卒業生との最後の別れは卒業式だ
だがその前に
サークルの卒セツ式(セツルメントの卒業式)と追い出しコンパという行事があった
その卒セツ式が近づいたある夜
もうすぐ卒業する4年生のヌルヌルとタマを誘ってライアンと「おとら」
に行った
「おとら」
は大学からは少し離れているが
学生が行ってもあまり懐を痛めないで飲める赤ちょうちん
つまり飲み屋だ
中は6畳ほどの狭い店内でカウンターとテーブル席が少しだけ
10人も入れば一杯になってしまう店だ
お婆ちゃんが一人できりもりしている
いつもニコニコしている口数の少ないお婆ちゃんだった
おでんや焼き鳥
ビールに日本酒がある
一人で飲んで食べても二千円も出せばお釣りがくる
お酒に弱い僕だが
「おとら」の熱燗はいくら飲んでもたいして酔わないのだ
口の悪い奴らは水で薄めてあるから酔わないのだという
みんなが好き勝手に飲み食いしているうちに3~4人いた客はいつの間にか帰って
僕らだけになった
お婆ちゃんはテレビを見てのんびりしている
ヌルヌルに大学生活の感想を聞くと
「女に関しては4回アタックしたのに全滅だった。だけど楽しい4年間だった」
と言っていた
そういえばもうすぐヌルヌルがフラれた一人のシャミーが結婚するという
ヌルヌルはいきなりコップに酒をつぐと
「シャミーに乾杯!」
と言った
僕は自分のコップにビールをついで
「ヌルヌルに乾杯!」
と言った
ライアンもタマも
「ヌルヌルに乾杯!」
と叫んで盛り上がった
ライアンが
「ナッツはオコシどうなったんだ?」
と言うと
タマが
「おっ!お前オコシのこと狙っとったんか?ほんでどうなったんだ?」
「どうなったって言っても…どうもなってないよ」
「去年の夏の総括合宿の集合写真を見ると笑っちゃうよ」
とライアンが言った
「何が笑えるんだよ」
「違う場所で撮った2枚ともオコシの横にあんたがナイトのように寄り添って写ってるやんか」
「……偶然だよ」
「ははは、偶然のわけがないやろ!」
「オコシのこと好きなんやろ」
とタマが言った
「…うんまあ」
「それで…好きだって言ったんか?」
「う~ん、言えなかった」
「そっか…まぁ…しょうがないよな。でもなぁ、あんないい子なかなかいないよ。そんな子と知り合えただけでも良かったんじゃないかな」
「うん、そうだね。それは思うよ」
「オコシとかミルキーとかスヌーピーとか、あんな子ってなかなかいないよ。俺はそう思うよ」
確かにそうだ
セツルというサークルを続けていくことは楽しいだけではない
むしろ苦しいことのほうが多かった
だからたくさんの仲間が辞めていった
だからという訳ではないけれど
その中で続けてきた人達はやっぱり人間的に真っ直ぐな人が多いように思う
オコシもそんな一人だった
「そういうライアンはどうなんや?」
と僕が聞くと
「俺か?俺はプッチかナーナかな」
「アタックしたんか?」
「いま作戦を練っとるところや」
「ウソばっかし」
「そうや、そうや。お前いつも口ばっかしやないか」
とタマも同意した
「そんなことないぞ。俺だっていろいろあったんやぞ。メインエベントが一つとセミファイナルが二つぐらい」
「それ聞かせろよ」
「あかん、まだ内緒や」
「ふ~ん、本当にあったのかねぇ」
「怪しい、怪しい」
「見栄はっちゃって」
「ふん、いまに見とれよ」
そんな他愛のない話をしていると
いつの間にか0時を過ぎていて
ふと見ると
お婆ちゃんは座ったまま舟を漕いで眠っていた
そろそろ潮時だ
僕らは会計を済ませて店を出た
店の扉を開けて外に出ると
冷たい北風がノレンをバタバタさせていた
寒い…
2月も終わりというのに夜になると
まだ真冬の寒さだった
みんなで歩いてヌルヌルの下宿まで行った
部屋に入ると缶ビールを何本か開けてから布団を敷いた
酔ったライアンがヌルヌルの枕を股の間に挟んだまま寝転がった
「ナーナが欲しい、ナーナが欲しい」
と呪文のように繰り返していた
あぁ情けない…
なんてみっともない姿なんだ
「楽しい時間はもう終わり。これからは学生気分から卒業しないと」
ヌルヌルがポツリとつぶやいた
なぜかその言葉が身に染みた
もう少しで
自分が特に大切に思っていた人達が去って行こうとしていた
もっともっとこの時間がいつまでも続けばいいのに
いつまでも
いつまでも
そっと窓を開けて空を見上げると
丸い満月が雲の無い夜空にこうこうと輝いていた。