ふるさとを想う・・・両親の故郷は、私の故郷
当時車で6〜7時間かかった両親の故郷。両親とも、きょうだいの中で、唯一郷里を離れている。「 おばあちゃんとこ行くの、後3日 」などと、指折り数えて両親の故郷への里帰りの日を待ちわびた子供時代。秋には、その田舎から箱いっぱいの柿が届く。柿は、私の好物だ。学校中退が影を落とし、高校卒業後は、結婚して両親に連れられるまで、一斎足を運ばず。その後も、両親の故郷とは、事実上の断絶状態と言っていいかも知れない。誰も来るなと言う訳じゃない。自ら行 かないだけ。音信不通とも言える、そんな時間が、かれこれ30年を超えた。叔父叔母いとこと、年々訃報が続き、代も変わった。今や、今さら行けないとも言える。疎遠にしつつも両親の故郷への想い。ありし日の祖母の記憶。大きな松の木の並ぶ家。母の祖父が植えたという大きな柿の木。「 よお来たなあ、、、、、さあ、あがあだわ(家にあがりなさい) 」と、家族総出で出迎え、帰る日も家族総出で送ってもらった。愛想ないこの身でも、両親の故郷への想いは消えない。この秋も実家にまた、箱いっぱいの柿が届いた。甘くて美味しい柿を食べながら、子供時代を思い出しつつ、両親の故郷の温もりに包まれた今。