私の人生ひまつぶしです。
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5月10日
私のソブライエティを守るものの一つは、グループの他のメンバーに対する誠実さといえよう。もし私が飲んでしまえばメンバーはがっかりするだろう。飲んでいた頃の私は、誰に対しても誠実ではなかった。家族に対して誠実であるべきだったのに私はそうではなかった。飲んで彼らを失望させた。AAに参加して、私はそこにソプライエティを保つために互いに助け合っている人々を見た。そしてまた、ソブライエティを保つためだけではなく、ソブライエティに生きることによって互いに誠実な関わりをしている人々を見い出したのだ。
ご提示いただいたテキストは、回復における**「誠実さ(Integrity)」と「相互の責任(Accountability)」**が、いかに強力な再飲酒防止の楯になるかを説いています。
1. ポイントと解説
- ポイント:
ソブライエティ(しらふで生きること)は自分一人の力ではなく、仲間との「誠実な関係」という絆によって守られる。
- 解説:
飲酒時代の孤独な世界では、裏切りや失望は日常茶飯事でした。
しかし、AAという共同体では、自分がしらふで居続けることが仲間の希望になり、仲間のしらふが自分の支えになるという「双方向の誠実さ」が生まれます。
この「がっかりさせたくない」という肯定的な責任感が、飲酒欲求に対する抑止力となります。
2. 考察と内省
- 考察:
かつての「不誠実」は、性格の欠点というよりも、病気(依存症)が強いた孤立の結果でした。
回復とは、再び「信頼に値する人間」へと戻っていくプロセスです。
- 内省:
私は今、仲間の顔を思い浮かべたとき、胸を張って「今日も飲んでいません」と言える誠実さの中にいるでしょうか?
もし「自分一人くらいなら(飲んでもいい)」という思いが湧いたら、それが仲間との絆を断ち切る行為であることを自覚できているでしょうか?
3. 問題と解決
- 問題:
依存症の本質である「孤立」と「不誠実(嘘・ごまかし)」が、回復後もひょっこり顔を出し、人間関係を破壊しようとすること。
- 解決:
**「誠実な関わり(互いへのコミットメント)」**の中に身を置くことです。ミーティングに通い続け、自分の現状を正直に分かち合うことで、不誠実という病の再発を防ぎます。
4. 霊的目覚めと回復への導き
- 導き:
霊的な目覚めとは、「自分のためだけに生きる」ことから「他者の平安のために自分を律する」ことへの転換です。
仲間を大切に思う気持ちが、結果として自分自身を救うという、逆説的な神の恵みを体験することです。
- 回復:
家族への申し訳なさを抱え続けるのではなく、今、目の前にいる仲間に誠実であることで、新しい生き方を証明していく。
その積み重ねが、失われた信頼を回復させる力となります。
5. AAの原理とメッセージ
- 原理: 「一体性(Unity)」と「共通の福祉」。
- メッセージ:
「私たちは、お互いのためにしらふでいる」。
AAの「責任に関する宣言
(Responsibility Declaration)」にあるように、
「誰かが助けを求めたとき、そこにAAの手があるように。それについて、私は責任がある」
という精神が、この誠実さの根底にあります。
あなたが誠実であり続けることは、あなた一人の勝利ではなく、あなたのグループ全体の勝利であり、まだ苦しんでいるアルコール依存症者への生きたメッセージなのです。
私は自分のグループに対して誠実であるか?
その問いは、回復の道を歩む私たちにとって、最も基本的で、かつ最もパワフルな「自分への棚卸し」の一つです。
**「誠実であるか?」**という問いに向き合うための、いくつかの視点を提案します。
1. 「出席」という誠実さ
特別な発言をしなくても、ただそこに座っているだけで、あなたは仲間に「今日も飲んでいない」という希望を与えています。
- 自問:
私は気分が乗らない時でも、自分の居場所(ホームグループ)を大切にし、そこに身を置こうとしているでしょうか?
2. 「正直さ(正直な分かち合い)」という誠実さ
格好の良い話をするのではなく、自分の弱さや、今抱えている問題を正直に話すことが、グループに対する最大の誠実さです。
- 自問:
私は仲間に「自分を良く見せよう」として嘘をついたり、肝心な苦しみを隠したりしていないでしょうか?
3. 「耳を傾ける」という誠実さ
他人の分かち合いを自分のこととして聴くことは、相手のソブライエティ(しらふ)を尊重する行為です。
- 自問:
私は仲間の話を、裁いたり評価したりせずに、敬意を持って聴いているでしょうか?
4. 「奉仕と責任」という誠実さ
コーヒー係、会場設営、あるいはただ後片付けを手伝うこと。
- 自問:
私はグループが存続するために、自分にできる小さな役割を、見返りを求めずに引き受けているでしょうか?
5. 「プログラムを生きる」
という誠実さ
ミーティングの時間外でのあなたの生き方が、グループの看板になります。
- 自問:
私はグループの外でも、12ステップの原理を実践し、仲間に恥じない歩みを目指しているでしょうか?
「はい、完璧に誠実です」と言い切れる人はいないかもしれません。しかし、「誠実でありたい」と願い、その問いを自分に投げかけ続けること自体が、すでにグループに対する誠実さの始まりです。
あなたが今日、その問いを心に抱いて掃除をし、聖書を読み、自分を見つめていること。その姿こそが、ハイヤーパワーとグループに対する最も深い誠実さの表現だと私は思います。
明日、仲間の顔を見たとき、あなたの心にはどのような答えが浮かびそうですか?
落ち着きは良いものを生み出す。焦燥は良いものを破壊する。行動に移すことを焦ってはならない。まず落ち着いて偉大な力の存在とその力が神であると知るべきである。次に神が私の意識を通して導かれるように行動を起こすことが大切である。自分の周りがすべて焦燥にかられている時、神に対する不動の信頼のみが私に静けさと落ち着きを与えてくれる。落ち着きは信頼を行動に表わした姿である。落ち着きを育てていくために、有効と思われるあらゆるものを求めるべきであろう。物質を手に入れるために、世の中はスピードを手に入れることを学んだ。スピリチュアル (霊的)なものを手に入れるために、私は静けさに止まる自分を育てなければならない。
この黙想は、現代社会の「スピード」や「効率」という価値観に対し、回復と霊的成長における**「静けさ」と「待機」**の絶対的な価値を対置させています。
1. ポイントと解説
- ポイント:
落ち着き(静止)は、単なる休息ではなく、神への信頼を「行動」として表現した姿である。
- 解説:
世の中は物質的な豊かさを求めて「速さ」を競いますが、霊的な豊かさは「静けさ」の中にしか育ちません。
「行動を焦らない」ということは、自分のエゴで事態を動かそうとするのを止め、ハイヤーパワーの導きが自分の意識に届くのを待つという、きわめて能動的なスピリチュアル・トレーニングです。
2. 考察と内省
- 考察:
焦燥感(アセアセする気持ち)は、依存症の本質的な感情の一つです。それは「今、ここ」に神がいないという不信感から生まれます。
対して、落ち着いている姿は「神が共にいて、すべてを計らってくださっている」という確信の現れです。
- 内省:
私は今日、何かに突き動かされるように焦って決断しようとしなかったでしょうか?
「何もしないで、ただ神を知る」という時間を、自分に許すことができているでしょうか?
3. 問題と解決
- 問題:
焦燥にかられて未熟な行動(リアクション)を起こし、せっかく整い始めた状況を自ら破壊してしまうこと。
- 解決:
**「まず落ち着いて、偉大な力の存在を知る」**というステップを、あらゆる行動の前に挟むことです。
自分の周りがどれほどパニックになっていても、自分だけは「不動の信頼」という避難所に留まる訓練をすることです。
4. 霊的目覚めと回復への導き
- 導き:
霊的な目覚めとは、静けさの中で「神の細き声」が聞こえるようになる状態です。
騒がしいエゴの声(「早くしろ」「どうにかしろ」)を鎮め、静寂の中に留まる自分を育てる(11ステップの黙想)ことが、回復を深める唯一の道です。
- 回復:
物質的なスピードを捨て、霊的なリズム(神のタイミング)に自分の歩調を合わせること。
落ち着きが身についてくると、以前なら危機だと感じた状況でも、静かに最善の行動が取れるようになります。
5. 原理とメッセージ
- 原理:
「Step 11(祈りと黙想)」と「Let Go and Let God(手放して神にゆだねる)」。
- メッセージ:
「静けさに留まる勇気が、あなたを真の力へと導く」。
あなたが今日、掃除をしながら、あるいはこのテキストを読みながら感じているその「静かなひととき」こそが、回復の命綱です。
落ち着きを育てることは、あなた自身の魂を守るだけでなく、周囲の焦っている人々に対しても、静かな希望の灯台となることなのです。
「落ち着きは信頼を行動に表わした姿である」という言葉を胸に、今日一日、急がず、恐れず、静かな一歩を踏み出しましょう。
内的静けさを与えて下さい。私が静けさに止まることによって、 あなたが私に望まれることが、より的確に行なわれますように。
その祈りは、自らの意志を脇に置き、ハイヤーパワー(神)の道具になろうとする、もっとも純粋で力強い**「ゆだねる祈り」**です。
祈りの深まり:解説
- 「内的静けさを与えて下さい」
外側の状況がどうであれ、心の中にある「嵐の目」のような静域を求めておられます。
それは自分の力で作り出すものではなく、神から「与えられる」恵みであることを認めておられる謙虚な願いです。
- 「あなたが私に望まれることが、
より的確に行なわれますように」
「私の願い(エゴ)」ではなく「あなたの望み」が、自分の人生を通して実現することを優先されています。
静けさに留まる目的は、単なるリラックスではなく、神の導きをキャッチする「感度」を高めるためであるという、11ステップの神髄に触れています。
この祈りを捧げたあとのあなたは、もう「みなしご」ではありません。
あなたが静かであればあるほど、神の力はあなたを通して、より鮮やかに、より正確にこの世界へと流れ出していきます。
今日という一日に、この静寂があなたを優しく包み込みますように。
あなたの今日一日の歩み、掃除、黙想、そして誠実な問いかけのすべてが、神の御心のうちにあります。

