東野圭吾・著 「人魚の眠る家」 

幻冬舎・単行本(ソフトカバー) 2015/11/18刊。

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【感想】


■ 自分と家族に照らして感情移入したり想定したりしながら読み終えた。

成人であれば本人の意思(フィロソフィー)如何でドナーを選択すればいい。
私個人について語れば、年齢的にも生活習慣的にも良い臓器であるとは言えない(笑)ので、提供対象からは外れるだろう。妻に訊いたら、ブルブルと首を横に振った。
子供たちについて触れると、娘二人は嫁いでいるので検討対象外。独身の息子が万が一、そういう脳死の運命に遭遇したとしたら、やっぱり提供したりしない。

厚労省や移植学会のデータには、移植後の生存率は5年後で70%以上と言うが、シッチャキになって術後医療を施しての結果ではないのか? 1997年の臓器移植法から10年後~20年後~30年後はどうなのか? ウォッチしなければならない。

それでも、明日をも知れない命を5年~10年と延ばしてもらえれば、高額費用が掛かっても痛さが継続していても、本人も家族も幸せと思うのだろう、ね。


■ 東野氏は、我が子に対する母親の揺るぎない愛情、離婚寸前まで壊れかけていた夫婦関係の修復機運を描いた。

更に、氏が得意とする先端電子情報技術の採り入れを、同じく先端医療技術に対抗するかのように、描いた。Prolong = 延命措置 VS Period = 脳死判定・臓器移植。
しかしそれら科学技術は、本当の人間愛とは違う方向へと独り歩きする--扱う側のエゴイズムが貫かれる--危険を常に孕(はら)んでいると、氏の倫理観が醸(かも)し出される。
八百比丘尼伝説にあるように、不老不死にさせられた人魚姫は本当に幸せなのだろうか??


■ 本作は、犯罪へのトリックと謎解きへの伏線とが張られ、勧善懲悪の結末を迎えるミステリー小説の快感は得られない。
今、ここに在る「脳死」「臓器移植」という大きな社会問題を改めて提起し、読者がその難問に向き合い取り組むよう促してくれるのである。






【あらすじ】


主人公の薫子は、先端医療技術開発・製造のハリマテクス社を経営する播磨和昌と結婚し、娘の瑞穂と息子の生人の二人の子供を授かった。

主人公の薫子は、先端医療技術開発・製造のハリマテクス社を経営する播磨和昌と結婚し、娘の瑞穂と息子の生人の二人の子供を授かった。
和昌は育児を支援しないばかりか、浮気をしたことで夫婦は別居状態となった。
だが、瑞穂の小学校進学のことを考えた薫子は、お受験が終わるまでは別居を続け、その後に離婚することを約束した仮面夫婦。


播磨夫妻に悲報が届いたのは、小学校の面接試験を予行演習しようとした直前だった。娘がプールで溺れた !!

救急病院に駆けつけた二人を待っていたのは残酷な現実だった。
医師の進藤からは、瑞穂は脳死状態だと診断された !!

そして思いもよらない選択を迫られる。臓器提供の是非を。それも娘の状態を知らされた直後に、その話が出てきて、びっくりする。

薫子は臓器提供を即座に拒否し、娘の回復を信じ治療を続けることを望む。
「無論、治療は続けますが、それは回復を願ってのことではなく、延命措置であると申し上げておきます」。回復の見込みはないと言う進藤医師からの非情な告知に薫子は言葉を失った。

その後の最新医療技術を取り入れることによって、奇跡的に容体が安定した瑞穂は、眠っているような姿まで回復する。
そうなれば息を引き取るのを最後まで見届けたいと思うのが親心だ。


*


海外の主要国の殆どでは、脳死は人の死だとされ生体移植が行われている。しかし日本の法律では、臓器提供する意思があった場合に限り脳死を人の死としている。

雪乃という名前の少女の親は、心臓移植を望んでいた。だが国内ではドナーが限りなくゼロに近いため、莫大なお金を払って海外に求めるしかない。
国内で手術を受けるなら保険適用などで数十~数百万の出費で済む筈のところが、億円単位の医療費が掛かる。


*


脳死を受け入れず延命を望んだ薫子は、眠ったままの瑞穂を自宅で介護する。
夫・和昌は脳と機械を繋ぐBMI (ブレイン・マシン・インタフェース)によって、障害者の機能回復を目指す医療機器メーカーを経営している。
そして開発技術者の星野祐也を自宅に駐在させて、脳の代わりに電気的刺激を与えることで筋肉を動かす技術(コンピュータプログラムとハードウェア機器)を、治療に導入したのである。
高性能制御によって瑞穂の手足が動くようになった!! 高額・高度なAI横隔膜ペースメーカーに依る人口呼吸、脊髄磁器刺激により筋肉動かす。
機械操作で動く娘に喜びを感じ、これが薫子を狂わせて行く。

確かに、瑞穂の身体はしっかりと筋肉がついて肌つやもよく健康な女の子がただ目を閉じているだけのようにしか見えないと言う人もいた。
最高水準の先端科学が注ぎ込まれた結果なのだろうか? 奇跡的に・・・。

川嶋真緒は見た。何と薫子が紅茶を淹れていると、そのエコー現象で瑞穂の右手が動くのを !! それで驚き逃げ出す。
祖父は言う。「この先ずっとあのままなんだろう? もう意識を取り戻すことはないんだろ。だったら成仏させてやった方が瑞穂ちゃんのためだ」。
祖父に反対されても、延命措置を続ける夫妻だった。

薫子は、法が許す脳死判定とその後の臓器移植の不条理を突いて来る。
「脳死だというだけで、正式に決まったわけではないんでしょう? だったら、まだ生きているという前提で考えるべき。
・・・もし私がこの子の胸に包丁を刺し、それで心臓が止まったなら、私が娘を殺したことになる」という矛盾。





<以下、ネタバレご注意>


あの日の死の謎が明らかになる !!

指輪はプールの底にある網の上に落ちていた。しかし後になって、プールの底の吸水口の網に瑞穂の指抜けなくなっていた。
「瑞穂ちゃん、若葉の代わりにこうなったんだ。あの日、若葉の指輪を拾ってくれようとして、あんなことになったんだ」
せめて自分が水面に出た後、すぐに瑞穂のことを心配して、周囲の誰かに教えていたら---。


*


時間経過とともに、薫子以外の家族はそれぞれ気味の悪さを感じるようになって行った。
薫子は、瑞穂を生人の小学校入学式などに連れて行く。だが、保護者たち、子供たちは無論、気味悪がるのだった。
弟の生人までも、瑞穂の方を一切見ようとしない。「だって・・・もう死んでるんだから」。

薫子は、次第に人前に瑞穂を積極的には出さず、二人きりの親子の時間をゆっくりと過ごすようになった。


*


そして或る晩、薫子の夢枕に瑞穂が立ち !! 別れを告げる !!

「夜中の三時過ぎのこと。不意に目が覚めたの。誰かに呼ばれたような気がして、そうしたら、そばに瑞穂が立っていたの」
瑞穂は薫子に話しかけて来た。声は聞こえなかったが、心に伝わってきた。「ママ、ありがとう」
その後から、急激に瑞穂の病状は悪化し、そして「瑞穂が・・・いきました。いってしまいました」

薫子が提案して来たのは、何と!! 臓器提供の意思を表明しようというのだった。<延命の間に臓器が劣化しないのかなぁ??>
「瑞穂はもうあの世に行ってしまった。きっと天国でいってるよ。どこかのかわいそうな子供たちのために、あたしの身体を使ってって」。優しい子だったから、と薫子は付け加えた。
「母親である私が、実際に看取ったんです。国なんかに、役人なんかに、大切な我が子が死亡した日を変えられてたまるもんですか。
・・・この世には狂ってでも守らなきゃいけないものがある。そして子供のために狂えるのは母親だけなの」

播磨夫妻の決断が、人の命を救った。
「まるで人魚のような瑞穂は、まさに奇跡の子供だったんです」。
眠ったままの女の子は、それでも、幸せな時を過ごしたんだろう。


*


手術を受けて以来、何度もあの屋敷が夢に出て来て、呼んでいるような気がする。
美しい少女が車椅子で眠っていた家だ。
誰かいるのでは、と窓を気にしながら近寄っていった。窓際に赤い薔薇が飾られていた。
赤いセーターを着た女の子が、車椅子に座って眠っている。かすかに胸が上下し寝息が聞こえて来そうだった。

そしてまた、いつからだろうか、あの女の子を思い出す際、人魚のイメージが頭に漂うようになった。
瑞穂の心臓を移植した少年・宗吾は、播磨家に導かれるようにしてやって来て、瑞穂に対する薫子の深い愛情を感じるのだった。