18才の春、桜咲く。希望と未来への期待を胸に、家を離れ、寮生活。大学や社会人を経て入学した新入生、子育て中の主婦までいる。今までとは違う、多彩な仲間との療法士への道。私の明るい未来への一歩を踏み出したはずだった。50を過ぎた今、私は………
解雇通告から1ヶ月あまり。解雇に対する対応と自宅教室に向けて、ちょっとずつ動き出している。業界関連会社訪問商工会相談労働基準監督署相談教室用口座確認スマホ契約使わない複数の口座があった。ひとつは、結婚後辞めた勤め先の給与振り込み用だったもの。20年以上放置している。隣接県の銀行で、地元に支店を構えている。その口座を教室用に考えていたが、銀行より、個人事業用なら、県内の銀行口座が良いとの事。ならば、長女高校授業料振込用にしていた県内銀行を教室用とする事にした。事業用スマホ通信料も、そこから引き落とし。長く放置し、忘れさられていた口座。幾らかまとまった額が残っていた。これが無くなったら、この自宅教室は辞めると決めた。こだわらなければ、この教室運営にそう多額の資金は要らない。鉛筆と教材と関連物品と場所さえあれば、始められる。教材や関連物品も、生徒負担で購入するものを考えると、教室として負担し揃えるものは、大してない。少なくとも教室として万円かけるほどのものではない。資金をかけずに始めたいと考えている。そして、商工会で聞いた、複式簿記で帳簿記帳のため文具店に足を運ぶも、GWのためか、どこも店はお休み。なかなかスムーズに行かない。個人と分ける為、別のお財布も欲しいような、、あぁーっ、早く帳簿用意して形ばかりにも、自宅教室運営開始にしたい。どう書いていいか分からなくて、悩むんだろうなぁ・・・分からなければ、商工会に何度でも足を運ぶぞ‼️😤好きな事、やりがいある事だから、面倒も面倒と感じない。行動する事で、人に会い会話する、、、今まであまりにも無かった大人同士の交わり。新鮮な世界観。講師業から離れて違う仕事を考えてもいい。違う人間関係に触れるのも身の為かも知れない。でも、やっぱりこの10年の積み重ねは大事にしたい。教室を継続した上で、この教室利益では収入が乏しい時、この自宅教室の灯火が消える時、その時は、他の仕事を考える。教室と並行して他の仕事をするのもありだろう。解雇の不安拭えない中でも、一歩一歩進める感じが、心地よい。
自己肯定感が低く、自信なし他者比較に悩まされ、他人からの評価を過剰に意識する。55にして、今ある自分の本当の姿。みんなちゃんとやってるのに、、、どうせ陰口叩かれてる、、、拭えない感性。こんな私が他人の子供の教育に関わるなんて、、、でも意外と、その不完全が活かせる講師のお仕事とも言える。子供でも、しっかりしている子もいる。ひょっとして、私の方が、心は幼いかもしれない。心は子供、体は老いに向かいつつある大人。
『スマホが壊れた‼️』ちょっと前から、そういえば調子悪かったスマホ。使うのに支障ないから、そのうちに替えないととは思ってた。新品で使い始めてもう4年くらいたっただろうか。か…ameblo.jpスマホが壊れたのを機に、スマホを辞めて3年。解雇通告を機に、スマホを新規契約してきた。本体価格1円。月々1600円ほど。なんと安い‼️そろそろ、日本通信による家族のお古のスマホ利用で、格安にスマホ所持を検討したが、よくわからないまま放置していたところ。行動すれば、あっという間の自分スマホ。今月分通信料は、来月引き落とし。なので、1円でゲット。早速使えるとの事。よくわからないスマホ扱いの面倒もあるとは言え、やっぱり人や情報に繋がる自由を得たのは嬉しい。リビングで集う家族に思わず、「ちょっとぉ〜‼️ 誰か私に電話してよぉ〜🙏🙏🙏🙏」と 頼むも、みんなそれぞれスマホで何かに夢中。しびれ切らして、「 ちょっとぉ〜・・・・・ もおっ‼️‼️‼️😤😤😤😤😤」仕方なく、旦那が嫁にTEL。「ウィーン、ウィーン🛜」聞き慣れないが、確かに私のスマホが鳴った。よしっ😤😤😤😤
解雇通告を受け、自宅教室開講に向けて動き出している。「開業届」は今の所、届けずに始める事にした。教室自体、どこまで成立するかわからない。でも、10年近く講師として過ごしてきたこの時間と、自身のやってきたプライドは、無駄にしたくない。例え通用しなくとも、人に突きつけられた終わりではなく、自分で決めた終わりでありたいと思う。
おでかけしない夫婦。連休の予定を立てる習慣はない。子供も大きくなり、手がかかる事も無くなった。ここ最近は、とっ散らかったまんまの家の片付けを少しづつ進めていた。そんな中にあった解雇通告。気持ち乱れ、今後のために出かけたり、情報収集をしたり、家の片付けは中断気味だった。連休でもあるしと、また、家の片付けに手をかけた。やはり、子供のものが多い。作品、賞状、成績表、写真、、、何から手をつけていけばいいか悩みどころ。作品は、たまたま見たり手にすれば、思い出に浸るが、わざわざ出してみるかと言えばそうでもない。後ろ髪引かれつつも以前廃棄している。賞状と成績表は、まとめてあったものもあったので、子供一人一人まとめて保管。6、7年分くらいか、溜まっていた写真は、アルバムにして保管。何年越しにして、やっと取り掛かったアルバム整理。写真注文して送られてきた、まだ未開封の写真もあった。何年も放置してきたあれやこれや。マイペースにひとつづつ、無理なく徐々に片付けていこう。
解雇通告から1ヶ月。この解雇は、雇用側にとって仕方ないものなのか、それとも、悪意あるものなのか、疑心暗鬼は尽きない。「あの人首になったんだって」などの嘲笑はないか雇用主は、私をどう扱うのか個人の名誉は守られるのか、雇用はどこまで守られるのか、オリジナルティある教室での指導法を、勝手に利用されるんじゃないか、、モヤモヤは絶えない。
シチュエーションは覚えていない。「 お母さんの言う事聞かんからや‼️ 」何か失敗したり上手くいかない場面で聞いた母の言葉。私が消極的で他人任せなのは、きっとそこに由来する。そうであるにも関わらず、時に大胆でもある。こんな私が、自宅教室開設に向け、業界関連会社に足を運び、社長さんとお話しする機会を得て、お名刺までもらい、商工会に出向き起業相談、今回の解雇にまつわる不安を、労働基準監督署に相談、消極的が、何処か能動的に動いている今。ママ友中心に周囲は、この能動性は白い目で見るのだろう。噂話のネタになるに違いない。敵はいても味方はいない。なのに、そんなのお構いなし。
ネットワークを持たない集う友も居ない結婚後、両家共に大して付き合いをしないきょうだいすら疎遠にしてしまい学生時代の仲間との絆からも距離を置き、幼き頃から可愛がってくれた両親の郷里も疎遠にして、私はこれから、どれだけの孤独を味わうのか
4月はじめにあった解雇通告。『解雇』という言葉は無くとも、雇用はこの1年までとはっきり言われている。この節目を、新たな出発の起点と捉えつつも、不安や焦りは、半端ない。常日頃、今後の振る舞いについて思案する日々が続いている。いつもだったら、『大谷』『山本』『佐々木』と、メジャーリーグテレビ観戦しながらマイペースに過ごす日常だが、この1ヶ月、そんな気にもなれなかった。『大谷今季初先発』という絶対見逃さない試合も、今となってはそっちのけ。悶々とした日々に身を置いた1ヶ月。そんな日々にも、『りくりゅう引退会見』は、固唾を飲んで見届けた。こんな緊張感ある最近にあって、そこは抜かさない自分に、ちょっぴり微笑む自分が居た。と言うより、ショックの生々しさが抜けてきたというか。解雇の衝撃。指導に至っては、ほぼ1人で担ってきた教室運営の10年。その間卒入学や、進路選択、進学、就活、就職と、我が子の節目節目を、毎年のように迎えてきた。そんな、10年への思い入れ。そんな思いを背負って、今を生きる。
雇用主の本音はわからない。塾は辞めるが、果たして本当か?最近の生徒卒塾も、雇用主の裏裏での、何らかの働きかけでもあったんじゃないんだろうか。知らないところで、着々と、追い出しにかかられているんじゃないんだろうか。理不尽に扱われているんじゃないのか。打ち消す事のない、不安と苛立ち。
解雇通告。新たな第一歩が始まる。この始まりに不安は付きもの。『 本当は、教室を辞めるのではなく、私個人を解雇したいんじゃないか? 』『 教室を辞めると言いながら、私を追い出して新たに誰か雇って再始動するんじゃないか? 』理不尽で、私のプライドをズタズタにするシナリオが頭によぎる。どうしようもない不安。裏でどう扱われているかわからない不安。希望を胸に明日に向かいたい今。
10年弱の今の勤め。1年ほどで解雇になる。講師業から離れる事も考えたが、講師業にどっぷり浸かって捧げた10年。指導分野の枠を超えて、発達的視点やメンタル的側面からも、子供の成長に関わってきた。1年後から始まる未来に向けて、走り出した55才の春。雇われて働くばかりでなく 、自宅一室にて自分で教室を開く。そのために、指導分野関連会社に足を運び、起業として、然るべきところにアドバイスを求め、未来を作るために動き出した55才の春。
毎月定額貯金していた若かりしこの母。資産形成で、今や銀行で貯金の時代ではない。看護師3年目となった長女にも、資産形成をとNISAを勧めてきたが、忙しさを理由に、相手にされていなかった。一昨日帰省した長女。やっと長女の口で自ら『NISA』の話が出てきた。そろそろNISAを始めようと考えている。この2年間、家賃、光熱費、食費と、一人暮らしをする事で、生活力を身に付けてきたようだ。1年余り、自炊はほとんどしていなかった。昨今の物価高や、勤め先も職員食堂が無くなるなど、負担も大きくなり、生活を見直す必要に迫られたようだ。今や自炊して、弁当持参で出勤している。実家に居れば、お金はかからない。貯金も貯まる。だけど、一人暮らしだからこそ、より自立心を高めたよ うだ。数字に弱い長女。それでも、資産形成を具体的に考えようとしている。
解雇、、、、およそ10年の節目に、これまでの10年を思い感極まる思いと、新しく始まる10年に、不安と共に新たな出会いに胸踊らせる思いが交錯する。ここ最近桜道を歩きながら、桜が、私の新たな10年を祝ってくれているような、今日の雨すら、もの寂しさよりもむしろ、これからの10年を雨が祝ってくれているような、無念すら、夢と希望に置き換えていくような、そんな今。
桜咲く季節を控えての合格発表。未熟な夢と希望と、初めて家を離れる緊張感。桜の花びら舞い上がるあの駅にたった18の春。桜咲く季節を控えて学校を去った21の春。呼び出しに怯えつつの面談。事実上の中退宣告。受験を意識して頑張った高校生活と、進学先での学校生活。トータル6年を思うと、到底受け入れられなかった。ズタズタのプライドと共に、その感覚をどこか引きずって生きてきたこの身。そして桜咲こうとするその季節に、事実上の解雇を宣告された55才の春。いつにない「 明日早く来てください 」の声かけに、あの21才の春が重なり、余計に気が沈んだ。雇用主は、連絡や金銭のやり取り以外、教室の全てを全面的に私1人に任せ切っていた。雇用主の教室への思い入れはあまり無く、その内こんな日が来る心づもりは持っていたところ。でも、21才の春と違うのは、苦味はあっても、また這い上がってやる気概は強い。子育ても終盤、子供達の小・中・高の卒入学や進路選択、受験、就職と言った節目節目が、この講師歴10年と共にあった。子供の自立、親の高齢化、自身も年齢を重ね体にガタがくる年になってきた。めくるめく季節と、年月の積み重ねを思いながら、入学シーズンの桜並木を見つめた55才の春。中退の惨め子供の成長ママ友との確執やいじめ、、、どちらかと言うと、ネガティヴな思い出ばかりが先に来るが、いい事も悪い事も、楽しかった事も辛 かった思い出も、何もかもを、過ぎ去っていった出来事として、未来へ向かう今を生きる。
講師歴9年弱。コミュニケーションにコンプレックスを持ちつつも、雇われ講師として子供と関わってきた。幾らかの実績も作り、軌道に乗っている自負もある。この度経営者より、1年後教室を閉める旨、説明を受けた。この9年近く、講師としての知見を深め工夫し、子供達の向上に努めてきた。全くのひとり仕事で孤独でもあったが、それでもやりがいあるものだった。つくづく、人に使われるのは似合わないと思い知らされた9年。普通ならきっと、それはダメあれはダメと、型にはめられるのだろうが、いろいろ工夫して取り組む事が、ほぼほぼ許されてきた。自分1人に任されてきたからこそ、許された。自分しか居ないからこそ、直接人間関係に悩む事もなかった。時給いくらの仕事だったから、生徒数が少なくても、一定のお給料 は貰えた。その経済的保証とやりがいが、セットで無くなる。学校を辞める事になったあの日と被って仕方ない。30数年前のあの日と。
どこかわからないあるかわからないでも私は探し続けるそのぬくもりを追い求める握りたい握られたい触れ合い感じたい、あなたのその手い
ぬくもり安心信頼私が探し続ける大きくてあったかい、あなたのその手未だ探し続ける、あなたのその手どんなに飛んでも届かない追いかけても追いかけても届かない、あなたのその手
塾講師アルバイトをしている大学3年生長男。2月から、コンビニバイトも始めている。人手不足の昨今。 大学入学後の塾講師デビュー当初1年ほどは、あまり出番なく、時間を持て余す事も多かった。2年目辺りから、塾講師アルバイトの時間も増えてきた。プライベートを大事にして、そこをなんとかと頼まれる中、リゾートバイトや旅行の計画を立てるなど、無理にアルバイトを入れる様子はなかった。ただ、生徒の信頼を得たり、生徒の成長を喜ぶ経験等を積むに連れ、生徒ファーストの姿勢となっていった長男。人手不足を嘆く。講師不足は、ダイレクトに生徒にしわ寄せが来る。それが許せない長男。しょうがない、しょうがないと、無理を続けるのが気がかりだ。数人の講師の中で、圧倒的に負担を引き受けている。他教室と兼任で遠方から来ている教室長に気づかい、生徒に気づかい、気づけば、無理を押して働く長男。人手不足の世に人生を歩む長男世代。出来る協力はしつつも、自分を見失う事ないよう、世渡りの要領も身につけてもらいたい。アルバイトより学生である本文を後回しにしてはいけない。時折声掛けするが、あまり響かないようだった。ところが就職にて辞めていく講師同僚。今後さらに人手不足となる。その内の1人の講師が、無理して尽力する長男に、普段から心配の声掛けを欠かさなかったようだ。その彼女から、深い心配も込めて、長男へ忠告の長文が送られていた。母として本当にありがたい。そのメッセージは、今の講師アルバイトだけでなく、社会に出てからも言える事だ。そのメッセージは、保存して、何回でも見直しなさいと言った。無理してやればやる程、自分のためにも組織のためにもならない。あなたがやればやる程、周りはそれが当たり前になっていく。いずれ辞めていく身。君が居なくなったら、組織が持たないんじゃないか。本来なら、それをどうしたらいいかと組織が考える機会を、あなた自身が潰しているのも一緒だ。
突然明日帰ると言って、急な帰省となった2年目看護師の長女。3日滞在後あっという間に戻って行った。大学3年生長男は、来春就職にて、おそらく家を出る。末っ子の次女は、まだ残り3年の学生生活を残す。今自宅で生活する長男・次女は、この春休み、バイトに精を出す。子供が家に居ない時間も増えた。手間のからない分、親の側は、これまで以上に時間的ゆとりができる。最近、長年手をつけなかった自宅の片付けに、少しづつ手をかけるようになってきた。幼少期の子供達の作品も、長年触れることはない。飾っていても、そう、思い入れたりじっくり見入ったりはしない。そのくせ、捨てとなると、やたらと懐かしく、子供の成長に思い馳せる。捨てるのは、後ろ髪引かれる。だけど、昔の思い出に場所を取られ、日常の手間を取られするくらいなら、処分して、未来のための空間にしていこうと思う。数年数十年後、なんであの時捨てたのかとの後悔なんて、絶対ない。だって、それがあったとの認識すらなくなってるはずだから。子供の作品が、いつしか孫の作品に代わるといいのにな。