先日、地元西日暮里で4人ほどの飲み会がありました。

私が会話の中で「あれ」とか「あの」とか連発しているので、同席のS女史が「思い出したけど皆さん、認知症新薬の治験参加してみません?」と提案してきました。治験とは製薬会社が新薬を開発するとき最終的に人をモニターにして効果を測定する、いわば「人体実験」のことです。ちょっと怖いけど面白半分みたいな気持ちもあって、私とOさんが参加表明。翌日S女史から送られた申し込みフォーマットで申し込みしてみたら早速確認の電話が入りました。

本人確認のあと「これから簡単な問診をします」となり、いくつかの質問を受けました。

 

Q,最近、人や物の名前が出てこないことが増えましたか

A YES

Q、前日や今朝食べたものを思い出せますか

A 時々思い出せない

前半はこんな感じ

続いて後半

Q 物を置いた場所を忘れて探すことが増えましたか

A それは若いときから

Q 同じ話を何回もしていると指摘されたことはありますか。

A それはない。でも相手が気を使って何も言わないのかも知れない

Q 最近できなくなったことが増えた実感がありますか

A 昔から何も出来ないので、そういう実感はない

 

他にもいくつか質問がありましたが最後に担当の方が

「まだまだ岡村さんは大丈夫です。今回は見送りさせて頂きます」

とのこと。

後半の回答に呆れたのかどうか知れませんけど、取りあえず私はまだ大丈夫とお墨付きを頂きました。

 

 

廃業いちばニュース

12/14は荒天にも関わらず、そこそこお出で頂きました

12/21は晴れると良いな

ちなみにクリスマスや年末年始グッズも倉庫から持ってきました

倉庫から持ってきたってことは前年以前の物かよ。縁起物だぜ、って突っ込みはさておき12/21もよろしく

 

 

 

 

前回投稿から3ヶ月近く経ちました。もともと更新頻度は低いのですが、こんなに開いたのは初めてかも知れません。じつは当ブログは弊社が運営するサイト「廃業いちば」と連動してまして、そのサイトを今回リニューアルしたのです。その関係でお休み状態になってました(^0^;)

 

で、その「廃業いちば」ですが10年以上続くサイトながら近年は放置状態で今はやってないサービスや古い料金体系がそのまま掲載されていました。そもそも閲覧がほとんど無いので問題も起きなかったのですが、やはりこの辺で一度テコ入れをということでバータージャパンでお世話になってるエムプロジェクトの益田さんにお願いしてリニューアルした次第。

 

当社では毎週日曜日9:00~12:00に高島平倉庫でガレージセールやってますが、今回のサイトリニューアルではこの案内を前面に出してます。それに連動して毎週の新入荷などを更新しています。以前はジモティなどのポータルサイトに依存していました。確かに集客力ではポータルサイトの足元に及ばないのが正直なところですが、併用しつつ自社サイトをいかに強くしていくか研究していきます。

 

 

こちらになります。以後宜しくお願い申し上げます。

前回の投稿で「周りで裁判員をやった人はいない」って書いたら早速身近な方から「私、やったことあるよ」って反響がありました。確かに自分からわざわざ言うようなことでもないし、こちらも聞くわけでもないから知らないのが当たり前。でも人探しってのも似たようなことがあって「こんな人いないか」なんて公募掛けてもなかなか来ない。困ってたら意外と身近なところに適任者がいてなんで気付かなかったんだろう、って経験もあります。探し物は意外と身近なところにある、海の彼方にはもう探さない(この歌詞、知ってる方どれくらいいるかな)って話広げすぎか。

さて亡父は昭和一桁の人間でしたから、いわゆる「行儀」にはそれなりに厳しかった。というよりそれが普通と思っていたのでこちらも自然に身についた面もあります。和室で座るときは正座、苦痛でも何でもなく無意識にやっている。それ以外も色々。これらが無意識に出来ていることに感謝。でも一方で?的な作法も。菓子などを食べるとき歯形というか一口食べた跡がしっかり残るのはNGだったのです。跡が平らになるように二口続けて食え、って言われましたけど皆さんどうですか。以前ハーゲンダッツクリスピーサンドの箱写真見てびっくり、しっかり一口囓った跡がアップされているではないですか。種類によっては歯形まで。親父が見たら仰天ものだなって思いました。また飯のお替りをするときは一口分残せってのがありますけど今は知らない人も多いのではないでしょうか。今、定食屋でこれやったら怪訝な顔される可能性大です。大体店では器ごと交換になる場合も多いし。そもそもお替りする元気もなくなってきたしな。あと、ご飯を食べた茶碗でお茶や白湯を飲んでなかったですか。あれは片付け時の洗い物が楽になるってのもありますけど、やはり米は一粒たりとも残してはいけない、という教えでもあったのでしょう。幼稚園のお弁当の時、食後に「先生お湯ください」というと先生がヤカンでお湯を注いでくれた記憶があります。今、そんなことやらないよなあ。当時は弁当箱はアルマイト(金属)だったけど今はプラスチックだし、熱湯注ぐってどうなの?って話になりますね。

行儀にはそれなりに厳しかった一方で、家では結構下品な食べ方もしてました。以前にも書いたことがありますけど瓶詰めなどが、ほぼ空になるとその瓶にご飯を詰めてさらげてました。白湯入れて飲むことも。他にも汁物、鍋物は最後にご飯入れるのが当たり前。カレーを作った鍋、最後にご飯を投入。カレーまぶし飯にします。端で見てて「やめてくれよ」と思った「反抗期」。でも時を経て今、自分がやってます。