霜月はとうとう「木枯らし1号」が吹かず終いで、いよいよ師走に入った。
西の空 20181201
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日の入りは16:28
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東野圭吾氏の新作、ラプラスの魔女シリーズの短編集「魔力の胎動」(KADOKAWA2018年3月)を読んだ。
■ 短編集「魔力の胎動」(KADOKAWA2018年3月)
「ラプラスの魔女」の前日譚 (スピンオフ小説)。
□ 初出
第1章「あの風に向かって翔べ」
「小説 野性時代 2015年06月号(No.139)」 2015年05月12日(火)発売。
第2章「この手で魔球を」
「小説 野性時代 2017年01月号(No.158)」 2016年12月12日(火)発売。
第3章「その流れの行方は」
「小説 野性時代 2017年10月号(No.167)」 2017年09月12日(火)発売。
第4章「どの道で迷っていようとも」
「小説 野性時代 2018年01月号(No.170)」 2017年12月12日(火)発売。
第5章「魔力の胎動」 書き下ろし。
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□ 第1章「あの風に向かって翔べ」
本短編集を通して、スポーツ選手に信頼が厚い鍼灸師(しんきゅうし)のナユタこと工藤那由多
[本名は工藤京太(けいた)。「京(ケイ)」は数字の単位で10の16乗。それを捩(もじ)った10の60乗「那由多(ナユタ)」を偽名としているのだ]
が語り部を務めている。
往年の名スキージャンパー・坂屋幸広は、最近は成績が振るわず引退も視野に入れていた。
鍼灸師・ナユタがボディケアに当たった。
アドバイスを求めた北稜大学流体工学の准教授・筒井利之は、映像解析により坂屋の不調原因を探っていた。
そこへ筒井准教授の知人、開明大学の天才脳科学者・羽原全太郎教授の娘・羽原円華(うはら・まどか)がやって来た。
彼女は映像を見て直ちに「上体の突っ込みが早い」「左右のバランスが崩れている」と指摘した。
円華の合図でジャンプに挑むことで最適な向かい風のタイミングを掴むことができ、それは飛距離を伸ばすことを意味していた。
しかし、円華は、自分が風を読むから、合図するタイミングで飛ぶように説得するが、肝心の坂屋は円華を信じようとしないが・・・。
□ 第2章「この手で魔球を」
無回転で投げるナックルボールは、乱流の悪戯(イタズラ)で通常は投げた投手でさえどのように変化するか予測できない。
しかし、鍼灸師・ナユタの顧客である石黒達也投手は、ナックルを自由に扱え好成績を挙げていた。
しかし、このボールを捕球できるキャッチャーは三浦勝夫だけだった。
そして、身体のあちこちに故障を抱えてボロボロで、引退を考えている三浦捕手に代わる山東(さんとう)もまた、自信を無くして全く捕球できなくなっていた。
筒井の紹介で現れた円華は、ナックルボールは、投球時に回転を与えられていなかったボールが、縫い目の部分に空気抵抗を受けることで回転し始め、動いたことでまた空気抵抗の受け方が代わり軌道がズレて揺れながら落ちる球だと筒井は解析した。
そして、山東が捕手できないのは、捕球直前にミットが動いているからだと解明・・・。
□ 第3章「その流れの行方は」
鍼灸師・ナユタは、街で偶然に旧友の脇谷正樹に出会う。
高校恩師の石部憲明先生の障害を持つ一人息子・湊斗(みなと)が川で溺れて、意識のないまま病院に入院していると聞いた。
その病院は、円華の父・羽原全太郎が脳神経外科医として勤めている開明大学病院だった。
石部は事故の責任に悩み、休職中なのに一年以上も病室に見舞いにも来られず、毎月事故があった13日に事故の現場に通っていると言う。
魚を捕ろうとしていた湊斗が溺れ、石部夫人は湊斗を助けようとして川に飛び込もうとしたが、石部先生がそれを止めたのだ。
川の流れは次第に速くなり、石部夫妻は息子の姿を見失い、救助隊が川の支流にある岩に引っ掛かっている湊斗を発見した。
羽原医師は、悪性化しないよう遺伝子操作した癌細胞を脳の損傷部分に植え付け、その細胞を刺激するための極小電極とパルス発生器、バッテリーを埋め込む「羽原手法」という手術で湊斗を救おうとしていたが・・・
□ 第4章「どの道で迷っていようとも」
ナユタの患者である盲目のピアニストであり作曲家の朝比奈一成は落ち込んでいて何週間もピアノを弾いていない。
一成は網膜色素変性症で、重度の視覚障害者。10年前までは特殊な拡大鏡を使えば文字を読むことができ、そのさらに10年前まではテレビも見ていたが、今は僅(わず)かに光の変化が感じられる程度にまで落ちている。
十数年前、一成は視力の低下に伴い、楽譜を書くのが困難になり、尾村勇は一成が生み出す曲を譜面に書き記すようになり、運命的な出会いで付き合い始めた。
その同性パートナーだったサムこと勇が崖から転落死したのだ。
現在は妹・西岡英里子が一成の身の周りの世話をしている。
一成は自分がカミングアウトしたことで、サムは色々な局面で偏見に晒され、自殺したのではないかと思い悩んでいた。
ナユタから話を聞いた円華は、一成を立ち直らせるためにサムの死の真相究明に乗り出す。
ナユタと円華に会った一成は、マイノリティたちに対する周囲の人間たちの無言の悪意を、見えない津波と表現した・・・。
□ 第5章「魔力の胎動」
泰鵬大学の地球科学専門の青江秀介教授に、D県警から、赤熊温泉で起きた硫化水素ガスによる中毒事故の原因調査と対策をという依頼があった。
この事故が「ラプラスの魔女」の物語の発端となる。つまり、この章は「ラプラスの魔女」の前日譚なのだ。
3年前、青江は、助手の奥西哲子とJ県の灰堀温泉での硫化水素事故の調査に協力していた。
被害に遭ったのは関西方面から来ていた両親と小学生の一人息子という吉岡一家。
事故現場の窪地に行った青江は、どんな条件が揃えば、この場所で中毒死するほどまで硫化水素ガスの濃度が高まるだろうかと考えた・・・。
*
本編の「ラプラスの魔女」ブログを再掲する。
■「ラプラスの魔女」(KADOKAWA2015年5月、角川文庫2018年2月)
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□ 解説
東野圭吾氏が「これまでの私の小説をぶっ壊してみたかった。そしたらこんな作品ができました」と自ら語る、空想科学(SF・ファンタジー)ミステリー。
タイトルは「ラプラスの悪魔」を捩(もじ)った。
1700年代のフランスの科学者 (数学・物理学・天文学者)であるピエール=シモン・ラプラス(Pierre-Simon Laplace, 1749年3月23日 - 1827年3月5日)の「確率論の解析理論」(1812年・刊)。
量子力学では、原子の位置と運動量の両方を正確に知ることは原理的に不可能(不確定性原理)であり、原子の運動は確率的にしか把握できない。全てを知ることができないのなら「ラプラスの悪魔」でさえも未来を完全に計算することはできない。決定論者・・・これから起きる全ての現象は、これまでに起きたことに起因する。「現在におけるすべての条件が解れば、後は、法則に当てはめるだけで未来は予知することができる」。「もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう」。サイコロの時間的変化を物理学によって計算することができれば、それが未来予知に繋がってくる。例えば、サイコロを振るとき、サイコロを手から離した直後にどの目がでるのか予測できたりする力。つまり、世界に存在する全ての原子の位置と運動量を知ることができるような知性が存在すると仮定すれば、その存在は、古典物理学を用いれば、これらの原子の時間発展を計算することができるだろうから、その先の世界がどのようになるかを完全に知ることができるだろう、と考えた。この架空の超越的な存在の概念を、ラプラス自身はただ「知性」と呼んでいたのだが、後にそれをエミール・デュ・ボワ=レーモンが「ラプラスの霊」(Laplacescher Geist)」と呼び、次第に「ラプラスの悪魔」(Laplacescher Dämon)」という呼称が定着することとなった。このラプラス博士の科学礼賛思想にカトリックは脅威を抱いた。重鎮にとって世の中を規定するのは科学ではなく神でなければならなかった。ラプラス潰しのネガティブキャンペーンが構築され、科学至上主義を揶揄して「ラプラスの悪魔」と呼んで排除した。
□ あらすじ
元警察官の武尾徹は、「いつか国家元首やハリウッドスター級の大物の身辺警護をしてみたい」というささやかな夢を胸に秘めて、警備保障会社に勤務していた。だが、50歳の声を間近かにして、健康診断で尿酸値に異常が見つかり警備保障会社を体よく解雇されてしまう。ところが思いがけず、「独立行政法人 数理学研究所」という先進的な研究を行う国立機関から、羽原円華(うはら・まどか)という18歳のまだあどけなさが抜けない若い女性のボディーガードを依頼された。契約条件が「被警護者への質問は一切受け付けない」という曰く付きの不可解なものだったからだ。だがしかし、高額報酬に引っ張られた武尾は2つ返事で引き受ける。円華は、この「数理学研究所」で寝食をとっているということ以外は、何にも解らないミステリアスな女性だった。武尾は身辺警護行動をするに連れて、更に奇妙な光景を目にすることとなる。天気も予測することができ、何分後に雨が降り、上がるかを確実に言い当てることができた。何事も先回りし、厄介事をものの見事に回避して行動しているように見える円華。すると急に風が吹き、祖母がかぶっていたつば広の帽子が飛んだ。帽子は川に落ち、ゆっくりと流され始めた。・・・少し風向きが変わったかと思うと、川に落ちた帽子が、曲線を描きながら円華のところへ近づいて来たのだ。あの風船の時と同様、まるで引き寄せられるように。
武尾はそこに洞察力や先見力以上の何かを感じ取る。彼女には不思議な力、特殊能力が備わっているのでは?と疑い始める。同じ頃、遠く離れた2つの温泉地---東北・赤熊温泉と北陸・苫手温泉で、"2つ"の不可解な硫化水素による死亡事故が起きていた。死亡した男性は映画プロデューサー・水城義郎であり、若い妻と赤熊に温泉旅行に来たところ、男性だけ硫化水素を吸ってしまい死亡した。若妻・水城千佐都が歳上の夫を遺産目当てで殺害したのではないか、と警察は疑った。警察の依頼により現場検証に赴いた地球環境分析化学の研究者・青江修介教授は、現場の状況から意図的に硫化水素を吸わせることは困難であろうと結論づけた。その後、別の北陸の苫手温泉で俳優・那須野五郎が死亡した。死因は同じく硫化水素であった。青江は、連続する事故に興味を持ち、新聞社の依頼で、再度、調査を行うこととなった。どちらも屋外でありガスが分散してしまうため中毒死が起こるとは考えにくい。一方、硫化水素で男性が死亡したという新聞記事を見かけた円華は、或る人物が関与しているのではないかと考え、お目付け役である桐宮玲、ボディガード武尾を伴って、現地に向かったのだった。青江は、犠牲者の共通点を探る。2つの事故には共通項があった。事故後に謎の娘の姿が現場周辺で目撃されていたのだ。青江は、堪(たま)らず声を掛けると、その女性は身元を明かすのと引き換えに、立ち入り禁止区域である現場に入ることを求める。了承した青江に、女性は「羽原円華」と名乗った。円華の風変わりな様子に青江は興味を持つが、円華はいつの間にか姿を消してしまう。
邪悪な脳外科医がスーパーコン級のパフォーマンスを発揮する脳細胞チップを移植施術し、予測不可能な気象における物理現象(原子の位置=空間と運動量=時間)を予測可能に改造した人間を世に送り込み、完全犯罪を実行しようとするミステリー。言ってみれば、本格物に対する変格物。
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■ 東野圭吾氏の主な著作(2013年以降)と私のブログ
ノンシリーズ「夢幻花」(PHP研究所2013年4月、PHP文芸文庫2016年4月)・・・柴田錬三郎賞
加賀恭一郎シリーズ「祈りの幕が下りる時」(講談社2013年9月、講談社文庫2016年9月)・・・吉川英治文学賞
スキー場シリーズ「疾風ロンド」(実業之日本社文庫2013年11月、実業之日本社2014年12月)
ノンシリーズ「虚ろな十字架」(光文社2014年5月、光文社文庫2017年5月)
マスカレードシリーズ「マスカレード・イブ」(集英社文庫2014年8月)
ラプラスの魔女シリーズ「ラプラスの魔女」(KADOKAWA2015年5月、角川文庫2018年2月)
ノンシリーズ「人魚の眠る家」(幻冬舎2015年11月、幻冬舎文庫2018年5月)
ノンシリーズ「危険なビーナス」(講談社2016年8月)
ノンシリーズ「恋のゴンドラ」(実業之日本社2016年11月) 未読
スキー場シリーズ「雪煙チェイス」(実業之日本社文庫2016年11月) 未読
短編集「素敵な日本人」(光文社2017年3月) 未読
マスカレードシリーズ「マスカレード・ナイト」(集英社2017年9月) 未読
ラプラスの魔女シリーズ「魔力の胎動」(KADOKAWA2018年3月)
ガリレオシリーズ「沈黙のパレード」(文藝春秋社2018年10月) 未読
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■ 東野圭吾氏の主な訴求テーマ
ガリレオシリーズ「探偵ガリレオ」(1998)「予知夢」(2000)「ガリレオの苦悩」(2008)「虚像の道化師 ガリレオ7」(2012)「禁断の魔術 ガリレオ8」(2012)
・・・超能力・超常現象のトリック。
「秘密」(1998)「トキオ」(2002)⇒改題「時生」(2005)「パラドックス13」(2009)「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(2012)
・・・超能力・超常現象(タイムトラベル / タイムパラドックス)。
「天空の蜂」(1995)「夢幻花」(2013)・・・生命工学(バイオテクノロジー)・原子力工学の光と影。
「疾風ロンド」(2013)・・・新型感染症・生物兵器。
「虚ろな十字架」(2014)・・・犯罪被害者遺族・死刑制度。
「ラプラスの魔女」(2015)・・・予知能力・脳細胞移植。
「人魚の眠る家」(2015)・・・脳死・臓器提供。
「危険なビーナス」(2016)・・・後天性サヴァン症候群・動物実験。



