須磨の赤灯台
今日は従兄弟が来店
彼は総務省の官僚で
先日まで国家の指令を受け
福島に行っていたらしい
彼は幼き頃から神童で「東大に行く」と宣言していた
僕も彼に触発され「灯台に行く」と宣言していた。
その言葉に祖母は
彼に「たのしみやわあ」と言ったあと
冷やかな目で僕を見ていたのを思い出す
須磨に灯台があるのを知っていた僕は
「そんなの簡単に行けるのに
なんでこのおばあさんはこんなに喜んでいるのだろう」と
不思議だった。
そして
「なんで従兄弟が言ったら喜ぶのに
僕が言ったら冷やかなんだろう」と
不思議だった
「蛍の墓」の西宮のおばちゃんみたいだった視線
「馬鹿にするな」
その後
僕は何度も須磨の赤灯台を通り過ぎ
夏という夏を楽しんだ
その後
彼は東大の赤門を通り過ぎ
日本という国家を任されている
同じ年齢
同じ誕生月
差は開いていく一方だ
「馬鹿にしないでね」
昨年の夏
毎朝6時から
須磨で泳いでから
7時の海の家で生ビールを飲み、出勤していた。
今年はそれもできそうにない
精神的に ギリギリッス
彼に会うたび
立場的に キリギリス
「2011年 夏 僕は死んだ」
懐にはサクマドロップすら見当たらない
続く
この指とーまれ
さて
今日までふたりで
つらつらと書いてまいりましたが
ここらでひとつ
ギャラリーっぽいお話でも
a blind spot を立ち上げるにあたって
商業デザイナーさんや広告にたずさわる人たちに
アプローチをしてみるオーナーだけど
なかなか自分をアピールすることに興味を持つ人は少ないという
クライアントというお題があってこそ表現ができる
という方が意外と多く
ただ単に
本当はやりたいことがあるのに遠慮しているのか
それとも単純にハコに興味がないのか
はたまた
忙しすぎるのか
ハコに興味がないのであれば
どうあれば 表現したくなるようなハコになるのか
どんなハコだったら使いたくなるのか?
是非読者の方々にヒントをいただけたらと思います
オーナーいわく
今年度いっぱいは、ハコ代はフリーらしい
木・金・土しか開かないらしい
置いてもらう条件はこれだけ
作品のテーマをきっちりと説明できること
(プレゼン能力があること)
作品を一点寄贈してくれること
広報活動はご自分でしていただくこと
間違っても市民ギャラリーではないこと
だけ。
木・金・土以外の日はアトリエとして
制作していただくもよし
来月にはHPもできるハズだし
まずは神戸在住の
そこのアナタ
興味あったらアプローチしてね
うっふん
つづく
戦友たち
店が終わり さてブログでも
と思った昨夜の9時
電話が鳴った。
携帯画面には元上司のお名前が。
「いまから出てこい 10分以内やぞ」
雨がしとしと降る中
夜の元町へ呼び出され
10時着。
すっかり出来上がっていた元上司
を取り囲む昔の戦友たちが6名ほどいた。
僕にとっては まるで同窓会
やめて8年も経つのに
僕はクライアントなのに
元上司は今も上司だった
昨夜 20回以上は殴られ
朝起きたら肩が痛い
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元上司に採用され
発足したばかりの部署に
配属された僕
他部署に 「追いつけ、追い越せ」で
夜10時まで営業にまわり
そこから制作と経理を相手に戦い
深夜1時、2時から夜の街に繰り出していたあの頃。
白のスーツ・黒のシャツ・スキンヘッド・ひげ
年間の遅刻タイトルホルダーだった僕
それが許されていた24歳
思いだすだけでも恥ずかしい
売り上げで競い合い
センスのいいデザイナーを奪い合い
コンパで主役を取り合う
ミスがあれば朝まで部署全員で
印刷会社とクライアントを駆け巡り
酒を飲めば 殴り合った彼らがいた。
そこには夢でも希望でもなく
明治の「前へ」と
早稲田の「あらぶる」だけが
存在していた
かつての戦友たちは
全国の支社長として
媒体責任者として
エリアマネージャーとして
今なお ゲリラ活動を続けている
その彼らの飲む酒の味は
僕の飲むそれとは違った。
達成感 一体感
という名のスパイスが効いた酒
いくら飲んでも 酔えなかった自分が実に悲しく
雨の中をとぼとぼ歩いた午前3時半
経営者は孤独だ。
「エネルギー」としてのお酒
「なぐさめ」としてのお酒
前者の味を思い出したくて
ふと一兵卒に戻りたくなった
つづく