愛は言葉の壁を越えるのか -34ページ目

森が力を

年末に疲れて車をぶつけてへこんでいた彼でしたが
1日だけ実家で休んですぐに山小屋へ戻ったそうです
しかもトレーラーにATVを積んで
凍った山道を運転するというハードワーク

山小屋ではひとりぼっちなんだし
無理しないで実家でしばらくのんびりしていればいいのにと思い
どうしてそんなに急いで帰りたがったのか理由を聞いてみると

ここが僕の住む場所だから

という
いたってシンプルな答え

そうだけど
実家にもちゃんと自分の部屋があるし
だいいち調子がイマイチなんだから
それを押してまで急いで帰らなくても…

実家は両親の家で
僕の家じゃないからね


ふーん
そういうものかしら

わたしの家はいわゆる転勤族でしたし
今の実家は両親がわたしも妹も結婚したあとで
自分たちのために購入したこぢんまりしたマンションなので
わたしが生まれ育った場所ではないうえ
わたしの部屋もありません

もしも実家が数十年暮らした場所で自室もあったら
わたしだったらお正月くらいダラダラ居ついちゃいそう

とにかく
わたしとしては彼の体調が心配だったわけなので
そこのところをしつこく尋ねました

きのうは森で30分だけ働いたよ
切った木は1本だけど
その後は体調もずいぶん良くなったんだ


これは前から感じていたことなのですが
どうやら彼は森で仕事をしていると
とても体調が良くなるようです

ホームセンターでの仕事も
なるべく疲れが出ないよう
結構マイペースで進めているみたいなのですが
それでもときどき
ストレスを感じて具合が悪くなったりしています

一方
森ではたとえ朝から一日中働いても
絶好調なことが多い気がするのです

彼はかねてより
その土地がとても好きで
そこで働くこと、暮らすことは
彼の夢でもあったのだそう

その場所で過ごすと心身ともに状態が良くなるなんて
彼の身体と心はなんて素直にできているんでしょう

ちょっとうらやましいです


初夢と恋愛のはじまり5

元旦の朝は
ななななんと大好きな俳優さんが夢に出てきてくれました
夢のよう
いえ、夢ですが

でも幸せ~

そして
いよいよ初夢
富士山?鷹?一体何が?

2日の朝に目が覚めた瞬間
たった今見ていた夢を覚えていたのは嬉しかったのですが
内容がいまひとつ拍子抜けで
首をかしげることに

5年くらい前に働いていた職場で
久しぶりに仕事をしていて
やり方を忘れている、という…

どういう意味かなあ?

ともかく
懐かしい面々と夢の中で再会できたのは
ちょっと楽しかったです

久しぶりに連絡してみようかしら

ところで
わたしはほとんど彼の夢を見ません
好きな俳優さんはときどき登場するというのに…
そのことはもちろん彼には内緒です

夢で思い出したのですが
わたしは夢を見て自分の気持ちを確信することが
たまにあります

例えば10代のほんの子供だった頃
両想いになった男の子がいて
幼いなりに文通をしたりしていたのですが
(当時はもちろん携帯もインターネットもなかった)

ある日夢に
その男の子と仲良くなる前に
ずいぶん長い間片想いをしていた別の男の子が出てきて
ああ、わたしはまだその男の子のことが好きだったんだと
切なくなってしまい
結局両想いの文通相手とは連絡を断ってしまったことがありました

他にも
悲しくて泣きながら目が覚めて
もうすっかり忘れたはずの昔の恋人のことが
まだ心のどこかに引っかかっていることに気付いたり

夢って不思議です
意識と無意識のあいだのトンネルのよう

彼のことも
実は夢を見たことを境に
気持ちが変化したということがありました

まだ付き合い始めて日が浅い頃のこと
夢の中でわたしは
いなくなった彼を探していて
池の底に沈んでいるのを見つけた時に
もう2度と彼のような人とは出会えないと悟って
絶望的な気持ちになりました

結局彼は池の底で眠っていて…というオチの夢でしたし
そのほかにも愉快な内容も盛り込まれていたものの
失った(と思った)その絶望感があまりにリアルで
それ以来わたしの彼に対する気持ちは
より一層確かなものになりました


かれこれ9ヶ月ほど前に書いた記事の
これが続きの、そしてたぶん終わりの話です

👉恋愛のはじまり4

ああ、書けてよかった

大晦日に

職場の棚卸しで30日まで仕事をしていた彼も
大晦日からお正月にかけてはゆっくりできるようです

クリスマスは彼のママのリクエストにこたえて
実家で過ごしていましたが
年末年始は彼の大好きな山小屋で過ごすとのこと

人っ子ひとりいない場所です
もちろん側にいる犬などの相棒もなく
はるか遠くに隣家の灯りが見えるようなところに
本当にひとりきりでいるというのは
どんな気持ちなんでしょう?

なんて
しみじみ思っていたら

事故っちゃったよ…

と落ち込んだ彼から電話がかかってきました

棚卸しに11時間かかってやっと終わって
帰り道くたくただったんだ…


でも聞けば車の側面をガードレールに少しこすっただけで
対車の事故でもましてや対人事故でもなく
彼自身も怪我などない様子だったので
わたしはむしろホッとしました

こういう時きまって思い出すのが
学生の頃よく読んだ村上春樹さんの小説です
主人公がしばしば用いる言い回しで
「もっとひどいことにだってなりえたのだ」
というようなフレーズ

本当にそう思うのです
今回小さな事故を起こしたおかげで
彼はもっと気をつけるようになり
この先に起こったかもしれない大きな事故を防げたのではないかって

なので
相手のいる事故じゃなかったのは不幸中の幸いだし
何より怪我がなくて本当によかったと
思った通りを伝えました

それでもまだしばらく
ドアを開けるとかすかにボディーに当たるから
車は修理に出さないといけないだとか
疲れていたんだから無理して自宅に帰らずに
職場のそばに借りている部屋に1泊すべきだったとか
もう今更言っても仕方のないことを話し続けるので

「でもとにかく年明け早々の事故じゃなくてよかったじゃない?
今年最後に起こっちゃったことだけど
今年はもう終わるし
明日からは新しい年だからね!」

とやや無理のあるなぐさめ方をしていたら
ようやく声に笑いが混じって聞こえるようになりました

きみがぼくをどんなに幸せにしてくれるか知ってる?

それはわたしの台詞です


ついでに心配だから
もう今日は山小屋に行かずに
実家で両親と一緒に新年を迎えたら?
わたしと一緒に暮らすようになったら
親子水入らずっていうのもできなくなるかもよ?

とお勧めしてみました

うん、そうだね
それがいいかも

こっちで年が明けたら電話するよ
日本は明日の朝だね


新年の訪れも8時間の時差
なんだか不思議な気がします