ablindspotのブログ -57ページ目

お日様にしにし


はい 皆さまお疲れ様です


お元気にされていますでしょうか。



先週一週間は北関東で亡くなった方々に対し


喪に服そうと大橋さんとお話をしたうえで


ブログを中断し個人的に夜の街も封印しておりました



数日間


普通に働くことが出来て


普通に美味しいご飯を食べて


普通に寝ることが出来て


普通に実家に帰り母親と話をして


普通に母親の作ったご飯を食べて


普通に湊山温泉に入ることが出来て



そんな当たり前な普通に感謝することを心がけて


暮らしていたのですが


人間ですから意識しなければ


すぐに感謝の気持ちなんてどっかに吹き飛んでしまいます



実際 健康であることだってしかり



僕は調理を生業としておりますので


手を切ったり 火傷をしたり 


ちょこちょことケガをするわけですが


ほんのちょこっとしたケガであったり


ほんの数ミリのトゲがささったりするだけで


もう従来どおりの動きができなくなるわけです



もちろん歯痛とか腰痛とか膝の痛みとか


ぜーぶんそうですね


体全体の体積を100%とするならば


たかだか0・1%くらいの異変で


人間いてもたってもいられないし


おかしくなっちゃって普通じゃなくなる





被災地のニュースを見たから


被災者のインタビューを見たから





というわけではありませんが


この数日間は


普通に時間を過ごすことが出来ました



ありがたい


いやぁ


実にありがたい


普通は偉大であることを


前提に考えれば


さんまさんの話ではございませんが



いきてるだけでまるもうけ



となるわけです



出来るだけ朝晩と普通に感謝


を心がけたいと思います




そんな僕の物欲は消え去る一方で


特に最近お金が不浄だと思うのはそのせいでしょうか



ユダヤ的にはお金を愛さないと


お金に愛されないのは分かってるんですけど




















 











祈り



今日は大雨で福島 茨城は大変なことになっているようで


店のテレビの画面はずーと救出劇がライブで流れております



ただただ被災地の皆さまのご無事を神戸から祈ることしかできず


こういった日にブログを書くこと自体がなんだかとても不謹慎な気がしまして


気がなえてしまうわけですが




今の神戸の晴れ渡った秋晴れを見ていますと


同じ日本なのに


とか


同じ世界なのに


とか


余計に悲しくなってしまうわけです





何度も何度も書くことですが


僕は阪神大震災が発生したとき


千葉県は木更津市の全寮制の高校にいっておりまして


発生後 数日経ってから


特別に帰省の許可をもらい神戸に帰ったわけです





新幹線は新大阪まで


阪神電車に乗り青木まで電車で行き


そこから新神戸までとぼとぼ歩き続けました


新神戸まで母親に迎えに来てもらい


そこから北区の実家まで戻ったのですが


東京の空気から大阪の空気までは何一つ変わらない日常が存在し


西宮に入ってから異次元の世界にたどり着いたわけです




一番被害の大きかった阪神電車の高架沿いを歩き続けたものですから


同じ日の中でその日常からのその非日常のギャップに


心が折れそうになりまして というかゲロを吐きそうになったわけです



同じ日本


同じ関西


絶え間ない笑顔


笑い声


FUCK





強烈なトラウマがこの帰省のときに刻まれました




多くの人が彷徨っている


多くの人が途方にくれている


それを画面を通してみても


所詮 他人事にしかすぎず


今日は終わり 明日は始まるわけです




斎場の前を通るときも


似たような感覚に陥ります



この中では家族がしのんでいる


多くの方々が悲しんでいる


ただ僕は其の方とつながっていない


だから悲しみの感情がもちろんわかないわけです



そんな感じでみんなつながっていないから


そんな感じでみんなそれ以上どうしようもないから


日常が始まる


いやはじめざるをえない




地球の裏側ならまだしも


おなじ日本人であるわけですので


同胞意識を持つべきですし




少なくともこうした日くらいは


抽象的であるものの


皆さまのご無事を祈り続けようと思いますし




少なくともこうした日くらいは


娯楽番組やスポーツの試合や


エンターテイメント自体を自粛するべきではないか



少なくとも


観賞用に被災地を取上げる


ニュースはただちに取りやめ


被災地のラジオ局のように


真摯に報道をし続けるべきではないかと




いつも思うわけです







どうかみなさまが


ご無事でありますよう

























 





思春期デイズ


ふらっと入った田舎町のとあるお蕎麦やさん

やけに多い野球のユニフォームやサイン

店主が野球好きなのかなーと思っていると、小学生の男の子とお母さんが来店

ざるそばを頼む。


男の子とお母さんは何度も厨房を覗きながらモジモジ。
それを見たお店のおばちゃんが、奥からおじさんを連れてきた。

お母さん大喜び。息子もハニカミながら尊敬の眼差し。

なんと、そのメガネをかけた優しそうな普通のおじさんは、イチローや松井のバットを作っていたバット職人の久保田さんだった。

久保田さんは、バット職人を引退した後バットを麺棒に持ち替え、お蕎麦を打っていた。

久保田さん、とか知ったかぶって言っているけれど、もちろん私が知ってる訳もなく、ググっただけだけれど。


そのお母さんと息子は、はるばる(どこから来たかは知らないけどね)バット職人の神である久保田さんに会いにこのお蕎麦やさんへ。

ちょうど道を挟んだ隣にもお蕎麦やさんがあって、初めにそっちに入って久保田さんの事を聞いたら、ウチじゃないと言われたけれど、そのまま出る訳にもいかず、もうお蕎麦食べてしまって、お腹が一杯なのでざるそば一杯ですみません。

とお母さんは申し訳なさそう。

実は主人も来ているんですが、3人でざるそば一杯では失礼かと思って外で待っています。
と、何とも律儀なご夫婦。

それは可哀想だから呼んできてください、となり、お母さんはお父さんを呼びに退室。

その場には、小学生5年生くらいの野球少年と、伝説のバット職人の2人が残される。

生ける伝説久保田さんは、少年に
野球は好き?
ポジションはどこ?
何年生?
と頑張って質問。

よく焼けて野球帽をかぶる少年は、うつむきながら伝説と目も合わせずゴニョゴニョ。

自分が逢いたいっていったくせに。
こんな所まで親に連れてきてもらったくせに。
伝説がわざわざ話しかけてくれてるのに。

少年と伝説の会話は驚くほど続かず、お母さんはそのまま帰ったのかと思うほど戻って来ず、シーンとした空気に伝説は困り、少年も話したいんだけれど、恥ずかしいし何話したらいいか分かんないし、戸惑って変な空気が流れていた。

無事お父さんとお母さんが戻ってきて、握手をし、写真撮影をし
練習頑張ってね、と頭を撫でてもらい
少し緊張がほぐれ笑顔を見せた少年。

わざわざバット職人に会いに来るなんて、なんて可愛いんだ。
頑張ってほしいなー

と一部始終を見ていたら、私のお蕎麦はとっくに伸びてしまっていたけれど

緊張して上手くしゃべれない少年とか
どう扱っていいか分からない職人気質なところとか
息子の願いを叶えようと一生懸命な親とか
なんだか、いいなぁと

冷めて伸びたお蕎麦をすすりながら、温かい気持ちになった。