4年生はこの頃になるとすでにサークルの活動を離れて就職活動やゼミ活動に専念していた

しばらく会ってないアールが気になって
久しぶりに下宿を訪ねることにした

前もって聞いたところ
帰りは夜の10時すぎになるという
その頃にあわせてアールの下宿に行くと
ちょうどアールが自転車に乗って帰ってきたところだった

彼は僕の為にビールを買ってきてくれて
おつまみにウィンナーを炒めてくれた

ビールを飲みながらアールは選挙の話を熱く語ってくれた

政治の熱い話が一段落するとセツルの話になった

「3年生の前期にキャップをもう一度やったけど新しく得たものってあまりなかった」
と言うと

アールは少し考えてから
「オレはねゼミの学習委員を3年の後期からやったんだけど、2月頃のコンパの時に大泉先生から『きみは学習委員の中で一番苦労してこなかったように思う。きみは今まで背骨が曲がって折れるほどの苦しみをこの半年の間に感じたことがあるか?もっと苦しまなくては本当に学べるものなんてないんだ。もう一度必死になって男になれ』って言われて、それで学習委員長をやったんだ。サークルだとわりと責任っていうのが誤魔化されてるようなところがあったけど、ゼミはそうはいかんのな。実際にオレの為にゼミが一ヶ月も遅れたこともあったし、本当に辛かった。この間チャリンコと話しとって、あのこ前期を振り返って涙を流してた。そんだけ苦しまなかったら、そんだけ実践とか方針とか遅れることがどういう意味があって、それがみんなにど支障をきたすか考えんかったら、本当に成長も喜びも感じきれないんじゃないかって思うよ」

アールの言葉が痛いほど身に染みた

とことん悩み苦しんでないのに何も学べない
と言っていた自分が恥ずかしくなった

結局なんだかんだ言いながら自分は受け身でいたことに気がついた
自分からもっと積極的に取り組んでいかなかったら本当の成長もないし
学べるものだって身につくはずもないのだ

アールはいつも答えの出ない自分の悩みを
切れ味鋭い刀でズバッと切り裂いてくれる

目が醒めるような思いだった

もっと自分がまず勉強してサークルやゼミに真剣に取り組んでいかないと駄目なんだ
そう改めて感じた夜だった

アールが敷いてくれた布団で寝たのは1時過ぎだった

アールは疲れていたのだろう
布団に寝そべるとすぐにいびきをかいて寝てしまった

でも僕はアールの言葉が何度も何度も頭の中を行き交ってなかなか眠ることができなかった


次の朝目が醒めるとすでに10時過ぎだった
隣で寝ていたはずのアールの姿はもうなかった

コタツの上に置き手紙があった

「選挙の活動があるのでひと足先に出かけます。悪いけど帰る時に戸締りをしてポストの中にカギを入れておいてください」

手紙の横には僕の為にメロンパンと缶コーヒーが置いてあった

アールの優しさにジーンとしながらメロンパンをかじった

なんだか目頭が熱くなって
涙で目が霞んだ

鼻水をすすりながら食べたメロンパンは少しショッパイ味がした


昼過ぎに大学のサークル室に行くとオコシとゼキが話をしていた
どうやらオコシが地元で受けた保育園の2次試験で落ちたということだった

「ほかの園を当たったり勉強をしなくちゃいけないから部会をしばらく休ませて欲しいんです」

そんな訳でその日の部会からオコシは来なくなった


遅れてライアンがやってきて

「あれ?今日はオコシいないの?」
と聞くので
就職試験に落ちたことを話すと

「あんた一つ生き甲斐が減っちまったなぁ」
と言うので

僕は苦笑いするしかなかった

これでしばらくは彼女の下宿に行くのも遠慮しなくてはいけない

寂しくなるなぁ

やっと仲良くなれたのに

僕はライアンとションボリしながらお互いに見つめ合った

その後の係会でもうなだれていたことは言うまでもない。










どれぐらい歩いただろう

やっと彼女の下宿の前にやって来た

だが彼女の部屋の電気は消えていた
時計を見ると11時を過ぎていた

まだ帰ってないのか
寝ているか

どちらにしろ
彼女に迷惑になるに違いなかった


僕はため息をつくと
彼女の下宿に背を向けて真夜中の暗い夜道をあてもなく歩き続けた



次の日の昼過ぎ
サークル室でぼんやりしているとライアンがやって来た
彼は僕が打ち上げの途中で帰ってしまった事を心配してくれた

「あれからどうしたんだ、心配したぞ」

「あぁ、ちょっと酔って気分が悪かったんだ」

曖昧な言い訳をしていても頭の中はオコシの事ばかりだった
彼女にどうしても会いたかった
だが昨夜と違って一人で行く勇気はなかった

「オコシのとこに行こう」

「やだ。最近行き過ぎだもん」

僕はしぶるライアンを説き伏せて一緒にオコシの下宿に行くことにした

「いいか、オコシんとこは30分だけだぞ。お茶一杯飲んだらポテトのとこに行くぞ」

ライアンにそう釘をさされた

彼女の部屋の前で僕はドキドキしながらノックした
ドアを開けて僕を見た彼女はニッコリ笑ってくれた

心の中のもやもやが一気に消えていった

「まだ昼ごはん食べてないんだ」
と言うと

「おもちがあるから食べる?」
と言ってくれた

しばらくするとタマネギ入りの焼肉と白味噌の雑煮、目玉焼き、ご飯を出してくれた
すごいもてなしに驚いた

「ありがとう。でも実はタマネギが苦手なんだ」
と言うと

「なに~そんなら早く言ってくれればいいのに」
と言って自分の食べる焼肉を分けてくれた

なんていいこなんだ…
やっぱり来て良かった

しばらく話していたがライアンとの約束があったので帰ろうとした時に

「そうだ今日、『紙ふうせん』のコンサートがあるの知ってる?」
と僕が言った

「えっ?どこで?」

「M大学の文化祭で」

「わあ、なんで早く言ってくれんの」

とすごく行きたそうに言うので

「よし、行こうか?」
と言うとうれしそうな顔をした

「じゃあ着替えるから下で待っててくれる?」
と言われ部屋を出ようとすると
僕が片方の靴下しか履いてないのをオコシが気がついた

僕の靴は少しまえから片方に穴があいてしまい
雨が降ると穴から水が入ってくるようになってしまっていた
だから穴のあいたほうの靴下が濡れてしまったので脱いで片方だけ裸足だったのだ


「靴下貸してあげようか?」
と言うので

「そりゃあ悪いよ。靴がボロボロだから汚れちゃうよ」

「でも無いよりましだから」
と言って貸してくれた

オコシの優しさに心が温まる思いがした


ライアンの車に乗って3人でM大学に行くとコンサートは6時からだった

コンサートに並んでいる人の列はものすごく長くてとても入れそうにないと思うほどだった
でもオコシの為だと思って列に並んだ

そのかいあってなんとか会場に入ることができた

前座でアマチュアのバンドがいくつか出て
7時半頃から紙ふうせんのコンサートが始まった

僕が知っている曲は
「冬がくる前に」
「ささ舟」
「竹田の子守唄」
ぐらいだった

オコシは
「霧にぬれても」
という曲が

「すっごく好き」と言っていた

最後に「紙ふうせん」という歌をみんなで大合唱した

僕はステージよりも歌を口ずさむオコシの横顔を見ていた

アットホームな感じのいいコンサートだった
何よりもオコシがとても喜んでくれたことがうれしかった

帰る時にオコシはとてもうれしそうだった
彼女を下宿まで送ってからライアンと喫茶店で一休みした

「これであんたもどん底から浮かび上がってきたでしょう」
とライアンが笑いながら言った

彼の言う通りだった
僕は上機嫌でコンサートの歌を思い出して口ずさんでいた

「しかしヌルヌルに知れたら殺されるぞ」

二人で顔を見合わせて大笑いした


数日後オコシに借りた靴下を洗濯して返した夜
火星人とヌルヌルの下宿に泊めてもらうことにした
火星人のバイクでヌルヌルの下宿まで行ったがまだ彼は帰ってなかった

それで二人でまたまたオコシのところに行った


最近ちょっと行き過ぎじゃないのかと
着いてから少し弱気になった
こんなにしょっちゅう行っては彼女も迷惑なんじゃないだろうか


でもドアをノックすると彼女は笑顔で迎えてくれた

ホッとした

「ちょっと腹がへってるんだけどパンでもない?」
と聞くと

「パンはないけどご飯とハムなんかあるけど」
と言ってくれた

「じゃあちょっとパンを買ってくるわ。何か他に欲しいものない?」
と聞くと

「アイスクリームが食べたい」
と言うので買い物をして戻った

その日は紅茶にパン、ハム、ゆで卵、マグロのフレークを出してくれた

高校時代に料理部に入ってたことや旅行やセツルの話を長い時間話していた

やっぱり来て良かった
オコシと話すと心の中が暖かくなるのは何故だろう
きっと本当に彼女のことが好きなんだと
改めて自分の気持が分かったような気がした


帰る時にオコシが

「あの、また来て。もっと話がしたい」
と言ってくれて
なんだかうれしい気持ちでいっぱいになった

火星人のバイクに乗ってヌルヌルの下宿に向かった

「なんやお前らどこに行ったてたんだ?」
とヌルヌルが聞いた

「オコシのとこ」
と答えた

「なぬ?ええなぁ!」

「うん良かったよ、良かった」

眠くなったので
僕と火星人はヌルヌルの部屋のコタツで寝転んで
ゴロゴロした

僕はオコシとの会話を思い出していた

一人でニヤニヤしているうちにいつの間にか眠ってしまった。






3年生の後期はジャケイがキャップを引き継いでくれたので少し自由がきくようになった

その分ゼミや講義に身を入れようと思っていたのだが
ちょくちょく講義をさぼってはライアンやボッチ、ヌルヌルといったメンバーと喫茶店に行ったりドライブをしたりして遊び回っていた
時には下宿生の女の子のところに行って晩ご飯を食べさせてもらうということもよくやっていた


10月のある土曜日の夕方
家庭訪問が終わってからライアンと一緒になって
今日はオコシのとこに行ってご飯を食べさせてもらおうということになった

オコシの下宿に行くのは初めてだった
すぐには行けず道にも迷った末に彼女の下宿に着いたのは夜の8時過ぎだった

オコシの下宿は写真館の2階にあった
へぇ~
珍しいところに住んでるんだなぁ
と思いながらも階段を昇るとドキドキしてきた

ふぅ~と息をはいて
トントンとドアをノックするとオコシが驚いた顔で出てきた

「ちょっと近くまで来たんで寄ってみたんだけど、いま忙しい?」
と僕が聞くと

「ううん、よかったら入って」
と気軽に中に入れてくれた

彼女の部屋は女の子らしくきれいにさっぱりと整理整頓されていた
オコシは僕らに紅茶とお菓子を出してくれた
カメラの話、台風の話、おじいさんの話と変な話はかりしていたが
彼女も楽しそうに笑っていろいろ話してくれて盛り上がった
ライアンは緊張してあまり喋らなかった

行った時間が遅くてオコシはもう夕食が済んだみたいでご飯を食べさせて欲しいとはついに言えなかった

でも彼女との会話は心の底から楽しかった
10時すぎにライアンが

「そろそろ帰ろう」
というのでしぶしぶ腰を上げた

腹が空いていた僕らは結局、中華料理屋に行って遅い夕食を食べた

「ご飯食べさせてとは言えんかったな」
と顔を見合わせて苦笑いした


大学祭が近づいてサークルの独自企画で実践劇の準備をしていたある日
ライアンが

「今日はオコシの誕生日だろ。誕生会やるって…ヌルヌルが」

「よし、いこう」

ヌルヌルもオコシに好意を持っていた
ついでに僕らも便乗しようという訳だ

夕方近く腹が減ったのでとりあえずピアン(喫茶店)でライアンとアンポン(2年♂)とカレーを食べた
その後アンポンと別れてヌルヌルと落ちあって3人でオコシの下宿に向かった

下宿に行く途中で偶然オコシに会って
誕生祝いに来たというとすごく驚いていた

オコシはいまからお風呂に行くところだと言うので
僕らは買い物をしてから改めて行くことにして
ケーキとワインとプレゼントを買った

ワインはヌルヌルが選び
ケーキはライアンが選んだ
プレゼントは僕が本屋で選んだ絵本だった


ワインを飲んで焼肉を食べてケーキを食べて
いろいろ話をしてとても楽しかった
僕はワインで赤く頬が染まったオコシが可愛くてずっと見とれていた

オコシは話す時に必ず相手の目を見て話すので
僕と話す時はドキドキしてしまった
絵本をすごく喜んでくれたことがうれしかった

気がつくともう1時半を過ぎていた
もっといたかったけど帰ることにした


後期の係会はサークル対策部でオコシと同じ部だった
ある部会の時オコシが横に座った
オコシのもっていた定規が可愛かったので

「これ『りぼん』の付録でしょ?」
とふざけると

「買ったの!」

というので話し中だから

「し~!」

するとノートに

『かった!!』とか
『べ~!』

とか書くので笑ってしまった

その後ライアンとボッチと車に乗った時に係会でオコシと仲良く話してたことにライアンが嫉妬して
ねちねちといじめられた


ライアンが
「今夜はアンポンのとこに泊めてもらおう」

と言ったのでアンポンの下宿に行った

ライアンが
「入っていい? 」と聞くと
アンポンがおどけて

「ダメ。いまオコシが来てるの」
と言ったので笑ってしまった

アンポンもオコシのことが好きだったのだ

アンポンは二言目には

「○○ちゃん、○○ちゃん(オコシの本名)」
とうるさいくらい言っていた

みんなオコシに恋していたのだった


大学祭の前日
僕らがサークルの実践劇の練習をしてる時にオコシがやって来た
僕はみんなを引っかき回す子供の役だった
二つの実践劇を見て

「どっちもすごく考えてやってるみたい。すごくいいと思う」
と言ってくれた

「明日うちのクラスも模擬店をやるの。来て!4号館の前で細々とやっとるから」

次の日の実践劇はあまりお客さんが多くなかったもののジャケイや僕が熱演してまずまずの出来だった
その後オコシのクラスの模擬店に行くとオコシが店番をしていた

手作りの小さなぬいぐるみや紙粘土で作ったペンダントを売っていた

「本当にきてくれたんだ。ありがとう」
と喜んでくれてなんだか僕は照れながら説明を聞いた

「お勧めはねガラスを使ったペンダントかな。ほらすごくきれいでしょ」

「これはオコシが作ったの?」

「これは違う子が作ったの。わたしは下手だから。こっちのがわたしの」

と言って紙粘土で作った家のペンダントを見せてくれた

「じゃあね、これとこれちょうだい」

と言ってオコシが作ったもの2点を差し出した

「ありがとう。うれしい」

オコシは顔を赤くしてペンダントを紙袋に入れてくれた


その後大学祭が終わりサークルの打ち上げのコンパに出た
オコシは自分のクラスの打ち上げに出たので来なかった


その夜のコンパはひどかった
酔うほどに自分の目あての子を口説く奴が多くて一人の女の子を二人の男が取り合う場面があちこちで展開されていた

プッチをシツレイとアンポンで取り合い
ミッキーをタケさんとライアンで取り合っていた

若い男と女だから酒の席でそんなことがあるのは珍しくはない

だがその夜はひどすぎた

酒の勢いで女を口説くのは卑怯だ
そもそもこれはサークルのお疲れコンパなんだからみんなで楽しく飲むものだろう
僕はこんなコンパが嫌で嫌で仕方なかった

我慢が限界を越えて
僕は飛び出すように店を出て夜の町をさ迷った


オコシに会いたい


僕は彼女の下宿に向かっていた。