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あべせつの投稿記録

投稿小説・エッセイなどの作品記録用ブログです

公募ガイド 第9回エッセイ

投稿 佳作入賞作品


課題『○○戦争』800文字厳守


『舗道戦争』       あべ せつ


ずっと車が足代わりであったが、最近の燃料代の高騰に節約と健康増進を兼ねて、自転車に乗ることにした。


自転車は道交法では「車両」なので車道を走る。車道には歩道の端から30センチにも満たないところに白線が引かれていて、この中を走れということらしい。


車道は雨水を流すために歩道に向かって傾斜が取られている。つまりは幅30センチの中を斜めに傾きながら、ゴミや小石の吹き溜まりの中を走る羽目になる。


非常に走りにくい。


そのため白線上を走ると、無防備な体の横をかすめるように大型車が粉塵を巻き上げながら通っていく。


恐ろしい。


命には変えられないので、車道はあきらめて歩道に乗り上げる。歩道はその名のとおり歩行者が優先のため、自転車を降りて押して行かねばならない。急ぐときには自転車の意味がなくやってられない。


歩道でも自転車の走行が可の場所もある。


しかし、ここを走ると三々五々に散って歩く歩行者が障害となってスムーズには走れない。ベルを鳴らせば、にらみつけられるので遠慮がちにノロノロと行く。


ストレスが溜まる。


誰もいなくて走りやすいときも、歩道の段差の激しさに走行は非常に不快である。挙げ句の果てにはパンクしたりもする。


何よりの強敵は我が同胞、自転車乗りの人々である。


彼らは時に携帯に目を奪われながら片手運転で激走し、またある者は晴雨の関係なく傘を広げたまま突進してくる。


自転車は左側通行であるべきなのに、そんなことは意に介さず、走れる場所ならばどこへでも突っ込んで来て、しかも人に譲らない人も多々ある。


そこそこのスピードが出ているし危なくて仕方がない。

ぶつかれば人命にも関わることである。


まさに舗道戦争とでもいうべき修羅場が日夜繰り広げられているのである。


今日もまた、修羅場の中を自転車は進む。

『心に残る食べ物』    あべせつ


「お祖母ちゃん!お漬物、今日はないの?」


独り暮らしの祖母の家に遊びに行くと、玄関を入るなりいつもこう聞いていた。


「あんたはほんとに漬物が好きだねえ」

祖母はいそいそと台所の漬物樽から胡瓜や大根や白菜のお漬物を取り出してくれた。

 

熱々のご飯があれば、他には何もいらない。

祖母のぬか漬けは絶品であった。


ある日のこと。祖母の家からの帰りの電車の中、寒い冬の日のこととて電車にはスチームが焚かれていた。足元から上がるその暖気の中、立ち上る異臭。暖められた漬物から立ち上る悪臭であった。

 

混んだ電車の中。じろりと向けられる乗客たちの冷たい視線に、顔から火が出て、場違いにも「こんなものを持たせた」と祖母への怒りが湧き上がってきた。

 

今なら知らん顔でやり過ごせることも、思春期の身には恥ずかしすぎる出来事だった。


この一件があってからか、学校が忙しくなったのか、次第に祖母の家への足が遠のいた。

 

それからしばらくして、元気だった祖母も亡くなってしまった。もうあのお漬物は食べられない。


四〇歳を越えた頃から無性に祖母のあのお漬物が懐かしい。本を読んだりネットで調べたりして今、私は祖母の糠床を作ろうと試行錯誤している。


あの薄暗い台所の棚の下にひっそりと置かれた漬物樽には、思い出がいっぱい詰まっている。


おばあちゃん。ありがとう。

『匂い袋』       あべせつ

和箪笥の一番下の引き出しを開けると、

今もふくいくたる香が匂い立つ。

白檀を薄く削ぎ、繊細な切り絵細工をほどこ

した扇子や、赤い珊瑚やガラス玉のはめ込ま

れたべっ甲のかんざしなどとともに、小さな

鈴のついた朱や紫のちりめん地の匂い袋が

納めてある。

母は着道楽な人であった。

わたしが幼い頃には、季節の変わり目ごとに、

あたかも決められた行事のごとく呉服屋に

通っては、新しい着物や帯をあつらえたり

小物などを吟味したりしていた。

その度にお供をさせられる幼いわたしは、

あれやこれやと品定めに悩む母に長く待た

され、ひどく退屈したことを覚えている。

若い頃に人様から小町と称せられた母は、

着物の似合う日本美人であった。

おしゃれがことのほか大好きで,ハレの日の

外出は必ず和装にし、着付けは自分で行った。

姿見の前に立ち、見返り美人のポーズを

取って真剣な面持ちで帯の結びを確認する。

その時の母は、まるでこれから舞台に上がる

女優のように緊張感に満ちていた。

その母のきつく結ばれた口元が緩むのは

最後の仕上げに帯に匂い袋を挟み込んだ時で

ある。仕上がりに満足すると母は一転、

菩薩様のような微笑を浮かべる。

匂い袋は母の微笑につながっている。

その母も今は他界し、母の嫁入り道具

であった和箪笥が一棹形見に残された。

わたしは年に一度、その引き出しを開け、

たちこめる香りに呼びさまされた懐かしさに

胸を打たれる。

香りはいつも遠い記憶を呼び覚ます。

「虹の種」 あべせつ


満月の夜。猫のチビタがお散歩をしていると道の端っこに何か光るものが落ちていました。

白くて丸くてピカピカの真珠みたいにきれいな小さな玉でした。

中のほうから不思議な光が出ています。


チビタはチョンチョンと前足でつっついてみました。

すると玉はポーンと飛んでコロコロ転がっていきました。


「こりゃ、おもしろいぞ。」チビタが夢中になって遊んでいると、突然草むらから声がしました。


『もしもし、その種で遊んではいけませんよ。』

チビタが振り返るとタンポポよりも小さい背丈の人がいました

。七色の上着とズボンとくつをはき、帽子まで七色ずくめの男の子でした。

「それは虹のたねなんです。落としてしまい困っていました。見つけてくれてありがとう。」と小さい人が言いました。


「虹のたね?」チビタが不思議そうに聞きました。


「そうです。虹のたねですよ。これを大事に育てるときれいな虹になるのです。知りませんでしたか?」

初めて聞いたチビタはもう興味しんしんです。


小さい人が虹のたねを育てるのを一緒に手伝うことになりました。

小人はチビタに助けを求めました。虹のたねは7つなくては美しい虹はできません。神様からたねを7つ預かりましたが空から降りてくる時に、流れ星にぶつかってしまい、たねを全部落としてしまったのでした。

一生懸命探しましたが見つからず、チビタが見つけたのがまだ最初の一つだということでした。

たねは満月の間に植えなければなりません。

朝日が当たると消えてしまうのです。

明け方までにはもうあまり時間がありませんでした。


そこでチビタは仲間の猫たちを集めて、事情を説明しました。

「うん。わかった。6つ探せばいいんだね」


仲間の猫たちは森や川原や原っぱを走り回って虹のたねを探してくれました。しかし場所が広くてなかなか見つかりません。


すると空を飛びながら見ていたコウモリたちが、「私たちも一緒に探してあげる。虹のたねは光るから、上から見たらわかるかもしれないわ。」そう言って夜空を飛び回り一緒に探してくれました。


「あっ、あそこにあるわ。その夜顔のお花の下よ。」

「あっ本当だ、あったあった。」

「ここにもあるよ。」皆の力で種は次々と見つかりました。

しかし最後の一つがなかなか見つかりません。


するとこの騒ぎを木の上で見ていた森の長老のフクロウが、見かねてチビタに声をかけました。

「見つからないなら、最後の一つは作ればいい。わしが作り方を教えてあげよう。」皆はそれを聞いて大喜びです。


「虹のたねを作るには、まず月の虹の光を、夜露のきらめく玉に集めなければならんのじゃ。きれいな夜露はクモさんに分けてもらうといい。クモさんは夜露作りの名人だからな」と教えてくれました。


チビタはフクロウのおじいさんと一緒に森で一番大きなクモさんの所に行き、わけを話して夜露を1つ分けて貰うことができました。


「これを、あのきれいな池のちょうど真ん中の水面にそっと置くのじゃ。満月の光をいっぱい浴びるようにな」

「えっ?あんな所に行けないよ。僕たち泳げないんだ。」


猫もクモも小人も泳げません。コウモリとフクロウは飛べるけれども、つかむ力が強すぎて夜露が壊れてしまいます。ここまで来たのにどうしよう。困った困ったと皆で頭をかかえていると


「だいじょうぷ。私が行っておいてきます」と茶色い蛾が言いました。

蛾はクモの巣に引っかからないように注意深く夜露をつかむと、池の真ん中まで飛んでいき、鏡のような水面にそっと置きました。

すると不思議なことに満月の回りに月の虹がかかり始め、その白く美しい光が夜露に差し込みました。夜露は一瞬太陽のように輝きましたが、すぐに静かな白い光のあの真珠球のようになりました。


虹のたねの出来上がりです。蛾はそのたねを大事そうに皆の所に運んできてくれました。

「これで虹のたねが7つ揃いました。みなさん本当にありがとう」

小人はたいそう喜んで早速丘の上に行き種を植えました。


明日の朝になればこれで立派な虹が出ます。皆わくわくして待っていましたが、夜中走り回っていたので、虹が出た時にはすっかり眠ってしまいました。

猫やコウモリやフクロウやクモや蛾がお昼間寝ているのはこんなわけがあるのです。ゆっくり寝かせてあげましょうね。




第三十二回課題

タイトルが格言(格言・箴言・名言をタイトルにした小説)


 『巧言令色鮮し仁』 あべせつ


陽子は真っ赤な外車を見送ると、夢心地のまま自宅に向かって歩き始めた。


芦屋の高級レストランでの優雅なディナーのあと、六甲山頂のホテルまであの真っ赤なアルファロメオを飛ばし、バーで美しい色のカクテルを舐めながら百万ドルの夜景を眺めた。

大阪の大会社の社長の一人息子だというイケメンの研二とのデートに陽子は酔いしれた。


研二は家まで送ると言ったが、陽子は研二にあの安アパートを見られたくなかったので、最寄りの駅前で下ろしてもらった。時間はまだ夜の10時。歩いて帰るに遅すぎるということもない。


アパートにつくと隣の小さなお好み焼き屋の扉が開け放たれ、中でキャベツを刻む若い男の姿が見えた。陽子は『宝味亭』と書かれた暖簾に吸い込まれるように入って行った。


『あらまあ、陽子ちゃん?見違えたわあ。女優さんかと思った。ねえ、慎二?』

女将が驚いたように調理人の息子に言った。


照れた陽子がちらりと目をやると、慎二はいつもの無愛想さで、まな板から顔も上げず相槌も打たない。急につまらない思いがして手持無沙汰に佇んでいると慎二が突然顔を上げ、


『女の子がこんな遅い時間に独りで歩いて帰るもんじゃない』と真っ直ぐに陽子の目を見て言った。


叱られて居たたまれなくなり、

『おばさん、もう帰ります。お邪魔しました』


そう言って陽子は一目散にアパートに帰った。部屋のドアを後ろ手に閉めると、さっきまでの浮かれた気分はかき消えてしまっていた。


それから何度も研二からデートの誘いがあった。京都の料亭や大阪の高級クラブなど一見さんお断りの店ばかりで驚く陽子に


『たいしたことないよ。親父に言えば簡単なことさ』と研二は飄々と答えた。


研二は父親の会社の取締役をしていたが、毎日のように遊び歩き、頻繁に陽子を誘った。会社勤めをしている陽子は平日の外出は無理だと断ると研二は


『そんな会社辞めちまいなよ。そうだ!うちの会社に来ればいい。親父に言えば君一人ぐらいいつでも入れてくれるよ』と、こともなげに言った。


そして自分の一族がどんなに力を持っているか、ましてや本家の跡取りである自分が一言いえばできないことなどないんだと、滔々と自慢を繰り広げた。陽子はそんな研二を頼もしく見上げていた


それから陽子は会社を辞めた。高校を卒業してから5年間勤めた会社だったが、給料は安いし適齢期の男性もいない。研二と天秤にかける価値はなかった。


・・・・・


『会社辞めたんだって?結婚でもするの?』女将が心配げにこう言った。


『転職するんです』陽子は豚玉をテコで切り分けながら、そう言った。


『まさか水商売じゃないだろうな?』

慎二が鋭く問い詰めた。

『最近、服装も化粧も派手になって、帰りも遅い』


陽子は急に腹立たしくなり

『わたしの勝手でしょ!慎ちゃんにとやかく言われる筋合いはないわ』と怒鳴った。

『一流企業に行くのよ。こんな安アパートともサヨナラするの。うまくいけば玉の輿だわ』


『落ち着けよ、陽子ちゃん。そんな上手い話はないぜ。よくよく考えてみなよ』

慎二は首をふりながら、諭すようにそう言った。


腹立たしい思いで部屋に帰り独りになると、陽子はふと不安が頭をもたげてきた。

そう言えば、ここ数日研二からの連絡がない。それまでは毎日のようにメールが来ていたのに。陽子は研二に電話をしてみたが、コール音が冷たく響くだけだった。


もしこのまま連絡が取れなかったら、どうしよう。会社はもう辞めてしまった。貯えなんて全然ない。来月の家賃が払えなかったら、田舎に帰るしかないのだろうか?

陽子の実家は兄夫婦が継いでいて、よもや陽子の帰れる場所ではなかった。


翌日、陽子は思い切って研二の会社を訪ねたが、この手のことには慣れた風の受付嬢に結局は門前払いを喰わされてしまった。携帯も番号を変えられたのか、繋がらなくなっていて陽子は途方にくれた。


その夜、宝味亭のカウンターで陽子は泣きに泣いた。泣いて泣いて目が開かなくなったとき慎二がぼそりとつぶやいた。


『ここに居りゃあいいじゃないかよ。陽子の一人ぐらい俺が面倒みてやるよ』

陽子が腫れ上がった目を必死に見開くと、慎二のはにかんだ笑顔が見えた。


剛毅朴訥仁に近し。   完