課題「余韻のある結末」
蛍の光
あべせつ
あれは僕が十二歳の夏だった。祖父急逝の知らせが届けられた父は、僕を連れてすぐさま郷里へと車を走らせた。山奥のその家に着いたときには、もう日が暮れていた。
通夜に訪れた客人たちの靴で埋め尽くされた玄関に入ると、祖母が出迎えてくれた。
「宏和、よう帰ってきてくれたな。カズちゃんも疲れたでしょ。早う、お上がり」
「母さん、親父えらい急やったな」
父があわただしく靴を脱ぎながら聞くと祖母は眉をひそめ首を振った。
「お父ちゃんが知らせるな言うから、あんたには言わへんかってんけどな、先月ぐらいから、寝たり起きたりで、あんまり良うなかったんや」
「そうかあ、言うても親父も大概ええ歳やったからな」
「そや、九十歳言うたら大往生や。カズちゃん、お腹空いたやろ。ご飯するさかい広間におりなさい」
祖母は僕を気遣って声をかけた。
広間に行くと大きな座卓の上にお煮しめだの、おにぎりなどが所狭しと並べられていた。それを肴に既に出来上がっていた親戚らしい叔父さんが僕に話しかけてきた。
「おまえ、どこの子や。この辺で見ない顔やな」
「何言うてんの。この子は宏和さんとこカズちゃんやがな。大きいなったねえ」
その叔父さんの嫁らしい叔母さんが、間に入ってくれた。
「なに、宏和んとこの子かいな。お前のお父さんはほんまに親不孝もんや。一人息子のくせに年寄りの両親を田舎においたまんま、家を出てからに」
「ちょっと、あんた何言いよん、こんな子供に」
「あのぼく、トイレに行ってきます」
酔っ払いにからまれるのがいやで、ぼくは早々にその場を逃げ出すことにした。
広い屋敷の中、トイレからの帰りに迷ってしまった。中庭のある長い廊下を行ったり来たりしていると、奥の間から呼びかける声がした。
「そこに誰かおるんか」
「はい、和也です」
そう言って障子を開けると、そこには祖父が床に臥せっていた。
「おじいちゃん?」
「ああ、カズ坊か。大きゅうなったなあ。遊びにきてくれたんか」
「えっ、おじいちゃん」
死んだはずではとも聞けず僕はうなづいた。
「おじいちゃん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫やで。心配せんでええ」
おじいちゃんは生きている。早くみんなに知らせなきゃと思った時、声をかけられた。
「カズ坊、頼みがあるんや。そこに一升瓶があるやろ。その瓶の栓を外してくれへんやろか」
見ると祖父の部屋の床の間に少量の水と数本の枝草の入った一升瓶があり、中に数匹の虫が入れられていた。
「蛍や。栓開けたら逃げちゃうよ」
「ええんや。逃がしてやろうと思うてな。部屋の明かりを消しておくれ」
栓を開け、しばらくすると蛍が一匹、暗い部屋の中をスーッと光の尾を引きながら瓶の口から飛んで出ると、天井近くの土壁に止まった。それに続いて一匹、また一匹。壁に仲良く並んだ光の点滅がきらめいた。
「一つ、二つ、三つ・・・・・・七つ。おじいちゃん、見て見て、すごいきれい。北斗七星のお星様みたいや」
「ああ、きれいやなあ」
光の点滅がお互いに呼応しあい、段々規則正しくなっていくのを見ている内に、僕はいつの間にか祖父の布団の端を枕に眠ってしまった。
「カズちゃん、カズちゃん」
祖母に起こされて目が覚めると広間にいた。
「あ、おばあちゃん、おじいちゃんは」
「カズちゃん、ありがとうね。おじいちゃんはお迎えが来たんよ。でもカズちゃんがそばにいてくれたから寂しくなかったと思うよ」
祖母はあの一升瓶を手に持っていた。
「えっ」
僕は一目散に祖父の部屋へと走った。
お通夜の客が出入りするためか、祖父の部屋の障子は開け放たれていた。
「ええお顔してはりますな」
太ったお坊さんが祖父の顔を見て、その場にいた皆にそう言った。
ふと中庭を見ると草影に蛍の光が見えた。
一つ、二つ、三つ・・・・・・八つ。
(おじいちゃんだ)
そう思った。 完