東野圭吾・著の書き下ろし長編

「ラプラスの魔女」

 

KADOKAWA/角川書店: 単行本(ソフトカバー)2015年5月刊。

 

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☆ タイトルは「ラプラスの悪魔」を捩(もじ)った ⇒ 後出 

 

 

☆ 東野圭吾氏が「これまでの私の小説をぶっ壊してみたかった。そしたらこんな作品ができました」と自ら語る、空想科学(SF・ファンタジー)ミステリー。

 

東野氏のSFと言えば、先ず、タイムトラベル/タイムパラドックス物。

「秘密」(1998)「パラドックス13」(2009)「トキオ」(2002)⇒改題「時生」(2005)「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(2012)であった。

 

超能力を扱うのは、ガリレオシリーズ。だが、それらは能力が備わっているように振る舞う犯人のトリックだった。
「探偵ガリレオ」(1998)「予知夢」(2000)「ガリレオの苦悩」(2008)「虚像の道化師 ガリレオ7」(2012)「禁断の魔術 ガリレオ8」(2012)

 

ところが、今回の「ラブラスの魔女」は、

主犯が超能力の1つ、予測能力を実際に備える人間を造り上げて犯行に及ぶ。
邪悪な脳外科医がスーパーコン級のパフォーマンスを発揮する脳細胞チップを移植施術し、予測不可能な気象における物理現象(原子の位置=空間と運動量=時間)を予測可能に改造した人間を世に送り込み、完全犯罪を実行しようとするミステリー。

 

言ってみれば、本格物に対する変格物。

 


 


【参考1】 東野圭吾氏の著作(2012年以降)と私のブログ


笑小説シリーズ「歪笑小説」(2012年1月 集英社文庫)
「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(2012年3月 角川書店 / 2014年 角川文庫)・・・中央公論文芸賞
ガリレオシリーズ「虚像の道化師 ガリレオ7」(2012年8月 文藝春秋)
ガリレオシリーズ「禁断の魔術 ガリレオ8」(2012年10月 文藝春秋)
「夢幻花」(2013年4月 PHP研究所)・・・柴田錬三郎賞
加賀恭一郎シリーズ「祈りの幕が下りる時」(2013年9月 講談社)・・・吉川英治文学賞
「疾風ロンド」(2013年11月 実業之日本社文庫)
「虚ろな十字架」(2014年5月 光文社)
「マスカレード・イブ」(2014年8月 集英社文庫)
「ラプラスの魔女」(2015年5月 角川書店)
「人魚の眠る家」(2015年11月 幻冬舎)

 

 

【参考2】 超能力(予測・透視・テレパシーなどの能力)・霊能力に関する私のブログ


「ザ・プレミアム超常現象」#2「秘められた未知のパワー」(2014/01/18)
「第六感」(2016/02/04)

 

 

 

 

【あらすじ】

 

 

元警察官の武尾徹は、「いつか国家元首やハリウッドスター級の大物の身辺警護をしてみたい」というささやかな夢を胸に秘めて、警備保障会社に勤務していた。だが、50歳の声を間近かにして、健康診断で尿酸値に異常が見つかり警備保障会社を体よく解雇されてしまう。

 

 

ところが思いがけず、「独立行政法人 数理学研究所」という先進的な研究を行う国立機関から、羽原円華(うはら・まどか)という18歳のまだあどけなさが抜けない若い女性のボディーガードを依頼された。契約条件が「被警護者への質問は一切受け付けない」という曰く付きの不可解なものだったからだ。だがしかし、高額報酬に引っ張られた武尾は2つ返事で引き受ける。

 

 

円華は、この「数理学研究所」で寝食をとっているということ以外は、何にも解らないミステリアスな女性だった。武尾は身辺警護行動をするに連れて、更に奇妙な光景を目にすることとなる。天気も予測することができ、何分後に雨が降り、上がるかを確実に言い当てることができた。何事も先回りし、厄介事をものの見事に回避して行動しているように見える円華。

 

p27-28
すると急に風が吹き、祖母がかぶっていたつば広の帽子が飛んだ。帽子は川に落ち、ゆっくりと流され始めた。・・・少し風向きが変わったかと思うと、川に落ちた帽子が、曲線を描きながら円華のところへ近づいてきたのだ。あの風船の時と同様、まるで引き寄せられるように。

武尾はそこに洞察力や先見力以上の何かを感じ取る。彼女には不思議な力、特殊能力が備わっているのでは?と疑い始める。

 


*

 


同じ頃、遠く離れた2つの温泉地---東北・赤熊温泉と北陸・苫手温泉で、"2つ"の不可解な硫化水素による死亡事故が起きていた。

 

 

死亡した男性は映画プロデューサー・水城義郎であり、若い妻と赤熊に温泉旅行に来たところ、男性だけ硫化水素を吸ってしまい死亡した。若妻・水城千佐都が歳上の夫を遺産目当てで殺害したのではないか、と警察は疑った。警察の依頼により現場検証に赴いた地球環境分析化学の研究者・青江修介教授は、現場の状況から意図的に硫化水素を吸わせることは困難であろうと結論づけた。

 

 

その後、別の北陸の苫手温泉で俳優・那須野五郎が死亡した。死因は同じく硫化水素であった。青江は、連続する事故に興味を持ち、新聞社の依頼で、再度、調査を行うこととなった。
どちらも屋外でありガスが分散してしまうため中毒死が起こるとは考えにくい。

 


一方、硫化水素で男性が死亡したという新聞記事を見かけた円華は、或る人物が関与しているのではないかと考え、お目付け役である桐宮玲、ボディガード武尾を伴って、現地に向かったのだった。

 


青江は、犠牲者の共通点を探る。2つの事故には共通項があった。事故後に謎の娘の姿が現場周辺で目撃されていたのだ。青江は、堪(たま)らず声を掛けると、その女性は身元を明かすのと引き換えに、立ち入り禁止区域である現場に入ることを求める。了承した青江に、女性は「羽原円華」と名乗った。円華の風変わりな様子に青江は興味を持つが、円華はいつの間にか姿を消してしまう。青江には場違いとも思える円華の出現。

 


 


【謎解きへのキーセンテンス】 <ネタバレご注意>

 


p145-146
赤熊温泉と苫手温泉、二つの温泉地で起きた出来事を、本当に単なる中毒事故と片付けていいものだろうか。二つの中毒事故で共通しているのは、どちらも映像関係者が被害に遭ったという点だ。・・・羽原円華のせいで無視できなくなってきた。


p148
『四十七歳の時、自宅で起きた硫化水素事故のため、家族を失う。この時のショックで、映画のことは考えられなくなったらしい』映画監督・甘粕才生なる人物のブログ。

 

 

*

 

 

p310

「予言ではなく、予測です。・・・謙人君が数字をいうのは、サイコロが手から離れた直後です。逆にいうと、サイコロが手の上にあるうちは、彼にもまだどんな目が出るかはわからない。手から離れた時、サイコロに働く力は重力と殆ど無視できる空気抵抗だけです。そして机に落ちた後は、落下速度、慣性モーメント、机との反発係数、机表面との摩擦力などに支配されながら、サイコロは転がり、やがて停止します。この一連の物理現象には不測の要素は一切関与しません。だからどんな目が出るかは、サイコロが手を離れた瞬間に決まっているわけです」


p317
桐宮玲は息を整えるように胸を上下させてから、重大な告白をするように続けた。「自分(羽原円華)は「ラプラスの魔女」になりたかったのだ、と。彼女の心を動かしたのは、竜巻です」

 

p339
「超能力というのとは、少し違うような気がする」・・・「透視できたり、手を使わずに物を動かしたりできるわけでもないしね。瞬間移動だってできない。できるのは予測だけ。それも物理現象に限られる」


p340
「スーパーコンピューターを使った現在の天気予報でも、これら(雷雨・ダウンバースト・竜巻など急激に発生する局地現象)の発生についての的中率は低い。竜巻なんて、せいぜい十パーセント程度。」


p342
もし、この世に存在するすべての原子の現在位置と運動量を把握する知性が存在するならば、その存在は、物理学を用いることでこれらの原子の時間的変化を計算できるだろうから、未来の状態がどうなるかを完全に予知できる---ラプラスは、このような仮説を立てました。その存在のことは後年、「ラプラスの悪魔」と呼ばれるようになります。謙人君の予測能力は、この「ラプラスの悪魔」にイメージが近いといえます。・・・ラプラス計画の被験者に志願したい、といったのです。

 


 「ラプラスの悪魔」とは?

 

1700年代のフランスの科学者 (数学・物理学・天文学者)であるピエール=シモン・ラプラス(Pierre-Simon Laplace, 1749年3月23日 - 1827年3月5日)


「確率論の解析理論」(1812年・刊)


量子力学では、原子の位置と運動量の両方を正確に知ることは原理的に不可能(不確定性原理)であり、原子の運動は確率的にしか把握できない。全てを知ることができないのなら「ラプラスの悪魔」でさえも未来を完全に計算することはできない。決定論者・・・これから起きる全ての現象は、これまでに起きたことに起因する。

 

「現在におけるすべての条件が解れば、後は、法則に当てはめるだけで未来は予知することができる。」


「もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう」

 

サイコロの時間的変化を物理学によって計算することができれば、それが未来予知に繋がってくる。例えば、サイコロを振るとき、サイコロを手から離した直後にどの目がでるのか予測できたりする力。つまり、世界に存在する全ての原子の位置と運動量を知ることができるような知性が存在すると仮定すれば、その存在は、古典物理学を用いれば、これらの原子の時間発展を計算することができるだろうから、その先の世界がどのようになるかを完全に知ることができるだろう、と考えた。この架空の超越的な存在の概念を、ラプラス自身はただ「知性」と呼んでいたのだが、後にそれをエミール・デュ・ボワ=レーモンが「ラプラスの霊」(Laplacescher Geist)」と呼び、次第に「ラプラスの悪魔」(Laplacescher Dämon)」という呼称が定着することとなった。

 

このラプラス博士の科学礼賛思想にカトリックは脅威を抱いた。重鎮にとって世の中を規定するのは科学ではなく神でなければならなかった。ラプラス潰しのネガティブキャンペーンが構築され、科学至上主義を揶揄して「ラプラスの悪魔」と呼んで排除した。

 


*

 


p430
「真実?」・・・「おかしなことをいうじゃないか。では訊くが真実とはなんだ。誰が判定する?結局のところ、記録されたものがすべてじゃないのか。記録され、人々に認識された時、それは真実になる。この廃墟を見ろ。この建物にはどんな真実がある? 過去に何が起きたにせよ、誰も知られずに消え去ったことは、真実とはいえないんだ。そういう意味で大多数の凡庸な人間たちは、何の真実も残さずに消えていく。インターネットを見てみろ。他人の悪口と愚痴だらけだ。攻撃の矛先が見つかれば、我先にと責め立てる。自分では何も生み出さず、何も考えず、何ひとつ責任を取らず、自分の思う通りにならなければただ不平を口にするだけの人間に、どんな真実を作り出せるというんだ。真実という言い方がわかりにくいなら、歴史といいかえてもよい。そんな人間は生まれてきてもこなくても、この世界には何の影響もない。おまえたちも、本来はそうだった。いなくてもいい人間だった。だから、幸せなんだよ。俺の映画の登場人物という形で残っていくからな。しかも素晴らしい人間として」

 


p436
「あなたはたくさんの間違いを犯しているけれど、最大の間違いを指摘しておく。大多数の凡庸な人間たちは、何の真実も残さずに消えていく、生まれてこなくても、この世界には何の影響もないーさっき、あなたはそういった。だけど違う。世界は一部の天才は、あなたのような狂った人間たちだけに動かされているんじゃない。一見何の変哲もなく、価値もなさそうな人々こそが重要な構成要素だ。人間は原子だ。一つ一つは凡庸で、無自覚に生きているだけだとしても、集合体となった時、劇的な物理法則を実現していく。この世に存在意義のない個体などはない。ただの一つとして」

 

 

円華は、今までの生活に戻る。そして、質問して来なかった武尾が質問する。
p452
「この世界の未来です。一体、どうなっていくんですか?」ところが返事がなかった。円華は沈黙している。気になって武尾は振り返った。すると彼女は深いため息をつくと、首を横に振りながら答えた。「それはね、知らない方がきっと幸せだよ」