奥州藤原氏により建設された平泉は、仏教遺産としては『世界遺産』にふさわしいと思う。
平安末期、鎌倉時代の少し前、もてる財力を『武力』ではなく、『平和』の施設建設に費やした奥州藤原氏の努力は評価して良いと思う。
もし、奥州藤原氏が豊かな財力を『武力』に使っていれば、その後の日本の歴史は随分変わったろう。
しかし、千年残る文化遺産は残せなかっただろう。
少なくとも、相次ぐ市街戦で血塗られた準首都である鎌倉よりも、はるかに素晴らしい北の都であった。
ちなみに、頼朝は平泉を模して、鎌倉を建設したとも言う。
その昔は相次ぐ戦乱で血にまみれ、今は世俗に薄汚れた鎌倉も何を血迷ったか、『世界遺産』登録運動をしているという。
『平泉』が『落選』したのであれば、鎌倉ごときが『合格』するわけもない。
その意味では、良かったとも言える。