慌てて家に帰ると
姉の他に親戚の叔母さんが来ていた
父や母は病院に祖父の死亡の確認手続きに行っていていなかった

死亡時刻は9時40分

その時僕は何をしていたのだろう

たぶん県大に行くのにあたふたしていた頃だろう


父母が病院から帰ってきてからは
親戚中に電話したり
葬儀屋がやってきて今後の打ち合わせを父がしていた
僕は葬儀屋の人と一緒に祖父を着替えさせて
頭に三角巾を被せて棺おけに入れる手伝いをした

驚いたことに祖父の体はコチンコチンだった

本当の祖父ではなくて
祖父の蝋人形を担いでるような気がした
人間の体って死ぬとこんな風に硬くなってしまうものなんだな

祖父の最後は
眠ったままの状態で亡くなったんだそうだ

苦しむことなく亡くなったと知って
あまり悲しみは感じなかった
きっと自然の流れの中で寿命をまっとうできたに違いない
そう信じたかったのだろう

ただこんなことならもっと家にいて
祖父の世話をしてあげれば良かったという後悔が込み上げてきた


夜になりお通夜が始まった
たくさんの人が家にやって来た
親戚の人達
近所の人達

玄関に二つの提灯が
真っ暗な闇の中に浮かび上がっていた

なんだか寂しそうな光景だな

そう思った


お坊さんが来てお経が始まった
僕はみんなの後ろの席で数珠を持ちながら手を合わせていた




僕が小学3年生の梅雨の頃こんなことがあった

家を出る時は晴れていたのだが
昼前に雨になった

僕は傘を持っていかなかったのだ

困ったなぁ
どうしよう
と思いながら授業を受けていると

教室の前の扉が突然開いて
一人のおじいさんが立っていた

「おい、〇〇!(僕の名前)傘持ってきたぞ!」


祖父だった

みんなは僕と祖父を見比べながら大笑いした

僕は恥ずかしくて恥ずかしくて
耳まで真っ赤になって下を向いていた


その時僕は
みんなに笑われた恥ずかしさでいっぱいで
雨の中傘を持ってきてくれた祖父に感謝する気持ちを忘れていた


あの時はごめんね
おじいさん…


読経で手を合わせている時に
僕はそんな昔のことを思い出していた



翌日は告別式だった
近くのお寺で告別式は行われたのだが
たくさんの人が入れ替わり立ち替わり現れて
焼香もなんだか慌ただしくて
祖父にしっかり別れを告げる間もなく斎場へと向かった


2時間後

祖父は僅かな骨だけの変わり果てた姿になって焼き場から出てきた


少し前までは話すことができた祖父が
こんな変わり果てた姿になってしまったことは

やはりショックだった

斎場から出て見上げた空は真っ青に澄んでいた

祖父は焼き場の煙突から煙になって空に舞い上がって行ってしまったような気がして
僕は空に祖父の面影を探していた


さよならおじいさん


涙は出なかった




夜親戚がみんな帰った後で祖父がいた部屋に行ってみた

ガランとした祖父のいない部屋

家族というジグソーパズルから
一つのピースが抜け落ちてしまったような寂しさを改めて感じた


そういえば一緒に住んでいながら
僕は祖父のことをあまり知らなかった

もっといろいろと聞いておけば良かったな


祖父の思い出…


祖父は昔家の近くの畑を借りて
いろんな野菜を作っていた
僕がまだ小学校低学年だった頃だ

人参、じゃがいも、玉ねぎ、キュウリ、トマト、ぶどう、トウモロコシ、スイカ

当然そういうものを食べて僕は育った


祖父の作ったスイカは美味しかったなぁ

縁側で座ってスイカを食べながら
庭に向かって種を飛ばすのも楽しかった

とうもろこしも僕の好物だった
祖父が畑からもいできたとうもろこしの皮を剥いて
鍋で塩ゆでにしたよなぁ

そうそう
枝豆や空豆も作っていたなぁ
あれの塩ゆでも美味しかったなぁ



そんな思い出が
蘇ってきて



少しだけ笑顔になれた。







12月の愛セツ連大会の大会基調にわがじゃんけんパートが
児童部と実践全般で
実践討論が載ることになった
それはわが単セツにとって画期的なことだった

何故なら僕が入セツしてからうちの単セツの実践が愛セツ連で取り上げられたことは一度もなかったのだ

そのせいもあって今度の大会にはしっかりしたレポートを作りたいと思っていた

連日パート会ではアブさん、レモン、じゃけいと共にレポート作りの為の討論が行われた
だがその頃運悪く
僕とアブさんはひどい風邪をひいていて体調が最悪だった

ある日僕は40度近い熱を出して家で寝ていた
頭はガンガンして痛かったのだが
考えるのはレポート作りのことばかりだった


11月過ぎから
一緒に住んでいる祖父の具合がよくなかった
もう95歳という高齢だったから仕方がないともいえるが
寝たきりのような状態になっていた
家の中で祖父と僕が寝込むことになってしまった

次の日
僕の熱は37度台に下がった
まだフラフラしていたのだがレポート作りが心配だったので昼過ぎに大学に行った

じゃけいは実践分析の文章化に苦しんでいた

とにかくできるところから進めて行こうと
セツラー紹介、子供紹介、実践レポートと少しずつ実務を進めて行った

ありんこパートのマルチンにも手伝ってもらって表紙の絵を描いてもらい
サークル室で朝の4時過ぎまで実務をして
実践分析以外はすべて完了した

だがじゃけいは混迷して文章化が思うように進まなかった
文章化のアドバイスをして
とにかく今日は寝るように行ってライアンとヌルヌルの下宿に行って少しだけ仮眠をした


寝ていて頭が痛かった
やはり一度帰らなくては

そう思い朝の8時頃に起きて家に帰って寝た

風邪がまた悪化していた
少しだけ寝るつもりが起きたら夕方の5時過ぎだった

どうしようか迷った
とにかくレポートが心配だった
じゃけいの文章化が完成していないのは目に見えていた

しかし自分の体調は最悪だった
僕が行かなくてもみんなは許してくれるだろう
レポートだってあとは実践分析だけだった

じゃけいが書き上げればあとはスムーズにレポートが出来るはずだ

でも…
心に引っかかって
やっぱり行かずにはいられなかった

体は本当に辛かったから
正直言って行きたくなかったけど
行ってやらなくては
という気持ちだけだった

夕方6時すぎに家を出た
もう真っ暗になっていた
奇妙な気持ちだった
何故自分の体調が悪いのにこんなに無理しなくてはいけないのか
自分自身よく分からなかった

8時頃にサークル室に着いた
やはりまだじゃけいの実践分析はできてなかった
9時頃にやっと原稿が書き上がった

文章点検は僕がした
レポート用紙5枚にごちゃごちゃと書いてあってすごく乱雑だった
じっくり読んでみると文章展開でわかりにくくてしっくり伝わってこないいところがあった

しかし今から書き直せというのは酷だった

ある程度なおしてやって通すことにした
文点だけで1時間以上もかかってしまった

それからガリ切りをしてレポートが完成したのは夜中の3時頃だった

やっと肩の荷が降りた気持ちだった


その夜はヌルヌルの下宿に行って泊めてもらった


翌朝9時に目が覚めた
愛セツ連大会はもう始まっている時間だ!

すぐに県大に行かなくてはならない

ヌルヌルの下宿を飛び出して
地下鉄に飛び乗り近くの駅で降りて市バスに乗り換えた

その途中で家に電話した
何故だか分からないが胸騒ぎがしたからだった

祖父の具合が心配だった

電話に出たのは姉だった

「死んじゃったみたい…」
姉の言葉に息が止まりそうになった

一瞬目の前が暗くなった


なんということだ

危篤状態を知っていながら家にいてあげなかった自分の行動を後悔した

「すぐに帰る」

そう言うと受話器を置いた


僕は虚ろな気持ちで帰りの電車に飛び乗った

自分の行動は間違っていたのだろうか

少なくとも祖父の最後を看取ることを最優先にすべきだったのではなかったのか

車窓から流れていく風景を見ながら僕はずっと
自分の行動を振り返り
後悔の念で泣きそうになっていた。






この頃はサークル活動で遅くなると
ライアンと一緒に行動し最後はヌルヌルの下宿に行って泊めてもらうという日々が続いていた

ヌルヌルの下宿は比較的大学の近くにあったのだが
ほとんどの住人が社会人で基本的には外部の人を泊めてはいけない事になっていた

その為僕らは夜中になってからコソドロのように音をたてずにヌルヌルの部屋の窓から入るという危ないことをしていた

10時半すぎに部屋の窓をノックするとヌルヌルが窓を開けてくれた

ライアンが
「ぬうぬう、腹が減ったー、何か食いたい」
と言うとヌルヌルは

「ちっ!お前ら本当にいい加減にしろよな」


「先輩!そんなこと言っちゃヤダ。僕ら先輩が好きなんだよ」
「うん、大好きなヌルヌル先輩何か食わせてよ」

「本当にお前らは~」
文句を言いながらもヌルヌルはホットケーキを作ってくれた

「やっぱりヌルヌルの作ってくれたものはうまいな。ここは僕らの家みたいなもんだな」

「あほか!お前らは!」

それから3人でセブンブリッジをして今夜の布団を賭けた

結局ライアンが勝ってヌルヌルの布団で寝た
僕とヌルヌルはコタツに足を入れて毛布をかけて寝た

寝ながら3人で話をした
「4回もアタックしたのに全敗じゃ駄目だな~」
とヌルヌルが呟いた

相手の名前は言わなかったが
どうやら最近誰かにアタックしてまたフラれたようだった
僕とライアンが集めた情報では
シャミー、タゴサク、ポテトの3人は確実だった
最後の1人はオコシだったのかもしれない

この中で特に有名だったのがタゴサクとの話だ
ヌルヌルが2年生、タゴサクが1年生のある夜
ヌルヌルはタゴサクの下宿を訪れた
夜遅くまで話した末に
ヌルヌルは大胆にも
「今夜泊めてくれ」
と頼んだのだ
タゴサクはさんざん悩んだ末にしぶしぶOKし
もしもの時の為に
木刀を抱いて寝たという事だった


ヌルヌルに女ができない原因は女心が分かってない
というのが僕らの見解だった

僕とライアンは勝手にヌルヌルにはあの子がいい
この子がいいといい加減な事ばかり言いながら夜中の3時まで喋っていた

もう少しで12月になろうとしていた


次の朝にヌルヌルの下宿を出て
一人で大学の図書館に行ってゼミの勉強をしていた

するとアールがやって来たので近くの喫茶店に行って話をした
アールは社会福祉学部の4年生だ

実家の群馬に帰って就職のメドをつけて昨日帰ってきたという事だった

東京に来年できる障害者の共同作業所の指導員になるという
月給は6万円ということだった


アール自身6万円で生活できるんか
とも思ったんだそうだがやっぱり障害者と一緒に生活を作って行きたいんだと熱く語っていた

自分の労働が自分をより豊かにするもの
作業所をよりしっかりするものに自分が関わっていくこと
そんなことがしたいと言っていた

自分が追求していきたいもの
仲間と手を取り合って一つのことをしていく喜びを貫いていきたい
大変なことだけどどうしてもやりたいと言っていた


「他のところは回らなくていいの?」
と僕が聞くと

「そう言われると迷いもでるけどもう頼んできたから」


「実を言うと家の人とまた言いあってきた『せっかく大学まで出たのに…もっとお金の貰えるところに行きなさい』って。一ヶ月ぐらい前からイライラしてサークルもゼミも手につかなかったんだ。大変な仕事だけどメドがつくとホッとしてな、なんだかウキウキしてるんだ。いままでお金が少なくて暮らしていけるかとか、就職できなかったらどうしよう、ってことで頭を悩ましてたけど、本当はそうじゃないんだよな。自分がどうやって生きたいかってことが大切なんだよ。いろんな人達と東京で話してきて、大きなところでしっかりしたものを持てて、いつもニコニコしてられるようになりたいって思ってな。障害者関係の仕事につきたいっていう人達も関係のない大学の学部を出てる人がほとんどで、でも『仲間と手を取り合って生きることを大学で学んだ。それを自分の職業に生かしたい』って言う人がいて凄くうれしくってな」

アールは目を輝かせてそんな話しを熱っぽく聞かせてくれた


そんなアールの姿が眩しくもうれしくもあった


喫茶店を出て別れて僕は家路に向かった


冬の北風の寒さが身に染みた

だがアールの語ってくれた情熱の移り火が僕の胸をまだ熱くしていた


頑張って欲しい

しかし月に6万円か…
どうやって暮らすのさ

果たして自分だったらやっていけるだろうか

僕はあれこれ考えながら地下鉄の駅へと歩いて行った。