12月の愛セツ連大会の大会基調にわがじゃんけんパートが
児童部と実践全般で
実践討論が載ることになった
それはわが単セツにとって画期的なことだった
何故なら僕が入セツしてからうちの単セツの実践が愛セツ連で取り上げられたことは一度もなかったのだ
そのせいもあって今度の大会にはしっかりしたレポートを作りたいと思っていた
連日パート会ではアブさん、レモン、じゃけいと共にレポート作りの為の討論が行われた
だがその頃運悪く
僕とアブさんはひどい風邪をひいていて体調が最悪だった
ある日僕は40度近い熱を出して家で寝ていた
頭はガンガンして痛かったのだが
考えるのはレポート作りのことばかりだった
11月過ぎから
一緒に住んでいる祖父の具合がよくなかった
もう95歳という高齢だったから仕方がないともいえるが
寝たきりのような状態になっていた
家の中で祖父と僕が寝込むことになってしまった
次の日
僕の熱は37度台に下がった
まだフラフラしていたのだがレポート作りが心配だったので昼過ぎに大学に行った
じゃけいは実践分析の文章化に苦しんでいた
とにかくできるところから進めて行こうと
セツラー紹介、子供紹介、実践レポートと少しずつ実務を進めて行った
ありんこパートのマルチンにも手伝ってもらって表紙の絵を描いてもらい
サークル室で朝の4時過ぎまで実務をして
実践分析以外はすべて完了した
だがじゃけいは混迷して文章化が思うように進まなかった
文章化のアドバイスをして
とにかく今日は寝るように行ってライアンとヌルヌルの下宿に行って少しだけ仮眠をした
寝ていて頭が痛かった
やはり一度帰らなくては
そう思い朝の8時頃に起きて家に帰って寝た
風邪がまた悪化していた
少しだけ寝るつもりが起きたら夕方の5時過ぎだった
どうしようか迷った
とにかくレポートが心配だった
じゃけいの文章化が完成していないのは目に見えていた
しかし自分の体調は最悪だった
僕が行かなくてもみんなは許してくれるだろう
レポートだってあとは実践分析だけだった
じゃけいが書き上げればあとはスムーズにレポートが出来るはずだ
でも…
心に引っかかって
やっぱり行かずにはいられなかった
体は本当に辛かったから
正直言って行きたくなかったけど
行ってやらなくては
という気持ちだけだった
夕方6時すぎに家を出た
もう真っ暗になっていた
奇妙な気持ちだった
何故自分の体調が悪いのにこんなに無理しなくてはいけないのか
自分自身よく分からなかった
8時頃にサークル室に着いた
やはりまだじゃけいの実践分析はできてなかった
9時頃にやっと原稿が書き上がった
文章点検は僕がした
レポート用紙5枚にごちゃごちゃと書いてあってすごく乱雑だった
じっくり読んでみると文章展開でわかりにくくてしっくり伝わってこないいところがあった
しかし今から書き直せというのは酷だった
ある程度なおしてやって通すことにした
文点だけで1時間以上もかかってしまった
それからガリ切りをしてレポートが完成したのは夜中の3時頃だった
やっと肩の荷が降りた気持ちだった
その夜はヌルヌルの下宿に行って泊めてもらった
翌朝9時に目が覚めた
愛セツ連大会はもう始まっている時間だ!
すぐに県大に行かなくてはならない
ヌルヌルの下宿を飛び出して
地下鉄に飛び乗り近くの駅で降りて市バスに乗り換えた
その途中で家に電話した
何故だか分からないが胸騒ぎがしたからだった
祖父の具合が心配だった
電話に出たのは姉だった
「死んじゃったみたい…」
姉の言葉に息が止まりそうになった
一瞬目の前が暗くなった
なんということだ
危篤状態を知っていながら家にいてあげなかった自分の行動を後悔した
「すぐに帰る」
そう言うと受話器を置いた
僕は虚ろな気持ちで帰りの電車に飛び乗った
自分の行動は間違っていたのだろうか
少なくとも祖父の最後を看取ることを最優先にすべきだったのではなかったのか
車窓から流れていく風景を見ながら僕はずっと
自分の行動を振り返り
後悔の念で泣きそうになっていた。