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あべせつの投稿記録

投稿小説・エッセイなどの作品記録用ブログです

生家は、古くて広くて暗かった。

二階の私の部屋からはお手洗いが遠く、母がおまるを用意してくれていた.


幼稚園に上がると、いよいよ御手洗いへは自分一人で行かねばならなくなった。早速その日の夜中に小用がしたくなり目が覚めた。


我慢していたが、辛抱ならなくなり、しかたなく起き出してみる。

一番上の階段から下をのぞくと、そこはシンと静まりかえり暗い闇溜まりに見える。


父も母も軽くイビキをかいて寝ている。どうにも一人でがんばるしかない。えいやっとばかりに階段を駆け降り、一階の台所の横を右に折れると、神さん棚のある大広間がある。


そこは家の真ん中にあたり、昼間でもひんやりと暗い。

いつも何か得たいのしれないものがいそうな気配がするので、誰かが一緒でないと入らないようにしていた。


その大広間の障子に月明かりに照らされた庭木の影がゆっさゆっさと映っている。


その影には悪魔のような悪意に満ちた顔があり、小さい私におおいかぶさるように迫ってくる。


きゃあ怖い。お化けだあ。


一目散に御手洗いの戸を開け放し、電気をつけ、早く早くと自分を急がせ小用をしぼりだす。


昔のことゆえ、ボットン便所と呼ばれていた便器からは冷気が吹き上げてくる。そのツボ底は底なし沼のように見え、そこに住むお化けにお尻をなでられ引き込まれるのではないかと生きた心地がしない。


済むとまた、暗い廊下を走り込み、布団にもぐると体を縮めて朝を待つ。布団の中にいれば安全だ。


朝になると、母親が笑いをこらえたように手招きするとこう言った。


『せっちゃん。ちょっと来てごらん。あんまりあわててするからよ』


便器を覗いてみると、小さな赤いスリッパが片方ちょこんと落ちていた。

「私の代わりに連れてったんだ」そう思った  完

『死にかけた話』  あべせつ

小学6年の時の楽しみの一つに松竹新喜劇があった。

なにわの喜劇王・藤山寛美率いる劇団の人情喜劇である。

当時は毎週土曜日に週替わりの演目でテレビ放映されていた。


土曜日は午前中のみの授業だったので、それが終わると遊びの誘いも断って一目散に走って帰る。そうするとギリギリ1時からの放映に間に合うのである。


その日もなんとか間に合った。

自営業の両親は自宅となりの工場で働いている。

仕事のキリがつけば、母親がお昼ご飯をしに戻ってきてくれるはずだ。


わたしはそれまでの間の小腹塞ぎに「塩豆」の袋を取り出してきた。

油で炒ったか揚げたかした固いグリンピースに塩味の衣をまぶしたお酒のあてになるあの豆である。子供ながら辛党のわたしは当時その塩豆にハマっていた。


まだ新しい袋の口を開け、手が汚れるのが嫌さに大きいスブーンを袋に突っ込み、すくって食べる。カリカリとした粉砕感と口中に広がる塩味が心地よく、調子に乗って食べていた。


その時、舞台は佳境に入り寛美が滑稽な顔をして、こちらを向いた。

アハハハ・・・。大


笑いをしたとき、塩豆が一粒、ひょぃっとのどの奥へと転がりこんで、そこに詰まった。


ヒッと気管が鳴ったまま、息を吐きも出来なければ吸うこともできない。みるみる顔が赤くなり、苦しくなってきた。胸をどんどん叩いてみるが、塩のせいか気管はますます閉まるばかりで、にっちもさっちもいかなくなった。四つん這いになったまま、動くこともできない。


(あかん。もう死ぬんや)


あきらめかけた時、ポーンとのどから豆が出た。

むせながら大泣きしているちょうどその時、帰宅した母親にこっぴどく叱られた。


それから三十年、塩豆は一度も食べていない。       完

『人生最大の恥』   あべせつ


大学一年の春。それまでのセーラー服から黒のスーツに制服が変わった。お化粧も解禁され、ヒール付きの真新しいパンプスに足を入れると、一気に一人前の大人の女性になったようで嬉しかった。


あれは雨上がりの日であった。授業を終え、帰りの電車のホームでの出来事である。

乗換線のある駅に着き、降車するとわたしは隣のホームへと急いだ。

私鉄沿線が二本乗り入れているこの駅では、電車間の連絡が悪く、降車してすぐ隣のホームに走らないと、次の電車まで十数分も待たねばならない。それが嫌なので皆、一様にダッシュするのが常であった。


わたしもそれにならい、ホームを大股に急ぎ歩いていた。走らなかったのは、まだ踵の高いパンプスに慣れていなかったからである。


カッカッカッ。ヒールを鳴らして歩いていると、突然足元が滑った。

次の瞬間、ものの見事に大開脚をして座りこんでしまっていた。右足は前へ、左足は後ろへ。

つまりはコマネチ選手が平均台上で開脚するあの姿である。


雑踏の空気が一瞬にして固まったような気がした。誰もわたしに声をかけては来ない

わたしは顔面から火を噴きそうではあったが、何事もなかったような顔をして立ち上がり改札を出た。とてもそのまま隣のホームに行く勇気はなかったのである。


それから30分も駅の周りをグルグルしながら時間をつぶし、ようやく乗るべき電車に乗った。

もうあの時の乗客たちは居ないだろうと思いながらも

『ほらあの子』と後ろ指をさされ笑われているような気がして顔が上げられなかった。


今だに忘れられぬ若き日の思い出である







第三十一回課題

『藪の中』的多元視点(芥川龍之介の『藪の中』のように複数の人物の視点で書いた小説




 『人形の家』   あべせつ

 

《Aくんの答え》


 ぼくが今朝、学校に来て教室に入った時には、もうこわれてたんです。マリエちゃんが泣いていてBくんとCくんがお互いに「お前がやったんだろう」と言い合いをしていました。


でも二人とも「ぼくじゃない」と言ってましたけど。

Dくんは「きっとBくんがやったんだぜ」って。


え?なぜそう思うのかは、ぼくにはわからないです。



《Dくんの答え》


 だって・・・。マリエちゃんの人形の家が金賞を取ったとき、Bくんはすごい悔しがってて。


「マリエちゃんのさえなきゃ、ぼくのロボットが一番だったのに」って。だから、ぼくはBくんがやったのかなと思ったんです。


あ、はい。Bくんがこわしたところを見てたんじゃないです。ごめんなさい。

 


《ミカちゃんの答え》


 はい。今週わたしは日直のお当番なので、みんなが来る前に登校するようにしています。今朝も一番乗りでした。わたしが来た時にはもうお人形のお家はこわされてたんです。


え?風で落ちてこわれたんじゃないと思います。

だってマリエちゃんのお家は大きいから棚の後ろのほうにおいてあったんですけど、その前に並べて置いてあった他の作品はひとつも落ちてないんです。


マリエちゃんのだけが床に落とされてて。

それに踏みつぶしたみたいに上靴のあとが幾つもついてました。大きい靴あとだったので、男の子の足跡だと思いました。

 

昨日の放課後ですか?

わたしが帰るときに、まだ教室にいたのはマリエちゃんとBくんとCくんでした。



《Bくんの答え》


ぼくじゃありません。確かにマリエちゃんのに負けたのは悔しかったです。


でも先生。マリエちゃんのはお父さんに手伝ってもらってるんですよ。自分ひとりで作ったんじゃないんです。それなのに金賞なんて卑怯だと思ったんです。それで悔しくて、ついそんなことを言ってしまったんですけど・・・。


でもだからって、踏んづけて壊したりなんてしてません。

ぼくは、そんな卑怯者じゃありません。それにマリエちゃんのが無くなったからって、ぼくのが金賞になるわけじゃないですし。


昨日の放課後ですか?

掃除当番を終わってから、すぐに帰りました。


マリエちゃんとCくんですか?

ぼくと一緒に掃除当番でしたよ。


でもぼくは塾に行かなくちゃいけないので、掃除を済ませたらすぐ先に一人で帰りました。

二人がいつ帰ったのかは知りません。

ぼくが帰るときには、人形の家はちゃんと飾ってありましたから、ぼくが帰ったあとで誰かがこわしたんだと思うんです。   


え?上靴の底ですか?今朝下ろしたばかりなのでキレイですよ。昨日書道の時間に墨をこぼしたので新しい上靴に変えたところなんです。


《Cくんの答え》


ぼくは絶対Bくんだと思ってるんです。

あいつ、級長だからっていつも自分が一番じゃないと気にいらないんです。


マリエちゃんのが金賞で自分のが銀賞だと明日の参観日に親にバレるのがイヤで、マリエちゃんのを壊したにちがいないんです。


先生、あいつはいつも優等生してるけど、本当は腹黒いイヤなやつなんです。だからあいつに仲のいい友達なんて一人もいないんです。


昨日の放課後ですか?

ぼくとマリエちゃんは掃除当番でした。Bくんもそうなんですけど、塾があるからって最後まで掃除せずに途中で先に帰ったんです。ぼくとマリエちゃんは最後までやって一緒に帰りました。


その時には人形の家はちゃんとありましたよ。

たぶん、あいつが今朝早くに来てやったんだと思うんです。


上靴の底ですか?

汚いですけど、これが何か?



《マリエちゃんの答え》


わたしが自分で壊したんです。掃除をしてたら落としちゃって。わたしが落としたところは誰も見ていないと思います。あわてて棚にもどしましたから。


え?Cくんと一緒にですか?


あ…はい。でもBくんも最後まで一緒に掃除していました。Bくんだけ途中で先に帰ったりなんてしていません。

Bくんは真面目で、そんなウソをつくような人じゃありません。だから級長さんをしているんだし。


むしろCくんのほうがちょっと・・・。


Cくんとですか?ええでもCくんとは一緒に帰ったと言っても、校門までなんですよ。


そこで別れたので、その後Cくんがどこに行ったとかは知りません。