ここのところ、堅い話ばかり続いたので、たまにはピンク系の話でもしましょうか。天気も良いですし……
『鸚鵡籠中記』(おうむろうちゅうき)という、元禄時代に書かれた日記をご存じだろうか。
尾張徳川家御畳奉行、朝日文左衛門重章の書いた日記である。
この男、一応、奉行とは言うもののほとんど閑職、一つの業績をあげることなく、武芸に秀でていたわけでもない。
但し、遊びに関しては酒・女・博打・芝居に目がない、現代ならとんでもない遊び人であるが、当時ではこれでもましな方だったらしい。
唯一の業績と言うのが、『鸚鵡籠中記』(おうむろうちゅうき)と名付けた、日記をほとんど死の間際まで書き綴ったことである。
言わば元祖ブロガーみたいな人物である。『鸚鵡籠中記』は文左衛門の死後、名古屋城の藩庫にしまいこまれ、300年近く日の目を見なかったと言う。内容が下々のことはともかく、藩主、幕府に関してまで記述されているからだろう。恐らく、インターネットなんかなかった時代であるから、回し読みされているうちに、お上に知られて取り上げられたのではないだろうか。
前置きはこのくらいにして、『鸚鵡籠中記』にある元禄時代の『パンティー泥棒事件』の記事を紹介しておこう。
江戸時代の風呂屋が混浴であったのは、歴史を少し囓った人なら知っていると思うが、実際には、男湯の時間、女湯の時間というものがあった。(もちろん、強制ではなかったようだ)
大体8時以降が女湯の時間だったらしいが(庶民は時計がない時代だ)、その女湯の時間を狙った、面白い泥棒がいたことが記録されている。
その泥棒、女湯が一杯になったところを見計らって、『火事だ!』と大騒ぎしたのだそうだ。
こうなれば、恥も外聞もない。女達は一斉に風呂屋から逃げ出す。それを見計らって、泥棒は女達の着物一式をごっそり盗んでいったのだそうだ。
ついでに、当時の女性陣も、これまた大胆で『女共は丸裸前に手をあて泣久(なくなく)宿(家)へ逃帰るさまいとおかし』(元禄御畳奉行の日記より引用)とあるから、歴史に残った集団ストリーキング事件でもある。
ちなみに、腰巻きドロボウ氏は掴まらず、ストリーキングの女共にもお咎めはなかったようである。
今でも銭湯に勝負下着で通う女性は希だろうし、大金持っていくわけがないのは、当時も同じだ。
だとすると、その泥棒氏は、あきらかに使用済み腰巻き目当てのようだから、歴史に残った『パンティ泥棒』とも言えるだろう。
こんなネタが満載では、門外不出になったのがわからないでもない。
しかし、元禄時代の庶民と武士の裏事情を記録した資料としては、第一級のものであることは確かだ。
原文は専門家でも読みこなすのが難しい箇所が多数あるらしい(……のような危ない遊びのときは文左衛門は、漢字を捻った暗号を使っていた)が、コミック版が出ているので、江戸元禄時代に興味がある人は、ご一読をお薦めします。
横山 光輝, 神坂 次郎
元禄御畳奉行の日記―マンガ