お日様にしにし
はい 皆さまお疲れ様です
お元気にされていますでしょうか。
先週一週間は北関東で亡くなった方々に対し
喪に服そうと大橋さんとお話をしたうえで
ブログを中断し個人的に夜の街も封印しておりました
の
数日間
普通に働くことが出来て
普通に美味しいご飯を食べて
普通に寝ることが出来て
普通に実家に帰り母親と話をして
普通に母親の作ったご飯を食べて
普通に湊山温泉に入ることが出来て
そんな当たり前な普通に感謝することを心がけて
暮らしていたのですが
人間ですから意識しなければ
すぐに感謝の気持ちなんてどっかに吹き飛んでしまいます
実際 健康であることだってしかり
僕は調理を生業としておりますので
手を切ったり 火傷をしたり
ちょこちょことケガをするわけですが
ほんのちょこっとしたケガであったり
ほんの数ミリのトゲがささったりするだけで
もう従来どおりの動きができなくなるわけです
もちろん歯痛とか腰痛とか膝の痛みとか
ぜーぶんそうですね
体全体の体積を100%とするならば
たかだか0・1%くらいの異変で
人間いてもたってもいられないし
おかしくなっちゃって普通じゃなくなる
被災地のニュースを見たから
被災者のインタビューを見たから
というわけではありませんが
この数日間は
普通に時間を過ごすことが出来ました
ありがたい
いやぁ
実にありがたい
普通は偉大であることを
前提に考えれば
さんまさんの話ではございませんが
いきてるだけでまるもうけ
となるわけです
出来るだけ朝晩と普通に感謝
を心がけたいと思います
そんな僕の物欲は消え去る一方で
特に最近お金が不浄だと思うのはそのせいでしょうか
ユダヤ的にはお金を愛さないと
お金に愛されないのは分かってるんですけど
祈り
今日は大雨で福島 茨城は大変なことになっているようで
店のテレビの画面はずーと救出劇がライブで流れております
ただただ被災地の皆さまのご無事を神戸から祈ることしかできず
こういった日にブログを書くこと自体がなんだかとても不謹慎な気がしまして
気がなえてしまうわけですが
今の神戸の晴れ渡った秋晴れを見ていますと
同じ日本なのに
とか
同じ世界なのに
とか
余計に悲しくなってしまうわけです
何度も何度も書くことですが
僕は阪神大震災が発生したとき
千葉県は木更津市の全寮制の高校にいっておりまして
発生後 数日経ってから
特別に帰省の許可をもらい神戸に帰ったわけです
新幹線は新大阪まで
阪神電車に乗り青木まで電車で行き
そこから新神戸までとぼとぼ歩き続けました
新神戸まで母親に迎えに来てもらい
そこから北区の実家まで戻ったのですが
東京の空気から大阪の空気までは何一つ変わらない日常が存在し
西宮に入ってから異次元の世界にたどり着いたわけです
一番被害の大きかった阪神電車の高架沿いを歩き続けたものですから
同じ日の中でその日常からのその非日常のギャップに
心が折れそうになりまして というかゲロを吐きそうになったわけです
同じ日本
同じ関西
絶え間ない笑顔
笑い声
FUCK
強烈なトラウマがこの帰省のときに刻まれました
多くの人が彷徨っている
多くの人が途方にくれている
それを画面を通してみても
所詮 他人事にしかすぎず
今日は終わり 明日は始まるわけです
斎場の前を通るときも
似たような感覚に陥ります
この中では家族がしのんでいる
多くの方々が悲しんでいる
ただ僕は其の方とつながっていない
だから悲しみの感情がもちろんわかないわけです
そんな感じでみんなつながっていないから
そんな感じでみんなそれ以上どうしようもないから
日常が始まる
いやはじめざるをえない
地球の裏側ならまだしも
おなじ日本人であるわけですので
同胞意識を持つべきですし
少なくともこうした日くらいは
抽象的であるものの
皆さまのご無事を祈り続けようと思いますし
少なくともこうした日くらいは
娯楽番組やスポーツの試合や
エンターテイメント自体を自粛するべきではないか
少なくとも
観賞用に被災地を取上げる
ニュースはただちに取りやめ
被災地のラジオ局のように
真摯に報道をし続けるべきではないかと
いつも思うわけです
どうかみなさまが
ご無事でありますよう