ablindspotのブログ -58ページ目

うらうらない


はい みなさまお疲れ様です


お元気にされていますでしょうか



まるで梅雨のようなうっとうしさが続いておりますが


その理由はきっと僕が洗濯物を干したからにちがいありません



僕が洗車をした翌日


僕が洗濯をした当日


必ずっていいほどに雨が降るんです



それは一人暮らしをしだした23歳の頃から


15年ほど蓄積されたデータですので


まぁまぁ 信憑性がありますね




そういえば昔NYに遊びに行ったときに


お世話になった女性がいましてですね


二日間くらいNYの観光に連れて行ってくれたわけです



ぜんぜん面識のない人でしたし


叔母の知り合い程度でしたから会話が一向に弾まない弾まない


車の中での沈黙はかなり辛いですので


無理やり趣味の話を聞いてみたわけです




私の趣味?


そうね


占いかなぁ



聞けば占いに月100万くらいつかってるらしく


それだけで年間1000万以上は使うわけで


そのためか連れて行ってもらった店も


質素な質素なダイナーだったりするわけです



けちくせーな





「なんでそんなに使うんですか?」



アメリカではそんなのザラよ


富裕層の女性達にとっては


そんな珍しいことではないんだから




日本でもそう



あそこの占いあたるって


淡路島のさぁ


大阪のさぁ


岡山のさぁ


サンチカのさぁ


京都のさぁ



女子達が集まる場においては


まぁまぁな確率でこの占い話って出てくるんですよね





「本当だって


この前も占ってもらったらさ


あなたのこと(僕ね)


随分苦労してるってさ


でさぁ


40前で体壊すらしいよ」



「あんまり出世しないってさ」



「光が足りない」



なんやらかんやら



ほっときなさいよ


プラスならまだしもさ




世の中では


男はロマンティスト


女はリアリスト


日本は非合理的


アメリカは合理的


といいますが




占いなんぞ


究極のロマンであって


リアリストの大和なでしこ達が


超リアリストのアメリカウーマン達が


そんな非現実的な話に耳を傾けるのかが


僕の中では良く分かりません



月に何百万も支払うのが


普通だとすれば


僕ならロトセブン買うと思うんだけど


そんな突っ込んでたら


きっと世の中の多くの女性は



そんなのあたりっこないじゃない


毎月毎月何百万も馬鹿じゃないの?



って言うに決まってると思うけど



占いで


宝くじ買いなさい



って言われたら買い続けるんだろうな



と思うわけ




まあ雨を待ち望んでいる人がいましたら


僕に連絡ください




同日に


洗車して


洗濯したら


果てしなく可能性は高まると思いますので



一回1000円で受けつけます



天気予報よりもあたるんだから


安いもんでしょ



























がちでやばいサウンドオブミュージック


はいみなさまお疲れ様です


お元気にされていますでしょうか


そうですか それは何よりです




僕は非常に最近疲れておりまして


何に疲れているかと申しますと


自分の体力の限界点が見えてきていることを


直視しなければならない現実に疲れてきているわけです



あれ


こんなに疲れが抜けないなんて


あれ


こんだけ寝たのにまだ眠い


あれ


たったこんだけで酔っ払うの?




あれよあれよと


いよいよ人生の折り返し地点に近づいたんだなぁ


まるで観覧車の折り返しのようだなぁ



と思うわけですね




となると 何かと気にしだしまして


そうやって気にすることがしんどいわけです



たとえば新聞の健康の記事


たとえばおじいさんおばあさんの病気の会話


たとえば友人達の病気の話



などなど


不思議なもので


聞こえてくる会話って


無意識で気にしているワードが入っていることが多いわけです



たとえばあなたが整形しているとしましょう


電車の中で整形について会話していたら


きっと耳が受動態になるわけです





なになに


私のこと言ってんの?


まさかマイケルじゃないよね


なんでばれたの?





まあ整形とは話が違うんだけれども


基本 健康の反対は病気であり


病気という時点でネガティブなわけです



ネガティブなワードがわんさか入ってくる



するとですね


なおさら疲れてくるわけなんです


ですのでね


病は気から


やばいも気から



自然ともう少し


戯れるように意識しようと


思っている所存でございます




そういえば


先日ご飯食べに行っておりましたら


カウンターにギャル三人が入ってこられましてね



ご飯が美味しいという意味で


「やばいー


やばいー



ちょーやばい」



とずーとやばい連呼しておりました



とても耳障りでしたので


どんな女性たちかふと顔を確認しますとですね



アラフォー世代だったわけです



やばいね


やばいは



世代的にやばいよ



やばい


やばい


そうじゃ


そうじゃなーい



「ガチで」



くらいにいらつくサウンドですね



ガチで



がちがち


がちがちがち


がちがちがちがち


がちがちがちがちがち



がちう


がちう


そうじゃ


そうじゃなーい




なんて耳障りな音なんでしょう














いいひと


いい人と居るといい人になるし、悪い人と居ると、悪い人になっていく

人は環境の生き物

いい人の振る舞いを見て真似しよう。と思ったり、悪い事をする人を見て我が振り直そう。と思ったり。


でも、不思議な事にいい人の側にいると息が詰まる、という場合もある。

いい人の側にいるいい人じゃない自分に疲れるという場合


貴方のように振る舞えない私はダメな私?

貴方のように思えない私は嫌なやつ?


この間友達の話がとても面白く、私の感じていたふわっとした違和感と相まって、とても共感してしまった。


先日、とっても「いい人」と一緒にエレベーターに乗っていた時、子供連れの家族が乗ってきた。

子供ははしゃいで騒いでいる。

子供の喧騒が苦手な彼女は、いつもなら無表情もしくは少し嫌な顔をしてしまうようなシチュエーション。

そのエレベーターに同乗していた知らない女の人も、うるさいなぁと少し顔をしかめていた。

どちらかというとその女の人寄りの気持ちの彼女は、なんとその光景を見ながら、無意識に微笑んでいたらしい。

そして、私微笑んでる。と愕然


一人なら間違いなく微笑んだりはせず、目は違う意味で細まっていたに違いない。

でも、その「いい人」が隣にいる。という事によって自分の深層心理が、無意識にいい人と思われなきゃと働き、脳は目と口に微笑みをたたえるよう指令した。

そんな自分に自己嫌悪、と。

別になんて事ないんだけど、ふと冷静になった時、いつもはしないような事をしている自分も、何だか偽善者ぶってるようで気持ち悪い

いつもしていることでさえも、そう思われたくてしてるの?と思われる事への嫌悪感


別に悪い人のつもりもないし、いい人のつもりもない。

でも、あまりにいい事してますアピールとわざとらしさを感じてしまうと、なんだかむず痒い。


そのなんとも言えない感じ、分かりすぎて笑ってしまった。


いい人って難しい。