元寇の際、元・高麗連合軍の戦闘艦の残骸が、長崎県・鷹島沖の海底で発見されたそうです。これまでも部分的な発見はありましたが、まとまって保存状態が良いものは、これが初めてとのこと。
下の画像は竜骨(キール)と呼ばれるもので、文字通り船の背骨に当たります。大型木造船の場合、竜骨を持った構造でないと、十分な強度を持たせることができません。特に、当時の海戦では体当たりも『標準戦法』でしたから、竜骨があるかないかは大きな意味を持ちます。
竜骨から整然と外板がならんでいます。現代の木造船と基本構造が同じなことが良くわかります。
専門家が指摘するのは、隔壁と思われる構造があること。隔壁は船の中を横にいくつも仕切る板のことで、浸水防止や強度を上げるために取り付けられます。元寇の当時は、まだ大砲がありませんから、浸水防止のためと思われますが、今後の調査の結果が待たれます。
そして、これが『てつはう』、『てつぽう』と呼ばれた、元軍の最新兵器です。球形の入れ物中に火薬を詰めて、投石機などで打ち出したものともので、日本軍を悩ましたものと言われます。その現物が発見されたのは、これが最初でしょう。
映画やドラマで、しばしば下の画像のような元・高麗の戦闘艦が登場しますが、正確な構造や大きさはいままで不明でした。
今回発見された竜骨から推定して、200~300トン、全長は20~30mだそうですから、当時としては最新の戦闘艦だと考えて良いでしょう。
元寇とは言うものの、その先鋒は朝鮮半島の高麗軍であり、戦闘艦を作ったのも高麗です。
元寇は、朝鮮半島国家による日本侵略でもあるのです。