平成24年の市町村合併により、梓川村は松本市になった。
母型の親戚が住んでいる。松本からアクセスするのが大変。
大糸線で一日市場駅(ひといちば)から数時間に一台のバス
東京からは18時間くらい。
幼い時に母に連れられて訪問。18時間は「自然とはこのように美しいものか」惜しくない。
目の前に広がるアルプスの山々。鍋冠、白馬などなど。
梓川の広く、清らかな川、田んぼが広がり、道路に沿って家があるが、田んぼばかり。
夜はカエルの合唱。カエルの合唱とはこれを言うと分かった。
風呂は五右衛門風呂。なぜ風呂の上に板が浮いているのか分からなかった。
トイレは外。怖かった。火の玉を見た。本当に見た。裏庭が墓場とのこと。
火の玉はリンの発炎と理由付けができるが、それまでトラウマになっていた。
不便だが不便さの中に生活力があった。
SDG’sの見本は日本の田舎の社会。テレビもない、ラジオもない、車もない、ガスもない、
コンビニもない、上手い空気ある、美味しい水がある、新鮮な野菜と米はある、魚は塩鮭ばかりで
マグロは見たこともない、言葉は「・・・・ずら」、蕎麦は旨い、庭には鶏が放し飼い、などなど
田舎の「言葉」に学ぶべき生活の力がある。
今は松本市、高速道路も開通し、道路は整備され、松本から僅か30分。便利になった。コンビニも
レストランもある。少し離れたてワサビ畑もガラス工房もある。碌山記念館もある。
松本城は最近よくテレビに出る。その近くに開智小学校がある。最近国宝になった。教育県と知られて
おり、教育に熱心な土地柄。仇となったのは「満州開拓団」理想の国満州国を作るために多くの若者が
長野県より移住した。結果は多くの若者が死んだ。それを指導したのは熱心な教育者たち。
その中に伯父がいた。満州開拓団の事実を纏めて、遺族に懺悔行。戦争の悲劇は戦死者だけでは
ない。満州国も歴史の中に記述され始めて来た。弾丸列車の「アジア号」は鉄オタクには語り継がれるが
大同大学、満州開拓団、などなど語り継ぐ想いを誰が証言するのだろうか・・・・
少なくとも郷土の歴史は正しく覚えたい。ただ寝に帰る場所であったが、幼稚園、小学校、中学校
高校の同窓は数多く住んでいる。同じ場所の空気を吸い、教育を受けた仲間は時空を超えた新たな絆
を期待したい。ユータン人としては。
de 非自然人