そんなことをとりとめもなく考えながら
僕は冬の夜道を歩いていた

寒い夜だった
上着の襟を立てて僕は少しだけ震えていた


さて
今夜は誰のとこに泊めてもらおう

やっぱりヌルヌルのところが一番行き易かった


ヌルヌルの下宿に着いて部屋の窓をノックするとしばらくして彼が顔を出した

「なにしにきたんや」

というので

しばらく黙ってから

「ただいま」

と言うと

「バカ!やっと火星人が帰ったと思ったら…今日こそ一人だと思ったのに!」


とヌルヌルはトホホ顔になった

「ヌルヌル、いつも悪いね」

と言うと
彼はブツブツ文句を言いながらも布団を敷いてくれた

ヌルヌルはしばらくしするとイビキをかいて寝てしまった

僕は寝たふりをしていたが
自分はこれからどうしたらいいのかを真夜中までずっと考えていた


告白すべきか

友達として残された時間を充実したものにすべきか


いつまで考えても答えは出なかった

恋というものは
なんでこんなに厄介なものなんだ
自分の気持ちを相手に伝えたいだけなのに
もしかして相手を傷つけるかもしれないという不安と

何よりも自分が傷つくのが怖いという恐怖

いっそ恋などしなければよかったのに

あのこのことで頭の中がいっぱいという
精神を支配されたような
不安定な感覚

そんな様々なことが
終わらないメビウスの帯のように僕の頭の中をぐるぐると回っていた


少し前に僕の目を見て話してくれたオコシの顔を思い浮かべた時に

くしゅん

とくしゃみが出た



寒い寒い夜だった



そんな感じでその年が終わっていった。
地下鉄の駅を出て
オコシの下宿に向かった

ドキドキしていた

一人で彼女の下宿に上がったことはまだ一度も無かったのだ

下宿の下まで来ると彼女の部屋の灯りがついていた

時間は9時を過ぎていた

女の子の下宿を訪ねるには少し遅くないだろうか
非常識な男だと思われないだろうか

ときめく心を抑えながら部屋をノックすると
しばらくしてから扉が開いた

僕の顔を見てオコシはにこやかな笑顔で迎えてくれた

「ひとり?」

「うん」

僕は自分でも情けないぐらいに緊張していた

彼女は

「何か食べる?」

と言ってトーストと紅茶を出してくれた

始めはぎこちない会話がだんだんとほぐれてきて
サークルに入ったきっかくとか
高校時代のクラブや勉強の話をするうちに話が乗ってきた

血液型の話やお互いのパート員の性格分析をした

「タゴサクさんはすごく強い人だと思う… 」

とオコシが言ったのがきっかけで

僕が

「チャリンコはすごく物事を正確にとらえて見通しを持てる子…」

「レモンは一言でいえば一途な子…」

「アブさんは誰とでも仲良くなれる子…」

「パーマンは…」

更にそれぞれの具体的な様子を話すと
身を乗り出して

「そうそう!」

と共感してくれた


そんな感じで
10時半で帰ろうと思っていたのが
11時になり
12時になり

やっと腰を上げたのが
1時過ぎになってしまった


4時間も話してたんだ
我ながら驚いてしまった

「面白かった。ナッツさんの知らなかった面が知れて楽しかった」

と言ってくれた


オコシの下宿を出ると何だか温かい気持ちになっていた

やっぱり彼女のことを好きなんだという自分を痛いほど感じていた


だがあと3ヶ月もすれば彼女は故郷に帰ってしまう
いったい自分は彼女にどうして欲しいというのだ


好きだという気持ちを伝えたい

でも彼女がその気持ちを好意的に受けとめてくれたとしても
彼女は卒業すれば遠い故郷に帰っていくのだ

そうすればもう簡単に会うこともできない

それにもし気持ちを打ち明けて
私にはそんな感情はない
と言われたらどうしよう

ミッキーの時のように
あんなことを言わなければ楽しいいい関係でいられたのに

そんな後悔だけが残るのではないか


後少しだけの残された時間を大切にしたいのなら
いまの関係で満足するのが一番いいのかもしれない

そんなことをとりとめもなく考え


祖父の葬儀が一段落すると
僕はまたサークルにどっぷりと浸かった日々に戻って行った

12月の中旬の頃に
高校の同窓生のセンちゃんから電話があった
彼はM大学の軽音楽部でバンドを組んでいてギターを弾いていたのだが
明日の夜コンサートがあるから来て欲しいということだった

えっ?
明日の夜?
ずいぶん急な話だなぁ
と思いながら
できればオコシとコンサートに行けたら幸せなんだけどなぁと考えた

だがあまりにも急でオコシを誘うことは出来なかった


翌日は土曜日で
夕方には地域に家庭訪問に入らなくてはならなかった
ちょっとキツいなぁ

昼過ぎにサークル室でぼんやりしているとプッチがやってきた

「ねぇプッチ、今夜友達のロックコンサートがあるんだけど良かったら行かない?」
駄目もとで聞いてみた

「わぁ有名な人なんですか?」

「いやいや僕らと同じ大学生のバンドだよ」

「そうなんだ。どうしよう、行ってみたいけど家庭訪問もあるし、遅くなると家に帰れなくなるし」

プッチは三重県から通っている自宅生だった
通学に2時間かかる
やはり無理かもしれない

「もっと早く言ってくれたら泊まる用意をしてきたのに」

えっ?そうなの?
女の子の気持ちって
聞いてみないと分からないものだな
としみじみと思った

「よし!行こう。家庭訪問は電話で用件を伝えて、コンサートはプッチが帰れる時間まで見ようよ」
と言うと
しばらく迷っていたが

「じゃあちょっとだけ行こうかな」

ということになった

夕方の6時過ぎに大学を出てコンサート会場に着いたのは7時頃だった

大学の軽音楽部のコンサートなのに既に会場は満員だった
なんとか二人座れるところを見つけた
二つほどのバンドの演奏が終わるともう8時だった
プログラムを見るとセンちゃんのバンドは最後だった


「プッチ大丈夫かな?どうする?」
と聞くと

「もう終わりまでおる」

と言ってくれたけど
やっぱり遅くなって帰れなくなると気の毒なので地下鉄の駅まで送ることにした

「ちょっとしか見られなかったけど、演奏が凄くうまくて良かった」
と言ってくれた
無理に誘ったけどそれなら良かった
とホッとした


プッチを地下鉄のホームまで送ると
僕はまた会場に戻って最後まで見た

コンサートの最後に出てきたセンちゃんは
いつものGパンにトレーナー姿ではなく
大人っぽい白いジャケットを着てリードギターを弾いていた

その姿は別人のようにカッコ良かった

ヴォーカルの人は話がうまくてみんなを笑わせてムードを盛り上げていた


客もいい感じに乗っていてまとまりのある演奏だった

コンサートは9時頃に終わった


会場を出ると
僕は何故かオコシのことを考えていた


やっぱりオコシに会いたい


僕の足はオコシの下宿に向かっていた。