若い人達は知らないだろうが、昔のSFは凄かったのだ。
『日本沈没』の小松左京が直木賞候補であったことを覚えている人がいるだろうか。
さらにその昔、オヤジが生まれるちょっと前は、さらに凄かった。
『日本空飛ぶ円盤研究会』ってのがあって、ここには、そうそうたる小説家が集まっている。
若き日の三島由紀夫、石原慎太郎まで名前を連ねていることでも、半端な研究会ではないことがわかるだろう。
今週久しぶりに、吉行淳之介のエッセイ『懐かしいひとたち』を読了した。
本当は、huruhonさん お薦めの小説を読もうと古本屋に行ったのだが、小説でなくエッセイの方を買ってしまった。
そうそうたる有名作家と吉行氏の交遊録が書かれていたからだ。
しかし、読み終わって気がついた。
SF作家が一人もでてこないのだ。
吉行氏の友人には、『円盤研究会』の会員も少なからずいるが、SF作家との交友には到らなかったらしい。
別に吉行氏の趣味だけではなく、他の所謂、純文系出身作家の評伝、交遊録の類の本を読んでも、オヤジのしる限り、交友関係を記した本を読んだことがない。
今年最高の評伝と言われる『星新一 一00一話をつくった人』を読むと、『円盤研究会』のあたりまでは、純文、SFの垣根はなかったようだ。
しかし、作家星新一が生まれ、日本SFが急成長を始めるのと同時に、既存の純文や他のジャンルの作家たちとの交流が消えていったように思う。
誰だったか忘れたが、『SFは作家と読者の垣根がないのが面白い』とか書いていた、純文の作家がいたように思う。
既存作家には、これが不満であったのだろうか。
とにかく、小松左京が直木賞候補に上ったあたりがSF界の絶頂期で、以後、長期低落傾向に歯止めがかからず、内容的には実質、SFにも関わらずSF作家を名乗らない新人作家がほとんどだ。
もっとも、一番危機感がないのがSF作家たちで、『拡散と浸透』だからSFの名前に拘らないと言う始末だ。
しかし、世界的には毎年必ずSFネタの映画が作られ、ヒットしているように、日本だけの状況だとも言える。
確かにSFの字が入ると本が売れないという出版社のほとんどオカルト的ジンクスがあるのも確からしい。
かつてのSF三巨人も、星先生はすでになく、残りの大先生も、これ以上の期待はできず、新人も育っていないのだから致し方ないのかも知れない。
それでも、オヤジは『SFは楽しいし面白い』と言いたい。
新作は期待できないが、ちょっと古いものなら今でも入手しやすい。
星先生の作品が教科書に収録されているとのこと。それなら、すでに『SF入門』は済んでいるはず。
是非、読書の幅をちょっと広げて、SF作品も、若い人達に読んでいただきたいものだ。
- 最相 葉月
- 星新一 一〇〇一話をつくった人