見栄
結婚する。
子供を産んだ。
別居した
離婚した
再婚した。
この年齢になると
これらのニュースが
わんさか飛び込んでくる。
あーそう
へー
大変だね
かわいいね
良かったね
俺の財布も大変だね
年取った犬がひらめく蝶に
反応を示さなくなるように
羽ばたいても
蜘蛛の巣に引っ掛かっても
産卵しても
ふーんと思ってしまう。
とりわけ 男友達に
新生児の写真見せられても
悪いけど
感動なんて分かち合えない
「俺、新しいペット買ったんだけど
見る?というか見て、
ほらほらほらほら
かわいいでしょ、
俺の亀」
別に亀と赤ん坊が似ているわけではないが
僕にとっては そのレベルのニュースである。
「良かったね。
でも亀みたいで かわいくないね」
と答えるものなら
そいつはきっと怒り狂うだろう
だから そうは答えはしないけど。
子供が嫌いなわけではなく
むしろ大好きで 遊ぼうと思ったら
人様の子供でも 永遠に遊んでいられる自信はある
ゆえに自分の子供なら
なおさらかわいいのもよく分かるけど
「かわいい」を前提にされるこっちは
たまったものではない。
大倉山公園やメリケンパークを
散歩していると 犬コレをよく見かける。
「まあーお宅のワンちゃん
きれいなおべべ着て、どこいくの」
「いやー、お宅のワンちゃんこそ
お見合いですか??交配ですか??」
そんな犬たちは実に暑そうで
苦しそうだ。
おそるべし
自己顕示欲
飼い主の
洋服の一部と化している
動くアクセサリー
のとおんなじで
ちっちゃい子供が
ラルフやバーバリー着て
美容院とか行ったりして
パーマネントあてたりして
この子たちの将来はどうなるんだろう
と心配さえしてしまう
20代になったら 物欲がなくなり
「そんなの卒業したよ」のように
達観していれば 経済的だけど。。。。。
白洲次郎のように
ウルトラ御曹司であれば
そういう星の下に生まれた宿命があり
大きな意味で親のTPOとしての子供の役割があると思う
競う相手がいないなかでの
圧倒的なエリート意識を持たせる子供の教育
そうでもない人間が
一流を知るためには
そこに到達するまでの
「這い上がっていくプロセス」が
もっとも大切なのであり
中流家庭としては
冬でも半袖 短パン体操着← 今は虐待扱いされるとのこと
近所のお下がりからはじまり
中学生になってお小遣いをためてジーパンを買い
床屋で寅刈りを経て
色気づいて美容院に行き
バイトして レッドウィングを買い
そうして「憧れ」を手に入れていく
そういう自分の中の
サクセスストーリーを重ねていくことが
この資本主義を生き抜く上で
必要なんだろうけど
前述のように
諸行無常の世界がごとく
達観してしまえば
少なくとも この資本主義の世界で
生きていくのは とても難しい。
だけでは済まない。
経済学的には
若年層が購買欲を失う
↓
国力が衰え
↓
消費税もあがり
↓
年金もなくなるんじゃないのかい
↓
やばい不買運動せねば
↓
でも甥っ子の出産祝い
ラルフのシャツ買ってしもた
まさに
自分達でまいた「種」
かわいさあまって
憎さ100倍
つづく
告白
丸いものが等間隔で
きれいにたくさん整列している姿がニガテ
すきなひとあんまりいないと思うけど
カエルの卵とか、フジツボとか
ラメとかスパンコールとか
肌がざわつくから
きのう
ブックデザイナーの 祖父江慎さんの話を聞いて
その理由がわかった
きれいに整列しているものたちには
近寄るな
というメッセージが込められている
そして
バランスよく均整のとれたものは
神聖な聖域のようなもの
または
死を連想させるようなものをイメージさせるのに向いている
祖父江さん曰く
若いときや
デザインに自信がないときは
左右対称や均整のとれたもの、平均を求めてしまうが
対 相手がいるようなデザインの場合や、コミュニケーションを必要とするデザインの場合は
アンバランスなものの方が
人は寄ってくるとのこと
なんかイヤとか
生理的にムリとかいうのにも
やっぱりそれ相応の理由があって
そうなるべくしてそうなる
摂理
じつわ
a blind spot のロゴも
よぉーく見ると
微妙に全部違う丸なのです
つづく
真実という嘘
学科科目
とどのつまり
そして三十万の新しい歯を作ろうじゃないか
優しい心のD先生はわざわざ
これでいいのだ