今年の大河ドラマは渋沢栄一の「青天を衝け」です。
コロナの影響で今年は2月から
なので
ドラマがはじまる前に事前学習するため生誕の地深谷市で史跡巡りをしました。
初めに向かったのは渋沢栄一記念館です。
この記念館の見学は現在完全予約制です。(コロナ感染防止のため)
①渋沢栄一記念館

館内は、アンドロイドによる講演室と資料室があります。
はじめに予約した講演を受けます。本日は私一人でした。

時々目が合うアンドロイドの渋沢先生、生きているみたいです。
生前講演した内容の再現のようです。有名な論語と算盤のお話です。
講和の後に質問時間がありますが、すべて案内人の方が質問
案内人:「先生、好きな食べ物はなんですか?」
アンドロイド:「煮ぼうとうだね。」、「体が温まるんだよ」
さすがです。地元の宣伝しっかり受けました。
講和の後、資料室を見学、そちらも詳しい案内の方がいて丁寧に説明を受けました。
この記念館を起点に車で施設めぐりができるようになっています。駐車場に案内図あり。

パンフレットもいろいろあるので、現地調達で十分、史跡ごとに駐車場もあるので車で移動できます。
②渋沢栄一生家(中の家(なかんち))
なぜ、中の家かというと、この地域は渋沢さんが多く、渋沢さん一帯地域の中間に位置する家

とてもご立派な家です。現存しているのもすごいですが。
主屋から周辺を見学すると、なにやら看板が
③煮ぼうとう

ちょうど、お昼なので渋沢先生おすすめの煮ぼうとうをいただきます。
醤油ベースのほうとうです。

体が温まりました。地元のお味いただきました。
④尾高惇忠(おだかじゅんちゅう)生家

渋沢栄一の10歳年上の縦兄弟であり、論語を教えた師、渋沢栄一は惇忠の妹千代と結婚する。
渋沢栄一と関りが深い。

下は藍玉、藍染めをする際に使用する玉、草から作る。
渋沢家が生産していたもので、栄一はこれを売ることで経営の基礎を得る。

⑤藍香尾高翁頌徳碑(鹿島神社)
尾高惇忠の人となりや業績を伝える碑、写真赤枠は、徳川慶喜篆額


栄一は、惇忠から学問を習い、生活をよくするたには政治からという考えで20代で倒幕計画を試みる等、行動が大胆
その後、倒幕どころか、徳川慶喜の幕臣へ、そして慶喜の弟昭武の随行でフランスへ行きそこで、社会、文化、思想、そして株を学び利益を得た。
帰国後は、すでに大政奉還後、昭武は静岡の藩主へ、徳川の武士の多くの生活フランスで得たを経済の知識で支えることになる。
その力量を明治政府に認められ、次は明治政府の一員として活躍、現在の日本経済の形をつくる。
約500社の株式会社設立に関り(富岡製糸場含む。)日本経済の父とよばれる存在へ
⑥誠之堂
誠之堂は、大正5年(1916)、渋沢栄一の喜寿(77歳)を祝って第一銀行の行員たちの出資により建築されたもの。



はっきりいって、迎賓館、このような建物をプレゼントされるほどスケールがでかい人というか、それほど利益を得たということでしょうか。
一度、この場所にきて、詳しい案内の人にお話を聞き、渋沢栄一に一層興味を持ちました。
本を読んでいてもとてもイメージアップでき、読んでいて楽しい。
帰りは、道の駅でお買い物。深谷の名物はネギです。ネギバーガーいただきます。

2024年の新1万円札は、渋沢栄一さんです。
余談ですが、史跡巡りエリア内に、日帰り温泉数件あります。
記念館には無料のレンタルサイクルもあります。
が、交通量も少ないので、自動車でまわるのがよいでしょう。