風邪気味なので母のホームに行くのは少しお休みです😓
年末に母がむせてしまいドキッとしたのですが、お陰様で大難が小難になり、小難が無難になりました。
自宅でもし母と二人だけだったら…と思うと対処出来なかった…と思わず家族に呟いていました。
私が肩を骨折したことで、母もいろいろと私に協力してくれました。
母は自宅で自分のタイミングで生活をしていきたいと、周りの人達に伝えていました。
でも、サポートする私が逆にサポートされる状況です。
母の食事時間が日によって大きくずれてしまったり、入浴回数が大幅に減り、蒸しタオルに泡タイプのカラダ洗浄液を乗せてさっぱりしてもらう回数が増加して、母も気持ちが落ち着かないのかトイレでも思わぬ粗相があって気持ちが沈んでしまって、食事の量やお水を飲む量が減ってきたりとか…いろいろと精神的にも身体的にも負担があったように思います。
そんな中で、母は私の為にも入浴はデイサービスに行くと決めて、施設体験してから継続して利用して、そこから紙パンツの体験もしてもらったり、更にお泊りの体験もして一ヶ月の数日間は暖かい時間帯での移動など冬の期間ではありましたが、母が自分で選択(誘導したかも)して動いてくれました。
私の肩が治ってもデイサービスの利用は継続しまして、母も私もお互いの姿を見ない時間があることで心も体もゆとりが出てきていました。
慣れた頃に何か起きることはよく聞くことですが…我が家も起こりました(サービスを利用して一年以上です、いろいろと慣れてきていました)
入浴の為に前日にお泊りしたその夜、トイレに起きた時に転倒して救急車にて病院に搬送、翌日の手術のことを医師から説明を受けて、入院手続きが終わったのは日付が変わっていました。手術日は七夕まつりの日(7/7)でした。
手術翌日から母のリハビリがゆっくりと始まり、私は毎日、時間を決めて病院に行って母と話すことをしました(お医者さんからも家族との会話をすることで脳の働きがあり、寝たきりにはさせたくないとの説明を受けていました)
流行り病がまだ注意しないといけないとの事で、面会時間も制限がありましたけど、毎日の病院通いは大事な事だったと時間が経った今は感じています(当時は無我夢中で動いていて考えてもいませんでした)
リハビリは思いのほか順調に進みました。
ただ手術していただいた病院からリハビリ専門の病院移動の日は思っていたよりも早かったです。
リハビリ専門の病院の選択があり、その病院も退院後は自宅での生活にするのか、それとも母を見守ってくれる施設にするのか…いろいろと決めていく事がありました。
そんな中でもキラキラバッグを持って、病院や施設の見学の申し込みなどなどしておりましたよ😁
リハビリ専門の病院には三ヶ月しか入院出来ないので、病院の相談員さんと母の気持ち、そして家族の状況などを話し合ったり…母が怪我をするなど思ってもいなかったので、主人の出張や夫婦で会議に参加したりとバタバタしましたが、不思議と時間の無い中、予定した事はクリアして行きました。
母のことを考えて出張前ギリギリに見学したグループホームの一つがその場で申し込み手続きを受け付けて下さいました(申し込みをしたのはこのホームさんだけでした)
出張中に病院とホームさんから「今なら入居が出来ます」と連絡が入りましたが、私は愛知県におり病院の相談員さんとホームの園長さんとで日時を決めていただき、私は函館に戻りしだい諸々の手続きや入居することになるお部屋の準備をすることにして…母は私が出張から戻って4日後にはグループホームに入居致しました。
超高齢者の母はいろいろと忘れてしまうことがありますが、それでも「娘の為に頑張っているのよ」と長年の美容室の先生には話したそうです(親とは有難いものです)
女性だから、主婦だからと諦めることは無いのです。
自分がどうしたいのか、どういう在り方でいたいのか"明確"にする時、それが出来る時が来ています。
お買い物学を通して(学んで)いろんな"似合う"を体験しながら自分軸に戻す。
貴女も出来ます。
時間は有限です。
キラキラ・キャッキャ・うふふを楽しむ。
人生を楽しむ。
楽しんでいいのです。
【見た目も変わる・心も変わっていく、自分の人生を楽しく生きる】
ブログを読んでいるのと、お会いするのとでは違います。
グズグズしていても何も変わらない。
興味があるならいらっしゃい。
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