することです。親と距離を置いて生活する。親を頼らない。これは最初の難関です。

 

親と子は確かに別人格です。ですが毒親と毒の子は共依存という強い絆で結ばれています。親は子の自立・自律を奪ってきました。親に依存するように育ててきましたから、そこから離れるのは大変です。

 

毒親の元に生まれて育ち、大人になった今まで、自分の親は毒を持っていたことに気付きませんでした。その毒が子である自分の中に流れていることも。

 

毒の子である自分は、自分の身体の毒を「解毒」することをしなければなりません。でないとその毒は自分の子に受け継がれるからです。家庭内連鎖、家族の輪廻を止めるには、自分の解毒が必要です。

 

ではどうしましょうか。

 

親からもらった毒を一つひとつ丁寧に調べます。認知の歪み、自立・自律できない、嫉妬、怒りの感情が過剰なこと、他者との距離が取れない、相手の下に入り対等な関係が作れない、自己肯定感が少ない、自尊心が根拠なく高い、愛し愛された体験がない、などなど。もらった毒は不要なもの余計なものばかりです。

 

これは全部捨てることになります。全部捨てると何も残らないのです。一度死んで生まれ変わるようなものです。生き直しです。

 



 

分かって欲しい、構って欲しい、でも分かってもらえない、構ってもない。

 

ACの内側に渦巻く不全感、不安感は何をどう説明すればいいのか分からないほど混沌としています。何もかもが一緒くたになり、大きなひとつの塊になり、自分の中の奥底に沈んでいるのです。

 

感情が凍りつき、感覚も思考が止まる。自分の内面ので動きが止まった感じ。目と耳は動いているが、見えて聞こえてはいるが、言葉が出ない。

 

これはまるで幼児期のままの自分。幼児期そのものの自分。見えて聞こえてはいるが、言葉が出ない。感情、感覚、思考が芽生える前に、それを止めてしまった、止められてしまったのです。

 

幼児が言葉を発するまでに、自分の周りの世界を見ています。声を、たくさんの物音を聞いています。

 

あなたの幼児期を振り返ってみてください。

 

親の言葉かけ、語りかけ、話しかけを聞いて、模倣して言葉を獲得し、親の表情を見て気分、感情を聞いて、それを理解していきます。

 

この体験がACにはなかったのです。私自身を振り返っても確かにない。

 

これをきちんと獲得することです。

 

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まず自分の感情を掴む。今ここの自分の感情。喜怒哀楽。それらの混ざり合いを感じる。

 

それを丁寧に言葉にする。試しながら。直しながら。

 

 

言い換えながら。自分が納得できるまで。

 

他者に伝える。これは相手を選んで。きちんと受け止めてくれる相手に伝える。その相手がいなければ、やらない方がいい。

 

相手がいなければ、伝える相手話しかけ小さい頃のあなた自身へ。小さいあなたが微笑めばOK。

 

これを繰り返し繰り返しやってみる。

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ACにとって「言語化できない」は最大の難関ですが、避けて通れない課題。

じっくり自分と向き合ってください。いいことがあるかもしれません。

 

①自分の気分・感情に気づき

②それを言語化する

③そして他者に伝える能力を身につける

④その上で他者と向き合う

⑤他者を尊重する

⑥他者を愛する

⑦言語コミュニケーションを優先させる

などなど。

機能不全家族で育った頃に得られなかったもの─健全なら得られるはずだった全て─を獲得するには、時間と手間がかかります。

 

私の場合、カウンセリング終結後好きになった異性はできましたが、ここで自分の言語能力、コミュニケーション能力が試されました。

 

もっと難しいのは、幼児期の愛する愛される体験がないこと。これがその後の恋愛、セックス観を大きく歪めてしまっているのです。

このハンデはなかなか取り返しのつくものでもない。まして恋愛もセックスも相手がいること。壁は高い、険しいのです。

 

その点では私はとても近い距離になると対人恐怖があるようです。

パーソナルスペースという概念があります。自分と他者との距離がどれくらい近づけば快・不快に感じるか、というもの。(図:Wikipediaより)

 

 

相手によってこれは変わります。好意を持つ相手には近くでもOK、嫌いな人は視界に入るだけでもNG。

 

愛する人ならお互いのパーソナルスペースに入る、ほぼ同軸上で重なるのですから、これは幼児期から「慣れて」おかないと難しい。まずは親との親密な愛着関係がないと、他者との距離を詰めるのも難しいようです。

 

 

初歩的な訓練から。他者を愛する前にまずは自分を愛すること。これ一つでもACには難しい。

 

ありのままの自分を受容し、無条件に愛する。

 

自分を愛することなどなかった。愛されることも。自分を否定して規制して、条件付きの愛で支配・操作されてきたAC。他者にも同じことを求めてしまう。これをやめることです。

親のために、愛されるためにと言いなりに生きてきた「癖」を捨てることです。

 

親のためでなく自分のために生きる。自分が幸せになるために生きる。

ここから始めましょう。

 

そしていつか、愛する人と愛のあるセックスができる日を目指しましょう。

 

が、最近ではセックスレスの夫婦が増えていると知って、私は呆然としています。他者との親密な関係を持つことが重く、不要になっているのでしょうか。





 

土地と家を処分して新しい場所に引っ越し、ブログで知り合ったカウンセラーと、メールカウンセリングが始まります。

 

ここで初めて、私は機能不全家族に生まれ育ったACであること、ACと共依存がセットであること、パーソナリティー障害が症状として表れることを知ります。

 

自分の認知(物の見かた、受け止め方)の歪み、自由な感情を抑え込んで生きて来たこと、言語コミニュケーションができない、非言語コミニュケーションで生きていること、親への恨み憎しみの感情が終わっていないこと、それは同じ大きさで親に愛されたい親を愛したい欲求があったこと、などなど←過去記事をご参照ください。

 

ACとは実に厄介な荷物を背負っていると、親からいらないものばかりもらったものだと思います。

親からもらったものを全部捨てて、親をきちんと恨み、その感情を終わらせることが必須だと知ります。

 

 

機能不全家族のメンバーは、仲良く暮らす、仲良くすることがありません。私は父母の仲睦まじい姿を一度も見たことがありません。だから男女が仲良くするとは実際どうするのかが分からない。模倣から学ぶ体験がないのです。

 

結婚しても言語コミニュケーションなしのセックスはするのですが、言語ありで仲良くはなれない。感情の交流ができない。

互いにACなのでスキンシップに嫌悪する。触り触られることに慣れてないのです。幼児期のスキンシップ、肌の触れ合い、ハグ、キスの体験がない。幸せな体験がない。殴られるなど暴力はある。

 

また元妻は「人前でベタべタするのは嫌い、手を繋ぐのも嫌い」でもセックスはするのです。性欲を満たすための愛のないセックス。

 

幼児期からの愛情体験がない。セックスの知識も得られない、教えてもらえない。それどころかセックスは恥ずかしいもの穢らわしいものと遠ざける。この環境で育ったのです。

 

結果、他者を好きになっても、相手を束縛、支配、操作しようとする。結婚したら自分の所有物と考える、自分の気分感情は相手も分かっていると考える、言語コミュニケーションをますます不要と考える、など思い違いは果てしなくなります。

 

束縛する愛、解放する愛。この違いは「タフラブという快刀」信田さよ子 著 をご参照ください。

 

 

相手をを気に入らないと無言になる、非言語コミュニケーションを繰り出し、最終的に破綻します。

 

多くの機能不全家族ではここに暴力が登場し、とても危険な事態になります。

 

健全なセックス観が得られなかった男女の末路です。

 

私自身の体験も織り交ぜながら、ACアダルトチルドレンの恋愛とセックスについて書いていきます。

機能不全家族に生まれ育ったので、人を愛する、が分かりません。

親から教えられていない。親自身が愛されて親を愛して育っていないので、親にも分からない。逆に親は愛=支配、所有を刷り込んでくるので、これで子は育ってしまう。

相手に好意を持つ、ぐらいまではできるのですが、それ以上が無理。支配したくなる、所有したくなる。

私は2度の結婚、離婚でようやく気づきました。人を愛するってどうすればいいの?

ACはコミュニケーションが下手。非言語コミュニケーションは人一倍上手いが、言語コミュニケーションはほとんどダメ。
事柄、出来事を話してコミュニケーションをとることはできるが、自分の感情、気分を言葉にして他者に伝えるのが下手。そもそも自身の感情が分からない。

さて、私の結婚生活も上に書いた通り、相手と言葉が通わない、心が通わない、二人でいるのに寂しい(と相手に言われた)日々でした。
ACが結婚相手に選ぶのは、自身の生育と似た匂いを感じて惹かれ合う。相手の不全感が短い会話で分かるので、共感しやすいのです。

互いの生育歴、親からの仕打ち──躾や教育の軽視または無視、ハラスメント、ネグレクト、暴力、無言のコミュニケーションやコミュニケーションそのものの拒否──は、互いを近づけ親密にさせます。すぐに同棲、結婚。

セックス観が未熟。これも教えられていないので、本当にどうしていいのか分からない。
私は今でも恥ずかしいのですが、行為そのものが愛情表現だと思い込んでいたので、ここでも言語コミュニケーションは全くなし、無言でした。

言語コミュニケーション能力が低い二人は、しばらくは楽しく暮らせますが、やがて子どもが生まれても育てるのが難しいのです。親から教えられていないので。

我が家では妻の育児拒否。神経過敏で母乳が出ず、従って子どもの夜泣きがひどく、親子心中まで行くところでした。ハイハイするようになっても「触られるのが嫌」と拒否、躾や教育も放置でした。

こんな家族ですから、月日と共に互いの気持ちは離れていきます。本来必要なコミュニケーションを取らなくなる。私もますます無口になります。やがて妻の不倫がきっかけで離婚。
それまで築いた土地も家も、生活空間の全てを処分しました。

(続く)

TV番組でこの様子を映していました。私はこの言葉を初めて聞いて、すこし衝撃的でした。

自分自身の世話を放棄する、という意味ですから、ショッキングです。

 

番組では30代の男性を追います。週7日のアルバイトで仕事終わりにコンビニで弁当とペットボトル飲料を買い部屋で食べる暮らしを続け、部屋のゴミが溜まる。片付ける時間がない、そのうちに部屋の汚れを放置してしまう。それが何年も積み重なり、ゴミ部屋になる。

 

どんな心理状態で、こんなことになるのか。

 

私が想像するのは忙しさと疲れで日々がすぎてしまう風景です。そこには感情や思考が入り込む隙間もない。景色を眺めて季節の移り変わりを楽しむことも、たまには贅沢をして美味しいものを食べることもできない。潤いのない荒んだ風景です。

 

感情や思考を失くす=放棄すると、味気ない暮らしをするしかありません。恐らく経済的な理由で。必死で稼がないと暮らしていけない。アルバイトではいくら頑張っても、家賃、水光費、食費、ケータイ代を払うとそれでおしまい。預貯金など無理です。

 

最近よく言われる「自助」は充分にしているのではないでしょうか。自分の部屋がゴミで溢れるほど、懸命に働いているのですから。TVの彼もギャンブルやアルコールに溺れている様子はありません。至って真面目な感じです。

 

自分で自分を変えられないのは、それでも自分のせいでしょうか。

 

私にはどうも共助、公助が不足しているように見えます。しかも圧倒的に不足していると。どうもこの国は自助だけを要求し、共助、公助を放棄していると。

 

社会構造からくる貧困、という言葉があります。自分の力、努力ではどうにもならない社会の仕組み、構造。

人の精神状態は社会の状況に規定されることは間違いないようです