「 やっぱり上手いね、泳ぐの。」


「 そりゃあ水泳部だもの。でもありがとう。うれしいわ。」


「 泳ぎ方がきれいだよ。水の上を滑るように進んでいくみたいだもん。なんであんな風におよげるのかなぁ。僕なんかと全然違うもの。」


「 フォームかな。いろいろと指導されてやっと自分の納得できる形になったのかな。それに私、泳ぐの大好きだから。」


にっこり笑った笑顔が輝いて見えた。

太田って近寄りがたい印象だったけど、本当は全然違うんだな。

女の子って不思議だ。

話してみないと全然分からないものなんだな。

そんな事を僕は考えていた。



同じ悪さを共有したせいか

僕と彼女は一気に打ち解けたような気がした。


僕らはプールから上がって、

前回の数学や英語のテストの話、

部活の愚痴、

音楽の好みを沢山話した。


僕はアイドルの歌にはあまり興味が無くて、洋楽が好きだった。

夜、勉強をしてる時でもラジオからかかる洋楽をよく聴いていた。

英語の歌詞の意味は分からなくても目を閉じて聴いていると、その世界観に引き込まれていくような感覚が好きだった。

特にアメリカやイギリスのロックがお気に入りだった。


彼女は幼い頃からピアノを習っていて、だからクラッシックのピアノ曲が特に好きだけど、ビートルズやローリング ストーンズも大好きだと言っていた。


おぉ、そうなんだ。

なかなか話の分かる奴じゃないか。


そんな話で盛り上がり、すっかり僕らは意気投合した。



楽しい時間はあっという間に過ぎて

別れなくてはいけない時間になった。 



「 そろそろドロンしないとヤバいね。」


「 うふふ、ドロンだって。面白い人ね」


「 楽しかった。また、話したい。」


「 わたしも。またここで会いましょう。」


「 今度はいつくる?」


「 また気が向いた時。その方が面白いでしょ。」


「 分かった。ふふ。」



僕らは帰り支度を整えてフェンスを越えて外に出た。


僕は自転車に乗って彼女に手を振った。

彼女はニッコリ笑っていつまでも僕を見送ってくれた。


夏の夜明けは早い。

もう少ししたら明るくなってくる。

僕は力を込めてペダルを踏んだ。


夜の信号機の赤い色や緑の色が輝いて見えた。

まるで舞台に立って美しいライトを浴びて踊っているような気持ちだった。



家につくと静かに音を立てないように部屋に戻った。

ベッドに潜り込むと慌てて目を閉じた。

少しでも寝なくちゃ

学校で寝てしまったら大変だ。


目を閉じると僕を見送ってくれた彼女の姿が浮かんできた。


可愛かったなぁ、あの子


幸せな気持ちの中で僕は眠った。







太田さんは3年間で一度も同じクラスにはなったことはなかった。


でも僕は彼女を知っていた。

何故なら彼女は秀才女子として有名だったからだ。

僕らの学年は6クラスあって全部で240人いた。毎回のテストで彼女はいつも学年で10番以内に入っていたからだ。


成績優秀な模範生

それが彼女の印象だった。

そんな彼女が誰もいないプールで何をしてるのか?


「 こんな夜中に何してるの?」


すると彼女は可笑しそうに笑った。


「 何してるのって、あなたこそ何してるの?」



その通りだ。

彼女は水泳部だった。

もしかすると、前回の夜プールがバレて不審者を見張っていたのかもしれない。


僕は開き直って答えた。

 

「 暑いから泳ぎに来たんだ。」


すると彼女はまた可笑しそうに笑った。




「 あんたこそ何してるんだよ?もしかして僕を捕まえにきたのか?」


「 えっ?なんのこと?」


違ったみたいだ…

ほっとした。

でも違うならなんで女の子がこんな真夜中に…



「 明くん、この前も夜中にプールで泳いでいたでしょ?」


ドキンとした、見られていた!


「 わたしの家、すぐそこなの。夜勉強してたらプールから泳ぐ音がしてたから驚いたわ。」



見られていた…

ショックだった。


やっぱり悪いことはできないな。

でも、彼女は何を?


「 わたしも泳ぎに来たの。」


その瞬間、罪悪感から僕は解放された。




笑いがとまらなかった。

そんな僕を見て彼女も笑った。


「 しー!」

そうだった、静かにしなくっちゃ。




それから僕らは二人で泳いだ。


僕は平泳ぎ、

彼女は見事なクロールだった。 



流石に水泳部。

水着の彼女はほとんど音をたてずに流れるように水の中をグングンと進んで行った。 

気持ち良さそうに泳ぐなぁ。


その美しいクロールに僕はただ呆然と見惚れていた。











あまり長い時間いては危ないと思った。
プールの近くには民家がいくつも建っていた。
近隣住民にとっては僕は不審者だ。
警察に通報されたらかなりまずい事になる。
停学処分を受けたら内申書に何を書かれるか分からない。


パンツを脱いで絞って水を切って服を着ると段々と冷静になってきた。
もうこれっきりにしよう。

僕はまたフェンスをよじ登って外に出た。
自転車にまたがると深夜の町を走らせて家に向かった。


真夜中の信号機だけが輝いていた。
緑色と赤色の光がとても美しく感じ、今夜のショータイムのエンディングを告げているようだった。

子供部屋の窓から家に入りベッドに潜り込んだ。
すぐに寝ようと思ったが興奮して眠れなかった。
真夜中のプールで泳いだあの快感。
自分がまるで水中生物になったようだった。
あぁ、楽しかったなぁ…


でも、もうあんな事しちゃ駄目だ。
これっきりにしよう。

結局、朝になるまで僕は眠れなかった。

僕は結局そのまま学校に行くことになった。
眠くてあくびが出た。


その日の午前中にプールの授業があった。
消毒液に浸かってから入ったプールは昨夜の秘密めいたプールではなく平凡な顔をしていた。

僕は先生の表情をずっと見ていた。

何かに気づいていないか、

何か不審に思っていないか、


大丈夫だ

いつもと変わらない

ほっとした


睡眠不足のせいか、その日の授業は全く頭に入らず、家に帰るとすぐに寝てしまった。



それからはいつもの生活に戻っていった。

だが真夏の深夜勉強はあまりはかどらなかった。

そんな時にあのプールの出来事がいつも思い出された。


う〜ん

う〜ん


もう一度だけ行ってみようか…


僕は再び家を抜け出して自転車でプールに向かった。


プールの近くに自転車を止めてフェンスを登って中に入った。

その時、プールの中に人の気配を感じた。


「 だれ?」

驚いて僕は言った。


返事はなかった。

だがプールに何かがいると思った。


「 だれ?」

もう一度聞いた。


少し間を置いて水を泳ぐ音がしてプールから人が顔を出した。


「 見つかっちゃった」


そう言ってプールから出てきたのは女の子だった。

心臓が止まるほど驚いた。


「 わたし知ってる。あなた3組の明くんでしょ?」


誰だ?この子は?

プールから上がったばかりの彼女は髪が濡れて幼く見えた。

僕は彼女の目元、鼻の形を見て懸命に考えた。


あっ、分かった!


「 君は1組の太田だろう?」


女の子はにっこり笑って


「 当たり!正解です」


と言って笑った。