18才の春、桜咲く。希望と未来への期待を胸に、家を離れ、寮生活。大学や社会人を経て入学した新入生、子育て中の主婦までいる。今までとは違う、多彩な仲間との療法士への道。私の明るい未来への一歩を踏み出したはずだった。50を過ぎた今、私は………
教室開校に向け、料金設定に四苦八苦。こうでもない、ああでもない、、、何度も手直し。やったー出来たー👍👍👍👍それも束の間、やっぱりこうしたら、それならこうしたら、、、そうしてできた資料に目を通す塾講師大学生長男。ママさん達に、「 ¥200/10分 」 みたいな表現は、わかりにくいって。それだったら、「 10分あたり¥200 」とかの方がいい。●曜日●時固定コマの、振替なしってどうなん?熱が出て休むとか、生徒 事情の休みもよくあるやん?こっち都合の押し付けみたいなのもどうかと思うけど、、、出来上がった料金表も、長男と次女揃って、「ここが見にくい。意味わからん。」指摘が並ぶ。耳が痛いとは言え、どっか頼もしい我が子達。いつまでも子供と思っているが、頼もしい一面ものぞかせる。そう、、、あくまでも一面、、、やっぱ子供は子供。でも、どこか頼もしい我が子達。
自宅教室開校に向け、日常的に書いた消したやっぱり書いたを繰り返した料金設定。昨日から、パソコンに打ちこみ開始。出来上がり、何度も検算を繰り返し、改めて見直すと、、、やっぱり「ここは変えたい」ってところが出てくる。その、ひとつの変更が、広範にわたり響いてくる。だったらここもあそこも計算し直し、、、休憩を挟みながら、進めて行く。大変でも苦痛じゃない。やりたい事やってるから。現教室閉校後、ついて来てくれた生徒さんの受け皿になりたい。そして、やりがいと収入の両輪を成立させたい。扶養内収入があればいいと思うが、それすら満足にならないんだろうな、、、きっと。試行錯誤を繰り返し、進めて行く。
講師をする分野の教室は、週2回50分お稽古で月¥7000 週3回で¥9000のような料金設定。来年度より検討している自宅教室は、進度・お稽古時間・お稽古回数、単発お稽古予約頻度によって、細々料金算定。決められた時間的量さえこなせば、自由設定できる。その料金体型を、ずっと何度も書き換え、考え続けてきた。その他、教室方針も、おおかた決まりつつある。昨日今日と、2日がかりで、料金体型その他を仕上げ、内容をパソコンに打ち込みプリント。大して付き合いもせず、引きこもりかとぼやきたい日常だが、だからこそ、この自宅教室詳細を細々と検討を繰り返し、何度も書き換え、やっと幾らか納得できる内容を仕上げる事が出来た。引きこもりも悪くない。コミュ障だからこそ、生まれた余裕。きっと、教室を開校したら、いろいろ不具合を感じる事だろう。だけど、自分でひとつずつ決めていくのは、やりがいあることだ。
来年春から、独立する。あくまでも、自分ができる範囲。今ある環境で始めるのが基本。だけど、いろいろ検討するにつれ、欲も出る。●万円かけて、あれ買ったら、、、●万円かけて、この会員になったら、、、生徒中心に考えるほど、集客を意識すればするほど、基本としたいところから、ずれて行く。費用をかけず、少しずつ見極めながら、自身の状況も考えつつ、教室の規模を検討したい。最初につけた線は、重要だ。後から変えるのは、手間暇を要する。いっその事、扶養範囲なんて考えず思いっきりやりたい。でも、高齢の両親の今後を考えると、果たしてどこまで自由が効くのか、、、きっと、慎重を基本とすれば、慎重なりの未来。堅実の反面、どこまでも小規模運営だろう。どこかで不満も湧くはずだ。思いきり扶養範囲なんか考えずにすれば、両極の未来なんじゃないだろうか。下積みを経て、当たれば、活躍し大儲けの未来。外れれば、かけた経費を回収出来ないか、それに見合った儲けを生まないか、、、不透明な未来まで考えると、身動き取れない。慎重であるのが、果たしてどこまでいいのか。思いっきりやって、規模が大きくなる未来に、自分の自由がなくなって、教室に関われなくなったら、、、その時は、人を雇うとか。雇用される側は、最終責任は無い。辞めたらそれまで。その後の事は雇用主が対応する。だけど、個人事業主は、そうはいかない。自問自答は続く、、、
解雇通告から4ヶ月自宅教室開設に向け奮闘中ばね指の手術もその一貫。聞き手だから、生活への影響もあった。大変とは言いつつも、そこまで支障なく過ごす事はできた。来年春からはじめる自宅教室。普通は月い くらみたいな月謝設定も、かなり細かく設定するのは、結構オリジナリティーあるところ。如何に生徒をその気にさせるかと考えるにあたり、月謝設定を通して保護者のより高い意識を促す事で、生徒のお稽古環境を高める狙いもある。自宅教室開設とは思っても、家族の事情や周辺への配慮を考えると、自宅以外の会場も検討しておきたい。自宅が中心だが、一部外部会場も利用とかのパターンもあるだろう。将来的に自宅外会場が中心になる日もあるかも知れない。能動的に関われるのは、とてもやりがいあるところ。
3月末解雇宣告をした雇用主。5月に面談、6月に教室閉校のお知らせという段取りでと言う話だった。結局5月面談なし6月閉校お知らせなし6月はじめ、こちらから、解雇や教室閉校について文書回答求めるも、未だ回答なし。給与は、しっかりいただいている。ただ、曖昧でいけないものはいけない。だけどお金欲しさに大人しく言われるがまま、なされるがま までもいいのかもしれない。でも、お金を優先にできない事もある。私の指導を受け、時に涙しつつも辞めずに通い続ける、私の可愛い生徒達。厳しさにも時に涙しつつ、ついてきた生徒達。守りたいものがある。そこはお金ではない。閉校の後、私の元で指導を受け続ける訳ではなくとも、せめて、彼等親子みなさんの、最善の選択が成されたものであって欲しい。そこは、お金じゃない
1年後の解雇通告から3ヶ月。解雇後の教室開設に向け情報収集、そして日常の放置してきた事に向き合い、来春のスタートを見据えて今を過ごしている。昨年春、左手ばね指の手術そして今回右手ばね指手術気がかりは、ひとつひとつ解消していく。
10数年来、降圧剤を飲んでいる。高血圧、緑内障、糖尿病、、、、、年齢を重ね、体もガタが来る。通院は欠かさない。今度は、ばね指。現在、術後10日を過ぎた。昨日、半分抜糸。明日、残り2糸抜糸。このばね指でお世話になっている病院は、車で10数分。ただ、旦那が通勤で使う車1台をやりくりする我が家。夕方仕事の私には、車の段取りが難しい。普段から、日常の運動はしない代わりに車や自転車に頼らないよう、心がけて、不便を置いている。壊れた自転車は、放置。車がなければ、歩いて目的地へ向かう。やっぱり出かける用事は、車の都合に合わせてしまう。だからこそ、このばね指治療のための通院は、術後1週間は、日曜以外は毎日通院となり、片道徒歩1時間余りを、自身に課す機会になった。4回、徒歩通院した。明日・明後日と、またまた徒歩通院。ただ、1週間に4回も徒歩通院したにも関わらず、血圧の数値は、思ったほど下がらない。上120代 下80代ここ1〜2ヶ月、上110代 下80以下が、出なくなっている。病院での測定も、以前は上110前後 下70前後の、いつも低い数値だったが、今は、上130代 下80後半と、血圧が下がりにくい体になっているのが気がかり だ。前なら、お出かけしたらしっかり下がっていたのに、今は、こんなに歩いたのに思ったほど下がらない。健康が徐々に脅かされている。少しの配慮しかしていなかった食生活も、さらに改善必要か。
次女のはしゃぎ声がする。見ると、オンラインで繋いでゲーム。傍のスマホからも騒がしい声。大学の友達かと思えば、LINE通話相手は、家から2時間の地に住む長女。うちに居る時も変わらぬ、きょうだいの姿。お年頃の娘2人、素敵な殿方なんて目もくれず、ゲームに興ずる我が娘達。いつまで経っても変わらぬ姿に、少々戸惑いつつ、でも、変わらぬきょうだいの姿が微笑ましい。ささやかな幸せ。
呆然とする21才の私。正しい道から外れた落ちこぼれ・・・・・・落ちこぼれを帳消しにする何かが欲しかった。よくわからない “ 何か ” を求めて生きてきた、この30年余り。解雇通告が、その何かに近づく、はじめの一歩だったりするのかな、、、、、
雇われて働くのは、ひょっとして自分には合わないのか。どこにいても、たたかれてきた。コミュ障が、よりそれを加速させる。今の講師業は、雇われてはいるが、事実上1人仕事。だからそこまで、たたかれるシチュエーションはない。「 正しけりゃ、何でもいいんじゃない! 」と先輩格数人に囲まれた20代のある日。「 この子は、商売さしたったらいいんや 」当時職場の役職が、何気に言った言葉。忘れていたけど、その真実が見え隠れしてきた、ここ最近。より良くと思う気持ちは、疎まれ、攻撃の対象だった。確かに、協調性には欠けていたかも知れない。だけど1人仕事には、攻撃されるシチュエーションは生まれない。個人事業は、もしかして、私には相性抜群なんじゃないか。自宅教室開講に向け、動き出したここ最近は、とても清々しく、充実感半端ない。不安より充実の方が勝る。絶対いずれ、上手くいかない現実とも向き合わなくちゃいけない日々があるとは、心得つつ、、、、
解雇によって、自宅教室開校に向け動き出した私。開校とは言っても、特に何か買い揃えるなどはしないし、生徒がいる保証もない。表立って派手な宣伝も消極的。今ある環境下で、講師を続ける事を基本に、教室の動向と私個人の事情のある無しによって、その後を考えたい。この1ヶ月半の間に、行動を起こした事によって出会いが増えた。高学歴の人、業界を牽引するような立ち位置にある方、社長さん、、、片隅でひっそりと講師業をする引きこもり主婦にしては、大したもんだ。
何の付き合いもせず、声掛け・振る舞い・態度、、私は身 に付けないままだ『人が笑う』に怯える日常人生リセットしてやり直したい
講師としてもうすぐ9年。卒入学シーズンの多数卒塾が重なり、生徒数が極端に減っている。そして、新規生徒受け入れを雇用主が控えているとしたら、その影響が大きいと思われるところ。教室は、今年度まで。ならば、今後に向けた準備ももう無い。現在では、ほぼマンツーマン。それでも、生徒のいない空白の時間ができる。雇用主は、特に仕事を回さない。しっかり給与を払った上に無理強いしないのは良いが、空白の時間が増えるのは、ある種拷問だ。何をしようと考える時間が増えた。教室閉校は、まだ内内のみで、生徒・保護者への周知がされていない。表向き出せない情報なので、閉校に向けた活動も控えがち。自分について来る生徒がいる以上は、簡単に辞めると言えない。閉校に伴い解雇される身。この1年どうしよう。時間が出来たからこ そ、今いる生徒のため、自宅教室受け入れのため、有効に使いたいものだ。
解雇通告から1ヶ月あまり。解雇に対する対応と自宅教室に向けて、ちょっとずつ動き出している。業界関連会社訪問商工会相談労働基準監督署相談教室用口座確認スマホ契約使わない複数の口座があった。ひとつは、結婚後辞めた勤め先の給与振り込み用だったもの。20年以上放置している。隣接県の銀行で、地元に支店を構えている。その口座を教室用に考えていたが、銀行より、個人事業用なら、県内の銀行口座が良いとの事。ならば、長女高校授業料振込用にしていた県内銀行を教室用とする事にした。事業用スマホ通信料も、そこから引き落とし。長く放置し、忘れさられていた口座。幾らかまとまった額が残っていた。これが無くなったら、この自宅教室は辞めると決めた。こだわらなければ、この教室運営にそう多額の資金は要らない。鉛筆と教材と関連物品と場所さえあれば、始められる。教材や関連物品も、生徒負担で購入するものを考えると、教室として負担し揃えるものは、大してない。少なくとも教室として万円かけるほどのものではない。資金をかけずに始めたいと考えている。そして、商工会で聞いた、複式簿記で帳簿記帳のため文具店に足を運ぶも、GWのためか、どこも店はお休み。なかなかスムーズに行かない。個人と分ける為、別のお財布も欲しいような、、あぁーっ、早く帳簿用意して形ばかりにも、自宅教室運営開始にしたい。どう書いていいか分からなくて、悩むんだろうなぁ・・・分からなければ、商工会に何度でも足を運ぶぞ‼️😤好きな事、やりがいある事だから、面倒も面倒と感じない。行動する事で、人に会い会話する、、、今まであまりにも無かった大人同士の交わり。新鮮な世界観。講師業から離れて違う仕事を考えてもいい。違う人間関係に触れるのも身の為かも知れない。でも、やっぱりこの10年の積み重ねは大事にしたい。教室を継続した上で、この教室利益では収入が乏しい時、この自宅教室の灯火が消える時、その時は、他の仕事を考える。教室と並行して他の仕事をするのもありだろう。解雇の不安拭えない中でも、一歩一歩進める感じが、心地よい。
自己肯定感が低く、自信なし他者比較に悩まされ、他人からの評価を過剰に意識する。55にして、今ある自分の本当の姿。みんなちゃんとやってるのに、、、どうせ陰口叩かれてる、、、拭えない感性。こんな私が他人の子供の教育に関わるなんて、、、でも意外と、その不完全が活かせる講師のお仕事とも言える。子供でも、しっかりしている子もいる。ひょっとして、私の方が、心は幼いかもしれない。心は子供、体は老いに向かいつつある大人。
『スマホが壊れた‼️』ちょっと前から、そういえば調子悪かったスマホ。使うのに支障ないから、そのうちに替えないととは思ってた。新品で使い始めてもう4年くらいたっただろうか。か…ameblo.jpスマホが壊れたのを機に、スマホを辞めて3年。解雇通告を機に、スマホを新規契約してきた。本体価格1円。月々1600円ほど。なんと安い‼️そろそろ、日本通信による家族のお古のスマホ利用で、格安にスマホ所持を検討したが、よくわからないまま放置していたところ。行動すれば、あっという間の自分スマホ。今月分通信料は、来月引き落とし。なので、1円でゲット。早速使えるとの事。よくわからないスマホ扱いの面倒もあるとは言え、やっぱり人や情報に繋がる自由を得たのは嬉しい。リビングで集う家族に思わず、「ちょっとぉ〜‼️ 誰か私に電話してよぉ〜🙏🙏🙏🙏」と 頼むも、みんなそれぞれスマホで何かに夢中。しびれ切らして、「 ちょっとぉ〜・・・・・ もおっ‼️‼️‼️😤😤😤😤😤」仕方なく、旦那が嫁にTEL。「ウィーン、ウィーン🛜」聞き慣れないが、確かに私のスマホが鳴った。よしっ😤😤😤😤
解雇通告を受け、自宅教室開講に向けて動き出している。「開業届」は今の所、届けずに始める事にした。教室自体、どこまで成立するかわからない。でも、10年近く講師として過ごしてきたこの時間と、自身のやってきたプライドは、無駄にしたくない。例え通用しなくとも、人に突きつけられた終わりではなく、自分で決めた終わりでありたいと思う。
おでかけしない夫婦。連休の予定を立てる習慣はない。子供も大きくなり、手がかかる事も無くなった。ここ最近は、とっ散らかったまんまの家の片付けを少しづつ進めていた。そんな中にあった解雇通告。気持ち乱れ、今後のために出かけたり、情報収集をしたり、家の片付けは中断気味だった。連休でもあるしと、また、家の片付けに手をかけた。やはり、子供のものが多い。作品、賞状、成績表、写真、、、何から手をつけていけばいいか悩みどころ。作品は、たまたま見たり手にすれば、思い出に浸るが、わざわざ出してみるかと言えばそうでもない。後ろ髪引かれつつも以前廃棄している。賞状と成績表は、まとめてあったものもあったので、子供一人一人まとめて保管。6、7年分くらいか、溜まっていた写真は、アルバムにして保管。何年越しにして、やっと取り掛かったアルバム整理。写真注文して送られてきた、まだ未開封の写真もあった。何年も放置してきたあれやこれや。マイペースにひとつづつ、無理なく徐々に片付けていこう。
解雇通告から1ヶ月。この解雇は、雇用側にとって仕方ないものなのか、それとも、悪意あるものなのか、疑心暗鬼は尽きない。「あの人首になったんだって」などの嘲笑はないか雇用主は、私をどう扱うのか個人の名誉は守られるのか、雇用はどこまで守られるのか、オリジナルティある教室での指導法を、勝手に利用されるんじゃないか、、モヤモヤは絶えない。