ついに卒業式がやってきた

その日は朝から雨が降っていた

泣いても笑っても
今日で卒業生とはお別れになる

みんなを見ると辛くなるからいっそ行かないでおこうかとも思った

でもやはり最後の見送りはしたいと思い
少し洒落をして家を出た

11時頃に金山の市民会館に行くと
あぶさん、ライアン、ペコ、パーマンがいた

みんなと話をしていると式典が終わって卒業生がパラパラと出てきた

モモヒメ、カボちゃん、メチャ、イモ、ヤモ、ドッツン、オコシ、オバコ、ズー、アール、スヌーピー、ヌルヌル、ジェレミー、バカボン、タマ


スヌーピーはハカマ姿でハイカラさんのようだった
オコシは髪をショートカットに切って黒いドレスでかっこ良かった


みんなで写真を撮ったりワイワイと話をした
僕はみんなと話をしたらその後のレセプションには出ずにすぐに帰ろうと思っていた

だがライアンが
「レセプションに出ようや。金が無いなら貸してやるから」
というので出ることにした


在校生で出席したのは
ライアン、チャリンコ、ペコ、ゼキ、パーマンだけだった
参加費3000円だったが
万年金欠病の僕にはそれは安い値段ではなかった

バイキング形式の料理が出たので
「もととらんとあかん、しっかり食べようぜ」
とさんざん食べて
ビールもガンガン飲んだ


結局レセプションは夕方4時半まで続きやっと終わった
最後まで残った在校生はライアンとパーマンと僕だけだった

それでも卒業生と喫茶店に行くことにした

みんなそれぞれのゼミでの集まりもあったので
来てくれたのは
ヌルヌル、オコシ、ドッツン、アメンボ、イモ、ヤモだけだった


セントラルパークの喫茶店に入るとガラス張りの壁の向こうでは
車と水着のファッションショーをやっていた

僕の隣はオコシとヌルヌル
正面はアメンボだった
なんだかんだとアホな話をしては笑った

僕はみんなと話ながらも卒業生の一人一人を頭の中で思い出していた



アールには本当にお世話になった
セツルに入ってもみんなの中で何も言えずにショボンとしていた僕を
いつも気にかけて声をかけてくれたのはアールだった
みんな優しかったが
アールの優しさは少し違っていた
落ち込んでいる時に
単に同情して慰めるのではなく
どんなところで詰まっているのかを見抜いて
そこを自分の力で解決しないと変わらないよ
と諭してくれる優しさだった
時にはひょうきんで面白い提案もしてみんなを笑わせてくれた
いくら仲間が優しいと言っても本人がしんどい時は人には優しくできないものだ
実際何度もそんな場面を経験した
だがアールはどんなに自分が手いっぱいでも
僕が悩みを打ち明けると自分のことは後にして真剣に考えてくれて
的を得たヒントを返してくれた
正直言って僕が100%心から信頼できる人間はアールだけだった

ありがとうアール
僕はあなたを心の師として
悩んだ時にはアールだったらどうするかを考えながら生きていきます


スヌーピーはとにかく優しい人だった
いつも困っていると笑顔で話しかけてくれた
でも自分が悩んでいるととたんに元気をなくしてしまう分りやすい人だった
喋る時に手を手話のように動かしながら話すのが癖で
僕らはよくその真似をして茶化したものだった

ありがとうスヌーピー
僕はあなたの笑顔が大好きでした


ヌルヌルは良くも悪くもマイペースな人だった
自分の興味ある事には積極的に取り組んでまわりからどんなふうに見られるかなんて全然気にしないような人だった
クールな面はあったが頼るとちゃんと応えてくれる優しさが彼にはあった
下宿によく泊めてくれてご飯もよく食べさせてくれた

ありがとうヌルヌル
僕はあなたの少年のような心が大好きです


タマは幼児パートのセツラーだったがよく話しかけてくれた
のんびりとしたおおらかな性格でいつも心を和ませてくれた
とても読書家でタマの下宿の本棚は本で溢れていた
小説では山本周五郎が好きでよく薦められた
部屋はゴミためのように汚なかったがタマの周りにはたくさんの人と笑顔が絶えなかった

ありがとうタマ
僕もあなたのように周りを笑顔にさせることのできる人間になりたいと思います


オコシは僕の憧れの人だった
女の子とあれほど心から打ち解けていつまでもいつまでも語り合ったことはいままでなかった
もっと早い頃からあんな風にたくさんの話ができたら僕の大学生活はまた違ったものになったかもしれない
彼女が素晴らしいのは絶対に人の悪口を言わないところだった

ありがとうオコシ
君と話している時
いつも僕はドキドキしていました
僕はいつまでも君のそばにいたいとずっと思っていました

僕はこれからどんなことがあっても生涯オコシの事を忘れないでしょう




「なに考えてるの?」

オコシに突然声をかけられて僕は慌てて彼女の顔を見た

まるで心の中を読まれてしまったようで
僕は真っ赤になってしまった

「なんか赤くない?」

「…うん、ここちょっと暑いから」

そう言うと
オコシはニッコリ笑った



喫茶店を出て地下鉄で二つに別れた
名駅組のイモ、ヤモ、ドッツン、アメンボ
とそれ以外の
僕とオコシ、ライアン、ヌルヌル、パーマン

別れの時がきた
一人一人と握手をして

オコシは途中の駅で降りた
別れ際
「これからは大変だと思うけど頑張って」
というと

「ありがとう。さよなら」
とオコシは笑顔で言った

眩しい笑顔だった


やがて地下鉄の扉が閉まり電車はオコシを残して僕らを連れ去って行った

明日はお父さんが来て
下宿に残った荷物を車に積んで一緒に帰るという


本当に最後のお別れだった



まるでイルカの
「なごり雪」のようだな
そう思った


「汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる、
季節外れの雪が降ってる、
東京で見る雪はこれが最後ねと、
寂しそうに君はつぶやく、
なごり雪も降る時を知り、
ふざけ過ぎた季節の後で、去年より君はきれいになった…」


みんなと別れて僕は地下鉄の乗り換え駅で一人で降りた

ベンチに座っていると涙がこぼれてきた

通りかかった女子高生の3人組が僕を見てヒソヒソと笑っていた

お母さんに手を繋がれた小さな女の子が僕を見て不思議そうな顔をしていた


僕はたまらずに席を立ち駅のトイレに入り泣き続けた


涙はいつまでも止まらなかった。









それからしばらくして
卒業生を送る卒セツ式があった

大学の会議室を借りて
卒業していく短大2年生、4年生にそれぞれのパートの在校生からいままでの思い出とこれからの願いを込めて書かれた卒セツ証書が贈られた

短大2年生は
イモリ、モモヒメ、オコシ、オバコ、ドッツン
4年生は
タマ、ジェレミー、バカボン、スヌーピー、ヒョロ

アールやヌルヌルはゼミの行事や用事があって欠席だった


OBとして
スケスケ、トンボ、ピー、テレ、モリモリ
が来ていた

ピーは僕に初めて声をかけてくれたセツラーで
セツルに入るきっかけになった思い出の人だった

既に卒業していたがあの爽やかな笑顔は昔のままだった

スケスケは時々下宿に泊めてくれて昔話をしてくれた
「高校時代の夏休みにね自転車に乗って遠くまで旅をしたんだ。テントを張って何日も野宿してね、あの頃は怖いものしらずだったなぁ」
そんな話をしながら手作りのご飯を食べさせてくれた

トンボもよくお世話になった
下宿は遠いので泊めてもらうことは稀だったが
彼は詩を書いていて
自分でガリ切りした詩集をくれた
恋愛で感じたことを綴った詩集だった
日頃は冗談ばかり言ってはみんなを笑わせるような人だったが
見かけによらずロマンチストだった


卒業生は
男はスーツ姿
女はちょっと洒落たワンピース姿が多かった

うちのパートからはスヌーピーとドッツン
二人のいろんな思い出が蘇ってきた

スヌーピーは優しい女のコで悩んでいる時に姉のように心配してくれる人だった


ドッツンは目のくりっとした可愛いコで
明るく前向きな考え方で男たちからの人気も高かった
うちのパートの短大生が次々と辞めていく中で最後まで頑張ってくれた

オコシはやはり可愛かった
というよりも
とても綺麗になっていた


僕はずっとオコシを見ていた
彼女がなんだか眩しかった
やはりオコシは特別な存在だったことを改めて感じた


卒セツ式が終わると
場所を今池の鳥鈴に移して追い出しコンパが行われた
式に出席できなかった人達も来て全部で52人にもなった

アール、ヌルヌル、アメンボ、シキブも来ていた


ジェレミーは大学の独特の学生歌をギターを弾きながら僕に教えてくれた

バカボンは凄い読書家で哲学や集団主義教育や政治の本をいろいろと教えてくれた

タマ、アール、ヌルヌルには本当によく下宿に泊めてもらっていろんな事を教えてもらった
一番身近で頼りになる先輩達だった

それがみんな一斉にいなくなってしまうことは本当に悲しかった

コンパは酒を飲んで個人的に話をするといった感じになってしまった

やはりオコシのことが気になったけど離れていてあまり話していけなかった

自分としては今ひとつ盛り上がりに欠ける感じのまま9時過ぎに1次会が終わってしまった

次に2次会に行こうということになった時にやっとオコシと話すことができた

「ターザンと飲み比べしとって負けた。この前ほんとテープありがとう。スヌーピーさんのところに行ってあの夜聴いた。ナターシャセブンの『八ヶ岳』すごく良かった」

彼女は少し酔った赤い顔でニコニコと話してくれた

2次会は喫茶店と飲み屋に別れることになり
僕はオコシを飲み屋組に誘った

「オコシ、酒のほうに行こう、今日ぐらい一緒に飲みっこしよう」

オコシは笑顔で飲み屋組に行ってくれた

次の店は梅田屋というどて味噌煮の店だった
それでも20人ぐらいが残っていた
座敷組とテーブル組に別れた

僕は座敷組だった
僕の前はオコシだった
オコシは珍しく陽気にはしゃいですこぶる元気だった

座敷の人は一人づつ歌うことになった
もちろんカラオケなどない
みんなアカペラで歌うのだ

その時初めてオコシが歌うのを聴いた

中島みゆきの「ほうせんか」という歌だった

失恋した女心を歌った歌で僕の知らない歌だった
わりと上手いので驚いた

「うまいね」
と言うと赤くなって

「ぜんぜん、ぜんぜん」
とはにかんだ

スヌーピーはコンパになるといつも歌う十八番の「私の愛した街」を歌った
アイルランドの反戦歌のような歌で物語性のある心に残る歌だった

僕はユーミンの「卒業写真」を歌った
みんなへの感謝と願いを込めて


だが本当にこれでお別れだという実感はなかなか湧いてこなくて
いつものコンパのような感じだった

もしかすると自分自身がみんなと別れることを信じたくなかったのかもしれなかった

僕は飲めないくせにずいぶん飲んでしまって酔っぱらった

その後3次会にミスタードーナツに行き
4次会に大学の近くのスナックに行って飲んだ

いつの間にかオコシはいなかった

どこで彼女と別れたのかも覚えてなかった

4次会が終わったのは朝の4時過ぎだった
その頃には男ばかりが10人ぐらいになっていた


それから吉野家に行って牛丼を食べて
あぶさんの下宿に行ってくたくたになって眠った

寝ていて何度も夢を見た

歌を歌っていたオコシの姿
地域に行って子供達と遊んでいる自分といろんなセツラー達

夢の中で自分と卒業生の3年間を振り返っているような夢だった


長い眠りから目が覚めると既に11時だった

外はいつの間にかシトシトと雨が降っていた

あとは卒業式を残すだけになってしまった


もう一度自分が新入生だった頃に帰りたいと思った

もう一度卒業していくセツラー達と学生生活をゆっくりとやり直したいと思った


そんな風に思うのは
みんなと過ごした時間がとても素敵で充実した時間だったからなのだろう



雨はいつまでも暗い雨雲から降り続けていた


まるで僕の心の中を映し出したような空模様だった。







卒業生との最後の別れは卒業式だ

だがその前に
サークルの卒セツ式(セツルメントの卒業式)と追い出しコンパという行事があった

その卒セツ式が近づいたある夜

もうすぐ卒業する4年生のヌルヌルとタマを誘ってライアンと「おとら」
に行った


「おとら」
は大学からは少し離れているが
学生が行ってもあまり懐を痛めないで飲める赤ちょうちん
つまり飲み屋だ

中は6畳ほどの狭い店内でカウンターとテーブル席が少しだけ
10人も入れば一杯になってしまう店だ

お婆ちゃんが一人できりもりしている
いつもニコニコしている口数の少ないお婆ちゃんだった

おでんや焼き鳥
ビールに日本酒がある
一人で飲んで食べても二千円も出せばお釣りがくる

お酒に弱い僕だが
「おとら」の熱燗はいくら飲んでもたいして酔わないのだ
口の悪い奴らは水で薄めてあるから酔わないのだという

みんなが好き勝手に飲み食いしているうちに3~4人いた客はいつの間にか帰って
僕らだけになった


お婆ちゃんはテレビを見てのんびりしている


ヌルヌルに大学生活の感想を聞くと
「女に関しては4回アタックしたのに全滅だった。だけど楽しい4年間だった」
と言っていた


そういえばもうすぐヌルヌルがフラれた一人のシャミーが結婚するという

ヌルヌルはいきなりコップに酒をつぐと
「シャミーに乾杯!」
と言った

僕は自分のコップにビールをついで
「ヌルヌルに乾杯!」
と言った

ライアンもタマも
「ヌルヌルに乾杯!」
と叫んで盛り上がった


ライアンが
「ナッツはオコシどうなったんだ?」
と言うと

タマが
「おっ!お前オコシのこと狙っとったんか?ほんでどうなったんだ?」

「どうなったって言っても…どうもなってないよ」

「去年の夏の総括合宿の集合写真を見ると笑っちゃうよ」
とライアンが言った

「何が笑えるんだよ」

「違う場所で撮った2枚ともオコシの横にあんたがナイトのように寄り添って写ってるやんか」

「……偶然だよ」

「ははは、偶然のわけがないやろ!」


「オコシのこと好きなんやろ」
とタマが言った

「…うんまあ」

「それで…好きだって言ったんか?」

「う~ん、言えなかった」

「そっか…まぁ…しょうがないよな。でもなぁ、あんないい子なかなかいないよ。そんな子と知り合えただけでも良かったんじゃないかな」

「うん、そうだね。それは思うよ」

「オコシとかミルキーとかスヌーピーとか、あんな子ってなかなかいないよ。俺はそう思うよ」


確かにそうだ

セツルというサークルを続けていくことは楽しいだけではない
むしろ苦しいことのほうが多かった
だからたくさんの仲間が辞めていった

だからという訳ではないけれど
その中で続けてきた人達はやっぱり人間的に真っ直ぐな人が多いように思う

オコシもそんな一人だった


「そういうライアンはどうなんや?」
と僕が聞くと

「俺か?俺はプッチかナーナかな」

「アタックしたんか?」

「いま作戦を練っとるところや」

「ウソばっかし」

「そうや、そうや。お前いつも口ばっかしやないか」
とタマも同意した

「そんなことないぞ。俺だっていろいろあったんやぞ。メインエベントが一つとセミファイナルが二つぐらい」

「それ聞かせろよ」

「あかん、まだ内緒や」

「ふ~ん、本当にあったのかねぇ」

「怪しい、怪しい」

「見栄はっちゃって」

「ふん、いまに見とれよ」



そんな他愛のない話をしていると
いつの間にか0時を過ぎていて

ふと見ると
お婆ちゃんは座ったまま舟を漕いで眠っていた


そろそろ潮時だ


僕らは会計を済ませて店を出た


店の扉を開けて外に出ると
冷たい北風がノレンをバタバタさせていた


寒い…


2月も終わりというのに夜になると
まだ真冬の寒さだった


みんなで歩いてヌルヌルの下宿まで行った


部屋に入ると缶ビールを何本か開けてから布団を敷いた

酔ったライアンがヌルヌルの枕を股の間に挟んだまま寝転がった

「ナーナが欲しい、ナーナが欲しい」
と呪文のように繰り返していた

あぁ情けない…

なんてみっともない姿なんだ



「楽しい時間はもう終わり。これからは学生気分から卒業しないと」

ヌルヌルがポツリとつぶやいた

なぜかその言葉が身に染みた


もう少しで
自分が特に大切に思っていた人達が去って行こうとしていた



もっともっとこの時間がいつまでも続けばいいのに


いつまでも


いつまでも


そっと窓を開けて空を見上げると
丸い満月が雲の無い夜空にこうこうと輝いていた。