「にっぽん百名山SP~あなたが好きな山!深田久弥が愛した名峰へ」、視聴者ランキング
◇11/14(土)の再放送を録画し、ようやく見終えた。NHK-BSプレミアム「にっぽん百名山SP ~あなたが好きな山 ! 深田久弥が愛した名峰へ」初放送: 11/3(火)19:30~20:59再放送: 11/14(土)13:30~14:59撮影: 9月下旬*司会: 釈由美子、水道橋博士、萩原浩司出演: 工藤夕貴、あばれる君、神保悟志、湊かなえ、橋谷晃、安類智仁◇【あらすじ】4年目を迎える人気番組「にっぽん百名山」。深田久弥の「日本百名山」をほぼカバーする。深田 「百の頂に百の喜びあり」。「日本百名山」が多くの人から“愛される理由”や“好きな山”について視聴者アンケートを実施。4人のゲストが、それぞれ深田の足跡を訪ね、錦秋の名峰をレポート。どのロケも天候に恵まれて見ごたえ十分。百名山」ファンはもちろん、山好きは必見の内容となっている。深田百名山の魅力と知られざる創作の秘密 !!【深田久弥 略歴】1903年3月11日~71年3月21日。石川県江沼郡大聖寺町中町(現・加賀市)生まれ。旧制福井中学(現・福井県立藤島高校)、第一高等学校、東京大学文学部哲学科に進むが、在学中に改造社に入社。北畠八穂と同棲、作家デビューし東大中退。1935年、日本山岳会に入会。40年、八穂を入籍。41年、初恋の女性・木庭志げ子(中村光夫の姉)と再会し不倫関係。妻・八穂が脊椎カリエスで病床に伏す。43年、志げ子が深田の子を出産し、八穂に発覚。47年 八穂と離婚するも、過去の作品は八穂の著作の焼き直しと暴露され、川端康成ら文壇より非難を受ける。志げ子と再婚するが、社会的制裁を受ける。ようやく59~63年に山岳雑誌「山と高原」(朋文堂)で連載した作品を、推敲して64年、「日本百名山」(新潮社)を出版した。65年、第16回読売文学賞(評論・伝記賞)を受賞、69年、山渓賞(山と渓谷社)を受賞。71年3月21日、登山中の茅ケ岳(1,704m)山頂直下で脳卒中のため死去。満68歳。◇「実践!にっぽん百名山」の司会を務める釈由美子さんは、山渓社編集長の萩原浩司とともに双六岳から鷲羽岳へ。北アルプスの最奥部に足を踏み入れ、澄んだ青空のもと、槍ケ岳をはじめとした360度の絶景を楽しむ。▲ 双六岳・・・2,860m、飛騨山脈(北アルプス)、長野県(大町市)と岐阜県(高山市)の県境。「日本百名山」に選定されていないが「花の百名山」に選定。なぜ百名山に選ばなかったか? 深田はここを歩いていない。▲ #53鷲羽岳(わしばだけ)・・・2,924 m、飛騨山脈(北アルプス)、長野県(大町市)と富山県(富山市)の県境、黒部川の源流。深田 「 以前は鷲羽岳へ達するには、どの出発点からしても途中二泊は要した。それほど山深かった。頂上から南へ下った鞍部(あんぶ)は鷲羽乗越(わしばのっこし)と呼ばれ、黒部川と高瀬川の分水嶺をなしている。鷲羽乗越は匐松(はいまつ)で覆われた広い台地で、その緑の中に埋れたように山小屋がある。そこから鷲羽岳への登りが始まるが、小屋の前から仰ぐ鷲羽の姿は雄々しく美しい。」「急坂を登って行くと、稜線の右側にスリバチ形の火口湖があって、その底に水を湛(たた)えている。これが、旧称竜池、現在の鷲羽池である。ここから第一等の眺めは槍ケ岳で、槍を望む所は方々にあるが、ここほど気品高く美しく見える場所は稀(まれ)だろう。その遥かな岩の穂がこの池まで影をおとしに来る。」△ #54槍ケ岳・・・3,180m、飛騨山脈(北アルプス)南部、長野県(松本市・大町市)と岐阜県(高山市)の県境。深田「今さら槍ケ岳について語るのも愚かなくらい、(万人注視⇒)周知の山である。三千米を越える高さと言い、颯爽とした鋭い形と言い、わが国の山の中で最もユニークな存在である。富士山と槍ケ岳は、日本の山を代表する二つのタイプである。「私たちがどこかの山へ登って、『あ、富士が見える !』と喜ぶのと同様に、『あ、槍が見える !』という叫び声を聞く。実際そのユニークな岩の穂は見紛(みまが)うことはない。ひと眼で認め得るものである。どこから見てもその鋭い三角錐(すい)は変ることがない。それは悲しいまでにひとり天をさしている。」*福島県出身のあばれる君、それに山岳ガイドの橋谷晃さんは地元の山、安達太良山へ。▲ #21安達太良山・・・最高峰は箕輪山1,728m、奥羽山脈南部、福島県中部(福島市・二本松市・郡山市・安達郡大玉村・耶麻郡猪苗代町)深田「ようやく雲の取れた安達太良山を眺めた。・・・山へ登る前にその山を望見するのは、登頂を終えて振返る時と同様、心のときめくものである。」「鞍部から馬ノ背を辿って、大きな岩の立っている矢筈ノ森・・・を越えると、稜線はゆったり広くなって、やがて乳首の下へ出た。鉄梯子(はしご)のかかった岩場を登ると、安達太良山の頂上であった。霧に包まれて眺望は得られなかったが、山頂を極めた喜びに変りはなかった。」*工藤夕貴さんと橋谷晃さんが目指したのは雨飾山。小谷温泉から、深田久弥が奥様の志げ子さんとともに辿った道を偲びながら、紅葉の尾根を辿る。▲ #31雨飾山・・・1,963m、妙高戸隠連山(頸城山塊)、長野県(小谷村)と新潟県(糸魚川市)の県境、フォッサマグナを挟んで北アルプスのすぐ東にあり北アルプスを一望できる。深田「雨飾山はその広い肩の上に二つの耳を立てて、相変わらず気高く美しかった。向かって左の方が心持高い二つのピークが、睦まじげに寄り添って、すっきりと青空に立っていた。左の耳は僕の耳 右ははしけやし(いとおしい)君の耳 そんな即興が口に出てきたのも、私のその時の連れのせいであった。」(「わが愛する山々」より)「ついに私は久恋(きゅうれん)の頂に立った。しかも天は隈なく晴れて、秋の午後三時の太陽は、見渡す山々の上に静かな光をおいていた。すべての頂には憩いがある。・・・下から眺めてあんなに美しかった、その二つの耳の上に立った喜びで、私の幸福には限りがなかった。」*神保悟志さんは山岳ガイドの安類智仁さんと、奥深い平ヶ岳の紅葉を楽しみにロングコースに挑戦!▲ 平ケ岳(玉子石)・・・2,141m、三国山脈、新潟県(魚沼市)と群馬県(みなかみ町)の県境。深田「平ケ岳は、日本百名山を志した最初から私の念頭にあった。あまり人に知られていないが、十分にその資格がある。・・・私はいつかはその上に立ちたいと願っていた。」「第一、利根源流地域の最高峰である。・・・第二、その独自な山容。・・・第三は、と私が言いかけると、(同行した山の神は語り始めた)『汽車を降りてから、これほどアプローチの長い山は、ほかにないでしょうね。どこの山へもワンサと人が押しかける時代に、まだろくな登山道もないことだね。』」「私は秋のさ中に、ついに多年の念願を果した。・・・小出から枝折(しおり)峠を越えて石抱(いしだき)橋までバス、それから舟で近年ダム湖になった北ノ又川の支流中ノ岐(なかのまた)川へ入った。」「翌日その二岐沢を遡って、一八八七米の三角点へ登る尾根に取りついた。そこから名だたる越後の山の藪との悪戦苦闘が始まった。・・・翌日も猛烈な藪潜りが続いた。方角が分からなくなると、木によじ登って行衛(ゆくえ)を定める。・・・とうとうその日は尾根の中途にやっとテントを張るだけの窮屈な場所を見つけて、そこに泊らざるを得なくなった。・・・その独自な山容。長く平らな頂上は甚だ個性的である。・・・この平らな頂上を眺めて、私はいつかはその上に立ちたいと願っていた。・・・ひょっこりきれいな空地へ出た。そこが平ケ岳の頂上であった。頂上のテントで明けた朝は、すばらしい天気に恵まれた。ところどころ小池をちりばめた草原には、あの忌わしい屑類一つなく、汚されない自然のままの美しさで広々と続いていた。四周には、数えきれぬほどの既知未知の山々が立ち並び、この山の深さを感じさせた。」◇ 視聴者アンケートの結果が発表された。名峰ランキング1位富士山、2位槍ケ岳、3位穂高岳、4剱岳、5立山、6八ケ岳、7白馬岳、8北岳、9阿蘇山、10大山、11甲斐駒ケ岳、12大雪山、13浅間山、14石鎚山、15筑波山、16木曽駒ケ岳、17鳥海山、17利尻山、19谷川岳、20美ケ原、 21伊吹山、22白山、22乗鞍岳、24くじゅう連山、24蔵王山、26御嶽山、27開聞岳、28安達太良山、28月山、30常念岳。◇