昔々の恋の話 5話 | ユイのたわごと

ユイのたわごと

☆何気ない日常☆

私は帰りの終電の中で、笹原さんからメールが来ていることを

知りながら、何もできずに、ただただ笹原さんに対しての

気持ちとは逆の言葉を考えていました。


電車が降りる頃、笹原さんからメールを催促するように、

着信が入り、私はその着信画面に光る笹原さんの名前を

右手でそっとなぞり、そのまま通話ボタンを押しました。


沈黙の中最初に口を開いたのは、

笹原さんで

「ユイ?」と私の名前を呼んでくれます。

「ユイ?泣いてるの?どうしたの?」彼は何も知らず、私に問いかけるので、

私は事情を話しました。


「笹原さんごめんなさい。私、もう・・・。」

そこまで言うと、私の目からは大粒の滴が零れ落ち、

言葉をつづけることが出来ず、誰もいない、駅前の路上に座り込みました。


もうあたりは真っ暗で、田舎の夜は、奇妙なくらい優しい暖かい風が

吹いていたのを覚えています。


「ユイ、すぐ行くから、待ってて。どこ?」

「笹原さん・・・・来ちゃ・・・ダメだよ。」

「迎えに行くからどこいるの!?」

笹原さんが少しだけ、大きな声で私に問い詰めるので、

「〇〇駅・・・・。」

私はその言葉を発して、受話器を地面に置いたまま、泣き続けました。


その間、笹原さんは通話中のまま、私を迎えに来てくれました。

私は1mmも動くことが出来ず、

「ユイ?」笹原さんが私の前に佇み問いかけます。


私は自分の右手で涙を拭き続けても、立ち上がることが出来ず、

「笹原さん・・・・。来ちゃダメなのに・・・。」

やっとの思いでつぶやいた言葉はこんな、可愛げのない一言でした。


彼は、私の手を引き、笹原さんの黒のスポーツカーに連れていきます。


私は、黙ってただ、彼につれられるまま、車窓から、

移りゆく、見慣れた地元の田舎道の街灯を見るだけでした。


笹原さんは、自分の社宅まで私の手を引き、

暖かいコーヒーを出してくださいました。


言わなければいけないことがあるのは、きっと彼も察していた事でしょう。


彼は、私が泣き終わるのをずっと、待っていることは、

言わなくても解っていました。



「笹原さん、私、彼氏がいるんです。今日彼氏に会って別れの言葉をいうつもりでした。

 でも言えなかった。私には、今の気持ちを優先なんてできない。

 笹原さんを笹原さんの彼女を不幸になんてできない。

 誰かの不幸の上に成り立つ、幸せなんてありえないんです。だから・・・・・。」


私は、笹原さんに『好き』ともいったことがないですし、

彼も私に『好きだ』なんて言ったこともありませんでした。


でも、言葉にしなくても、お互いの気持ちを、笹原さんも知っているのは感じていました。


「彼女と別れないでください。」


私が笹原さんに伝えた言葉と、私の感情は逆方向を向いていました。

こんなにも、自分の感情を犠牲にして理性が導く、

道理の通った言葉をいうことが、私の心を切り裂くなんて初めての経験でした。


すると、笹原さんは、正面に座って笑って私を見つめたあと、

私の手を握ってくれました。


私は彼の目をまっすぐに見つめることしかできませんでした。

笹原さんの顔が揺れて私の唇に彼の唇が触れると、

私は目を閉じて、もう後戻りができないことを知るのでした。


そのあと、笹原さんは私を抱きしめ、頭をなでると

「彼女と別れるから。ゴメン。もう、俺だってどうしていいかわかんないんだよ。

 お互い別々な人がいて、ダメな道だって解ってる。でも止められないんだよ。」

彼は、叫ぶように私に言いました。


「誰かの不幸の上に幸せが成り立つなんてないかもしれないけど、ずっとユイの声を電話越しで聞いてきて

 惹かれてる自分がいた。彼女といても、ユイの声を思ってた。会いたいって思った。

 仕事じゃなくて、会いたいって思ってた。会ったユイにやっぱり惹かれた。

 最初に、あの日ユイが職場からいなくなって、自分の携帯で電話をするときに、覚悟を決めたんだ。

 もう俺は、彼女に戻れないかもしれないって。ユイ、好きだ。」


笹原さんは、私を抱きしめたまま、苦しそうにそう告白してくれました。

彼の中での覚悟なんて、私は知らないまま、右往左往して

どこに行けばいいのか理性で考え、私は、感情とは逆方向に歩もうとしたのに、

笹原さんの言葉が私を捕まえて放しませんでした。


私は、前途多難な自分の恋が怖いと思いながらも、

理性を理性のまま突き通すことができず、彼の腕に溺れていくこの体が

本能なのだと、思いました。


その日、私は何も解決なんてしないまま、

笹原さんと結ばれてしまいました。



つづく