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2015神戸青年会議所 会員拡大委員会の活動が昨夜終わりました




はい みなさまお疲れ様です

お元気にされていますでしょうか

僕は近頃 灰になりつつあるくらいに

疲れ果てております


といいますのも

今年の青年の会議のあつまり

来年の青年の会議のあつまり

ブラインドアワードのなんやらかんやら

店の爆発的な忙しさ

そして弊社社長からのミッションの話



部屋の掃除 洗濯

もろもろもろもろ

プラス

いろんな人とのお付き合い




死んだようにように疲れているわけです



まぁ仕事で毎日10時間ほどたちっぱなしで

それが360日続くわけですから

一年に3600時間たっている訳です

そう考えますと

一年のうち150日間たちっぱなしという計算になり

そのせいか膝が清原なみにぼろぼろになっているのでしょう

それをカバーする腰にも負荷がかかり


精神的にも肉体的にも

限界ラインが見えてきているわけです


年末の休みというゴールはあと少しですから

いま41K地点くらいかなぁ






昨夜 ようやく今年の青年のイベントが終わり

ようやくひと段落ついているのですが

来年のみなと祭の準備が本格的に進んでいるために

その余力が来年にシフトされるわけですから

さほど気が楽になったとは言い切れません




いやー

それにしても今年の委員会は本当に楽しい思い出ばかりであります

とりわけ

4月ごろにこのブログで書いていた

仮入会会員たちが友情をはぐくみ

昨夜もとても仲よさそうにしているのを見ていると

まんざら この組織も捨てたもんじゃないね

と改めて思うわけです


新米


ということばって

飲食を営んでいればとてもポジティブな響きなんだけど

世間一般からすれば青二才なネガティブなイメージがありますよね



まだまだ世間知らず

責任がないから言いたいことをゆーだけ

権利をやたら主張する

ロマンをやたら語る


いろいろありますが

今年の私が担当した新米たちは本当に豊作で

礼儀正しく

言行一致

物静かで

現実的な着想をする

かたがたでありまして


本当に僕自身が彼らと出会えてラッキーだったなあ


とつくづく思ったわけです




むしろこんな人間ばかりであれば

神戸青年の会議もますます魅力が増えることでしょう


以前も書いたように

僕はこの組織が好きどころかむしろ嫌いでありまして

退会するつもりでしたが弊社社長には退会を許されることなく

一年の休会を経て

昨年 ブラインドアワードでおなじみのイケパーさんに呼ばれ

再び 会員に戻ったわけです


で戻る際に僕はひとつテーマを自分に課しました


できる範囲でいいから

この組織を変えるということ


僕が嫌いなタイプである


えらそうな人

自慢ばかりする人

ナルシストな人

裏表のある人

礼儀正しくない人

口ばっかりな人

理不尽ばかりいう人

うわさで人を判断する人

人を利用しようとする人

欲してばかりで与えようとしない人


を生み出さなければこの組織はきっと

まともになるんじゃないかな


と思いまして

この二年間 新入会会員の方々には

自分でいうのは何ですが

謙虚に真摯に向き合ってきたつもりであります


そして昨年の皆様

また今年の皆様が

何年か先にえらくなっていけば

きっと偉そうにしない偉い人になるのではないかと思いながらね


で昨年担当していた方々のうわさや言動を見ていると

すこぶる評判もいいし

今年の新入会員の彼らも

負けず劣らず 素敵なかたがたで

きっと将来有望だと僕は思うわけです


別に僕がそうしたというわけじゃなくって

なんだか少しだけ組織が変わったんじゃないかなぁ

というか

変わるんじゃないかなぁ


と期待をしているんですね



そんな彼らたちが来年 素敵な神戸青年の家を作ってくれると

思いますと 僕は改めて

拡大委員会でよかったなぁ

二年続けて拡大でよかったなぁ


と思ったわけです




さて来年は新入会員を200人いれる目標を立てているようですので

是非

神戸の青年経済人の皆様


神戸青年会議所のドアをノックしてみませんか



きっと素敵な組織ですよ


たぶんね


いや

おそらく


んー

きっとね


いいやつばかりじゃないけど

わるいやつばかりでもない




てな話


樋口委員長

お疲れ様でした



あ そうそう

来年 僕 こうべみなとまつりのメンバーです


協賛金

ご来場

もろもろよろしくお願いいたします

























ニューヨークタイムスについて


はい みなさま


お疲れ様です


お元気にされていますでしょうか?


今 僕は非常に疲れており


さてこれからどうするべきか考えております



その一 髪を切りにいく


その二 映画にいく


その三 二日連続 湊山温泉に行く


その四 このまま家に帰りただひたすら眠る


その五 来年のみなとまつりの打ち合わせにいく



まぁ 本当に今日は疲れていますので


その三か その四あたりが妥当なのですが


昨夜の港山温泉はちびっ子ギャングたちに湯船が占拠されておりまして


男子ならまだいいとして小さな女の子が五、六人入っているものですから


なんといいますか


目のやりどころに非常に困ってしまって


余計に疲れたわけです



まぁ ロリコンの方々からすれば


極楽浄土なシチュエーションだと思うのですが


こちとらそんな趣味が1mmもないので


目の前におしりを向けられたり


何人ものちびっこギャル達が興味深そうに


僕を囲み 眺めてくるので


(自慢ですが ぼくちびっこギャルによくもてます)



笑顔で答えるものなら



きっと彼女達の父親達は


僕のことを確実に変態だと思い


徹底的にマークするでしょうから




じゃあどうすればいいのか


って考えると顔にタオルをかけ瞑想しながら


ただただひたすらちびっこたちが


湯船から出るのを待ち続けるわけです



わかりますか


僕が湯船から先に出てしまうとですね


それこそ僕の中では


コートを開いて ナニを見せる変態みたいな気分に陥りますし


小さい子に小さいねなんていわれたら恥ずかしすぎますので



ずーと我慢しつづけつかり続けるのですが



ちかごろの子供達は


われわれの頃にくらべ


長風呂慣れをしているわけでございます




あちー


限界だなぁ


はよこいつらあがらんかなぁ



と思い続け30分くらいしても


絶え間なく


彼女達はアヒルのおもちゃで遊び続け


六人もいるもんですから


二人が出ても四人は入ってるし


四人が出る頃には二人が戻ってくるし



かれこれ50分くらい浴槽にとどまり続けていたら


いい加減に疲れてきて


いい加減に疲れてきた頃には


ようやくギャング達も遊びつかれたのか


脱衣場に向かったのですが



いやいや


女子達の会話は


なんとも男子達のそれと比べ


大人びておりまして



その六人は六人ともがたまたま温泉で知り合ったようですが


さっそくグループ化されておりまして



ねぇねぇ あの子何歳?


とか


あの子 どう思う?


さっき話しかけても無視されたんだけどさぁ


機嫌が悪いのかなぁ


もう一回話しかけてみるね



とか


どう考えても


4歳くらいの女子達が立派に井戸端会議をしているではありませんか



そして話の内容がどちらかというとネガティブ



そんな内容が繰りかえされ


その会話が聞こえなくなった後



こんどは あの子何歳?と聞かれていた女の子が


彼女達と入れ替わりぬるま湯に入ってきました



僕はちょうど出ようと顔からタオルを外し


「あの子何歳?」な子をぱっとみたところ


え?


あなた確かに 何歳?



と思うくらいに大人びてるではありませんか



ちょいちょい


あなた場違いじゃないの


10年後ならいいけどさ



と思いつつ


また彼女が浴槽から出るのを待ち


彼女が出て行ったときに


またほかのグループが浴槽に戻ってきまして


また僕は出る機会を逃したので


しばらく ちびっこたちの会話を聞いておりました




わたし きいてん


あのこの年齢


9歳やって


9歳よ



4歳くらいの彼女達は


9歳のお姉さんが


男子風呂に入っていることに



まるで


15歳の少年が母親とお風呂に入ってるがごとく


少し馬鹿にしており


なんなら


いい年こいてんのに


男子風呂はいってんの?


男子風呂はいっていいのは


私達くらいって相場が決まってんだから



なんて年増のギャルを馬鹿にする20代前半のギャルのような


厳しい意見をきゃんきゃんゆーとるわけです




まぁ 確かに


9歳で男子風呂はよくない


だって小3でしょ


自分で風呂入れるだろーに




けども


それはそれとして


同じ同性として権利を認めようとしない


了見の狭いエージズム満載の


4歳ぐらいのギャル達の会話に


どっと疲れがでたわけです




お願いですから


ちびっこ女子の男子風呂入浴は午後八時までにしてください


20歳以上女子が男子風呂に入浴するのを大歓迎するくらいに


ちびっ子たちは歓迎いたしません




などうでもいい話





さぁかえろ



















好き嫌いはだめよ 栄養が偏るから ピーマンもにんじんも残さずたべなさいよ

はい みなさま


お疲れ様です


お元気にされていますでしょうか



今僕は関学vs立命館の試合を見終わり


というか終了間際の立命のタッチダウンを見届け


ガーン




そうしてテレビの画面を変えて


こうして画面に向かっております



試合をしばらく見続けていて


終了間際にとどめをさされるほど


観ていて つらいものはありませんね



もつれてもつれてのこう着状態が続くのが


もちろんエキサイティングな試合なわけですが


ひょっとしたらひょっとして


の期待が木っ端微塵に粉砕されることは


スポーツ観戦にはつきものであり


ギャンブルにもつきものでありつつも


実際の人生のゲームは


それらのようにその場で終わりというわけではありません



死ねばゲームセットだけど


死ぬことは予期できませんしね




ので


僕はあまりスポーツ観戦もしないし


ギャンブルもしないわけです



スポーツは自分が行うわけではありませんから


前述のように応援した時間が実に空虚なものに感じつつ


ギャンブルは自分が主体であるものの


それらにはなぜかしら「根拠のない勝ち」を当事者たちは求めるわけですね



筋トレするわけでもなく


走り込みをするわけでもなく


勝てば喜び


負ければ悲しみ



ということが果たして有益かと考えると


ひいきのチームを応援するという視点ではなく


ただただそのゲームを楽しむということのほうが


よほど時間としては有益ではないかと思うわけです


視野が広がるといいますかね






人間関係でも同じで


好きな人ががんばっているから応援するじゃなくて


好きとか嫌いとかどうでもよくって がんばっていることに応援するべきであり



好きだから根拠がなくても応援するんじゃなくて


勝算があるから応援する



という理論はいささか浪花節に反するものがありますが


どちらのほうが応援のし甲斐があるかといえば後者のほうであるのは


確かでありますし


実際に自分がやっていることに対して


まったく関係性がない方から応援されることって


その「人間関係」から解き放たれた感じがしなくもなく


また本当に自分がやっていることが評価されているんだな



という意味での喜びも得られると思うわけなんですね



ドライといえばドライだけども


日本がそのような成熟した社会になれば


もっとベンチャー企業も生まれるし


ゼロからイチを生み出す土壌にもなると思うわけです





こうしてひいきのチームが負けるたびに


ああ


やっぱりこういう視点でスポーツを見てはならんな


色眼鏡はいかんいかん


僕が見ると負けるしな



と反省するわけです



repeat repeat




WELL



関学のみなさま お疲れ様でした


立命のみなさま 甲子園ボールがんばってください



ってこれがあかんねんな



がんばっている人


みんながんばってください




あきらめたときが


最後ですよ




追伸 大橋さんが嫌いな人は応援できませんよ



とゆーとりますが


確かに嫌いなら応援できないかもしれませんが


僕がゆーとるのは好きでもなく嫌いでもないニュートラルな対象にも


目をやりなさいよ


ゆー意味ですが


でも嫌いでもいいと思うんですよね


応援する相手がね