ユイのたわごと -2ページ目

ユイのたわごと

☆何気ない日常☆

私たちのこの道は間違いの始まりでした。

間違いの始まりだなんて気付くことができないまま、

一瞬の幸せに身を任せて、私は何もかも考えることをやめてしまいました。


笹原さんと過ごす、初めての夜に私は、この先の不安を隠すことが

出来ずにいました。


「ユイ、来週どこか行きたいところある?」

「笹原さんは?」

「○○市の湖に行こうか??」

「もうすぐ雪が降りそうなのに?」

「うん(笑 行こうよ。」

「うん。」

「てかユイ。俺の名前知ってる?」

「知っているよ・・・。」

「じゃあ、呼んでみてよ。」

「彼女じゃないのに呼べないよ。」


それは、本心でした。

笹原さんの彼女に悪い気がして、

今この会話をしている時、彼女は何も知らないのです。


「彼女さんに、会わなくて良いの??」

私は、私と笹原さんを現実に引き戻す言葉を口にしました。


「向こうは、会いたいって言ってるけど・・・・。」

「会った方がいいんじゃないんですか?」

「ユイは悲しまない?」

「彼女は悲しんでない?」


質問に対して、質問で返すなんてずるいかもしれないのに、

自分のしていることを正当化しようとこの期に及んでも、そんな言葉を言う自分を

笹原さんはどう思ったのでしょうか?


「とりあえず、電話しとくよ」


彼はそういうと私を抱き寄せました。


「ねぇユイ。別に俺の彼女に気遣わなくて良いから。」


『俺の彼女』そう、私じゃない人が彼の彼女で、

私は彼にとっての浮気相手でしかないと思うと、無性にむなしくなりました。


「仁って呼んでよ。」

ささはら じん それが彼の名前。


「ジンくん・・・・」

そういう私に笹原さんは「仁だって!」と少しだけ怖い顔をします。


「仁・・・。」

私がそういうと彼は、笑ってキスをしてくれました。

「柏さん」

かしわ ゆい これが私の名前。


彼は少しだけ笑うので、つられて私も笑ってしまいました。


その日の夜のことは、今でも鮮明に覚えています。

忘れることもできず、今もなお脳裏に焼き付いて

消えてなどくれれないのです。


どんなに、忘れられたら、幸せになれるのかと

考えない日は無いほど・・・・。



つづく


私は帰りの終電の中で、笹原さんからメールが来ていることを

知りながら、何もできずに、ただただ笹原さんに対しての

気持ちとは逆の言葉を考えていました。


電車が降りる頃、笹原さんからメールを催促するように、

着信が入り、私はその着信画面に光る笹原さんの名前を

右手でそっとなぞり、そのまま通話ボタンを押しました。


沈黙の中最初に口を開いたのは、

笹原さんで

「ユイ?」と私の名前を呼んでくれます。

「ユイ?泣いてるの?どうしたの?」彼は何も知らず、私に問いかけるので、

私は事情を話しました。


「笹原さんごめんなさい。私、もう・・・。」

そこまで言うと、私の目からは大粒の滴が零れ落ち、

言葉をつづけることが出来ず、誰もいない、駅前の路上に座り込みました。


もうあたりは真っ暗で、田舎の夜は、奇妙なくらい優しい暖かい風が

吹いていたのを覚えています。


「ユイ、すぐ行くから、待ってて。どこ?」

「笹原さん・・・・来ちゃ・・・ダメだよ。」

「迎えに行くからどこいるの!?」

笹原さんが少しだけ、大きな声で私に問い詰めるので、

「〇〇駅・・・・。」

私はその言葉を発して、受話器を地面に置いたまま、泣き続けました。


その間、笹原さんは通話中のまま、私を迎えに来てくれました。

私は1mmも動くことが出来ず、

「ユイ?」笹原さんが私の前に佇み問いかけます。


私は自分の右手で涙を拭き続けても、立ち上がることが出来ず、

「笹原さん・・・・。来ちゃダメなのに・・・。」

やっとの思いでつぶやいた言葉はこんな、可愛げのない一言でした。


彼は、私の手を引き、笹原さんの黒のスポーツカーに連れていきます。


私は、黙ってただ、彼につれられるまま、車窓から、

移りゆく、見慣れた地元の田舎道の街灯を見るだけでした。


笹原さんは、自分の社宅まで私の手を引き、

暖かいコーヒーを出してくださいました。


言わなければいけないことがあるのは、きっと彼も察していた事でしょう。


彼は、私が泣き終わるのをずっと、待っていることは、

言わなくても解っていました。



「笹原さん、私、彼氏がいるんです。今日彼氏に会って別れの言葉をいうつもりでした。

 でも言えなかった。私には、今の気持ちを優先なんてできない。

 笹原さんを笹原さんの彼女を不幸になんてできない。

 誰かの不幸の上に成り立つ、幸せなんてありえないんです。だから・・・・・。」


私は、笹原さんに『好き』ともいったことがないですし、

彼も私に『好きだ』なんて言ったこともありませんでした。


でも、言葉にしなくても、お互いの気持ちを、笹原さんも知っているのは感じていました。


「彼女と別れないでください。」


私が笹原さんに伝えた言葉と、私の感情は逆方向を向いていました。

こんなにも、自分の感情を犠牲にして理性が導く、

道理の通った言葉をいうことが、私の心を切り裂くなんて初めての経験でした。


すると、笹原さんは、正面に座って笑って私を見つめたあと、

私の手を握ってくれました。


私は彼の目をまっすぐに見つめることしかできませんでした。

笹原さんの顔が揺れて私の唇に彼の唇が触れると、

私は目を閉じて、もう後戻りができないことを知るのでした。


そのあと、笹原さんは私を抱きしめ、頭をなでると

「彼女と別れるから。ゴメン。もう、俺だってどうしていいかわかんないんだよ。

 お互い別々な人がいて、ダメな道だって解ってる。でも止められないんだよ。」

彼は、叫ぶように私に言いました。


「誰かの不幸の上に幸せが成り立つなんてないかもしれないけど、ずっとユイの声を電話越しで聞いてきて

 惹かれてる自分がいた。彼女といても、ユイの声を思ってた。会いたいって思った。

 仕事じゃなくて、会いたいって思ってた。会ったユイにやっぱり惹かれた。

 最初に、あの日ユイが職場からいなくなって、自分の携帯で電話をするときに、覚悟を決めたんだ。

 もう俺は、彼女に戻れないかもしれないって。ユイ、好きだ。」


笹原さんは、私を抱きしめたまま、苦しそうにそう告白してくれました。

彼の中での覚悟なんて、私は知らないまま、右往左往して

どこに行けばいいのか理性で考え、私は、感情とは逆方向に歩もうとしたのに、

笹原さんの言葉が私を捕まえて放しませんでした。


私は、前途多難な自分の恋が怖いと思いながらも、

理性を理性のまま突き通すことができず、彼の腕に溺れていくこの体が

本能なのだと、思いました。


その日、私は何も解決なんてしないまま、

笹原さんと結ばれてしまいました。



つづく

笹原さんと初めて手をつないだ日の次の日の夜、

私からリン君に電話をしました。


「 リン君、ごめん。もう会えない。嫌いじゃないけど、もう前みたいにリン君と会えない。

  気持ちがもうさめちゃったの。 」


私はずるい、自分をよく見せたい気持ちと

自分が非道な人間であることをごまかすために、

抽象的に、リン君に伝えた。


「 俺はユイに会いたいよ。もし悪いことがあるなら直すし、急にどうしたの?

  電話じゃ納得いかないから、ちゃんと顔をみて話してよ。 」


そうリン君は言いました。

私も 「 最期だから 」と言って、次の週末、彼の住む街に電車で行くことにしました。


リン君の住む街は、私の地元よりも北国で、

秋の風が顔にあたると、私の耳は寒さで痛くなるのでした。


彼は、いつものように駅まで迎えに来てくれました。


「 ユイ!!!会いたかった。 」


彼は私を見つけると、手を握り少しはにかんで

微笑んでくれました。


優しく笑いかけて貰える、資格なんて私にはあるはずかないのに、

リン君のいつもと変わらない態度が私の心に大きな斧を振り下ろすのでした。


「 リン君、あのね。」


私よりも15cmくらい背の高い彼を見上げて、

口を開くと彼は、自分の口元に右人差し指を持っていき、

私に口を開かないように合図をします。


私は彼に連れられて、彼の家にお邪魔しました。

私は、もう彼の手をつなぐ気持ちは起きないというのに・・。


すると彼のお母さんが私を出迎え、リビングに通してくれました。


その日私は、リン君のお母さんが再婚すること、

リン君の祖父がもう長くないこと、リン君を再婚相手の息子にするつもりはないことを

話してくれました。


「ユイちゃん、リンをよろしくね。もう私はリンのそばにいることはできないから・・・。」

そう、彼女は言いました。


「私なんて・・・なにも・・・。」


それ以上私は何もいえず、うつむいて考え直すしかないのでした。


愛することができないのに、リン君のそばにいるなんできないけれど、

私がこのままリン君のそばにいることで、リン君のお母さんも笹原さんも笹原さんの未来の奥さんも

みんなが幸せになることが出来て、円満になにもかもが終わると考えるのでした。


私の笹原さんに対するこの気持ちが間違っているものだから、

だから、笹原さんに知り合う前の状態にすべて戻すべきなのだと、

私は自分の気持ちにふたをすることを決めたのでした。


リン君は「 もう少しだけ、考えてくれる? 」というので、

私は何も言わずにうなずきました。


つづく

そして、週末笹原さんと初めて

プライベートで夕食に出かけました。


私は実家暮らしでしたので、実家の近くまで

車で迎えに来ていただき、彼の車に乗って30分程度のところにある

パスタ屋さんに行きました。


車の中、運転する笹原さんはたまに、助手席の私を見ると

にこにこと微笑んでいて、

「どうしたんですか?」と私が聞くと、暗がりの中

拳を口元に持っていき、少し照れたように「別に、、、」とだけ言って

また、前を見て運転に集中されていました。


特に会話という会話もなく、胸が張り裂けそうな緊張感があり、

でも、この空間には私たち以外誰もいない、

そんな都合の良い幸福感が私を心地よく包んでくれました。


パスタを食べたあと、車で送ってもらい、

「また今度」と挨拶をして帰りました。


そのあとも、毎日メールや電話を繰り返し、

次の週も笹原さんの車で免許更新のため、

車で2時間程度かかる免許センター迄私を連れて行ってくれる約束と

そのあとに、笹原さんの用事で本屋に行く約束をしました。


その約束の日までが待ち遠しく

時間をさらに遅く感じさせるものでした。


笹原さんは薬関係の本を買うために、

大型書店に私を連れて行ってくれました。

私の右手と彼の左手がコツンとあたり、それが3回目に一瞬触れた瞬間、

彼は左手で私の右手を捕まえて、ゆっくりと右側を見る私に

優しく微笑んでくれました。


私にとって、5歳年上の笹原さんの手は温かくて、

すごく儚い夢なのだと、思わずにはいれませんでした。


優しい笑顔もすべて本来ならば、笹原さんの彼女の物。


そう、笹原さんは彼女と婚約迄している仲だということは

最初に食事をしたあの夜に知っていました。


笹原さんと笹原さんの彼女のことやリン君のことを思うと

振りほどけばよかったのに、、、。


でも、どうしてこの手を振りほどくことができるのでしょうか。

ただ、何も言わずに、私は逆に彼の手を握り返すことしかできませんでした。


相手の名前以外なにも知らない世界があるのならば、

私はそこに行きたいと願いました。


そんな都合の良い事を考える私は、浅はかでなんて恐ろしいのかと

自分でさえも間違っていることは誰に言われるまでもなくわかっていることでした。


もう歯止めがきかない自分の感情が

恐ろしい未来を招くということは私の理性が教えてくれます。


それでも、笹原さんの隣にいたいと願ってしまうのです。


私はこの日、リン君に別れを切り出す決意をするのでした。



つづく

そして、笹原さんに対する何とも言えない気持ちが

目に見える形で、私の心を揺さぶり始める出来事がありました。


ある日、いつものように笹原さんのお電話を取り次ぐときに、

「彼氏はいるんですか?」と

聞かれてしまい、「そうですね。いますよ。笹原さんは?」と聞き返しました。


すると彼は「ノーコメントで」とだけおっしゃったので、

「あぁ、彼女さんがいるんだ・・・・」と心の中でつぶやきました。


別に悲しい気持ちになる必要はないのに、

私の心は勝手にふさぎ込んでしまいました。


恋人がいる分際で、自分勝手に傷ついた自分を

誰にも言えるはずもなく、心の箱にこの傷ついた自分を閉じ込めることで

平常心に戻って仕事をすることが出来たのだと思います。


その後、いつものように、リン君と電話をし、

彼が今日何をして、どんな楽しいことがあったのかを聞いていました。


リン君のバイト先のこと、学校の授業、友達との笑い話、

彼の楽しそうな姿を想像すると、心に小さなヤリが刺さる感覚に陥ったことを

やはり私はまた、見て見ぬふりをするのでした。


その後、私はやりがいのない仕事に対する不満と

県庁で仕事をしている方との摩擦により、

この仕事を離れる決意をしました。


そのあとは、自分の家に近い、工場の事務員としての仕事が決まっていました。


またいつものように笹原さんから電話が入ったので、

取り次ぐついでに

「笹原さん、急でスミマセンが、明日、11月末日付で辞めさせて頂くことになりました。

 今まで、笹原さんのお電話を取り次ぐことが、とても楽しかったです。ありがとうございました。」と

ご挨拶をさせて頂くと、彼から

「あの・・・、今後個人的に連絡をとりたいので、連絡先を教えてください」と

言われ、そのまま電話番号のみ伝えました。


するとその夜、笹原さんから電話があり、

初めて1時間近く他愛のない会話をしました。


職場で電話を取り次ぐ以外、何もしらない、

誰も知らない、二人の会話。


彼が県庁所在地出身で、公務員として働く前は、薬剤師として働いていたこと、

同じ薬剤師の彼女がいること、親も公務員なこと、

私が知りたいことを彼は、自分から話てくださいました。


そして、最後に週末夜ご飯を一緒に食べに行く約束をしました。


私は、この夜あまりの嬉しさに眠ることができなくなり、

また、リン君に対しての、罪悪感に押しつぶされながら、

初めてリン君と電話をしない夜をすごしました。


この時になって、私の心の大部分が、

笹原さんの津波によってさらわれたことを認めました。


津波によってさらわれた心に、穏やかな日常がくるなんてありえないのに、

この時は、ただ素直に彼の声を抱きしめながら、

すごく幸せで、甘くて、でもどこかせつない気持ちに酔いしれていました。


つづく

消化しきれない恋があるままに、結婚をしてしまいました。

今は今でものすごく幸せです。


でも、忘れられない恋がありました。


私が19歳の頃、色々と失敗をし、

仙台から実家に戻り、一から再出発を決めました。


運良く、県職員の臨時職員枠の採用試験に合格し、

秋から地元の総合庁舎で働くことになりました。


私の仕事は主に、受付でした。


電話や総合受付の窓口にいて、

外部電話を取り次ぐという仕事です。


他には何もなく、はっきり言ってやりがいもなにもなく、

「責任」を負うことは、まったくと言っていいほどありませんでした。


そんな日常が当たり前のようにすぎ、

翌年の春に隣町の総合庁舎に新卒の薬剤師さんが笹原さんが採用になりました。


しかし、彼の上司にあたる人がその庁舎にいらっしゃらず、

連日、私が務めている庁舎に電話が入ります。


解らないことを同じ薬事課の方に聞かれているようでした。


1日に何件も彼からの電話を取り次ぐうちに

自然と業務内容以外のちょっとしたお話もするようになりました。


ただ、この頃私にも遠距離ではありましたが、

同じ年の大学生の恋人のリン君がいました。


彼は、父親を亡くし、母親と祖母・祖父と一緒に暮らしていて、

リン君は、大学へ通いう合間に、友人と遊んだり、ゲームをしたり、

たまにアルバイトをしたり、私の憧れる「学生」というものでした。


やはり、日中の縦社会の中でそれなりにストレスを受けてしまう私と

彼との価値観の溝を感じる時もありました。

それでも、それなりに、「恋人」という存在に心は救われるものでした。


社会人に向かって進む彼を見守ることが、

私にできることなのだと勝手に想像し、

それを守ることで自分を正当化していたのかもしれません。


その一方で声しか聴いていない笹原さんに対する

何とも言えない感情を抱き始めたことを自分自身で

気づいていない振りをするようになりました。


つづく