能面と能装束と面袋 第3回
<浅井博物館訪問夜話>その1
大般若
* 先回ご紹介しました蛇の面より、さらに大型の「般蛇」という面が登場しています。 良く見ると舌がハッキリ見えますね。 ・・・・天竺に渡る三蔵法師を助ける竜王・・・・・・という設定になって居ります。
耳まで裂けた唇というのは正にこのような形相なのでしょう。正に獣性の極致を表しますね。
*三蔵法師・・・「経・律・論」に通じている僧を指すが、通常三蔵と言えば、玄奘三蔵法師を指す。「大般若経」の翻訳者で有名。「般若心経」の基となった。大般若経は神社仏閣に奉納、所蔵されていることが多いが、近くの歴史のある神社「下神田神社」の境内にある神宮寺(大変古い<不動明王>が安置されている)にも大般若経が有るが、夏の虫干しの時に無理言って拝見させて頂いたが、残念ながら、江戸時代 文化文政 時代の木版刷りの写経で、手書きの「天平写経」というような文化財クラスの物ではなかった。
また、近くの重要文化財 「小野道風神社」にも「大般若経」が所蔵されているが、未だ拝見していない。
手書きの「天平写経」かもしれない・
茜ちゃんの<訪問夜話>もいよいよ佳境に入って参りました。
浅井能楽資料館は近江の北、湖北と呼ばれる、越前との県境に近い地域に在ります。 浅井はアザイと呼びます。 NHKの大河ドラマの「お江」さんや「淀の方の茶々」などの三姉妹が遠い中世の時代に住んで居た地域です。
浅井長政と織田信長、木下藤吉郎こと豊臣秀吉らが戦った、「姉川の戦い」の舞台となる姉川も近くを流れています。
茜ちゃんのお爺ちゃんは昔、小谷山の真下の丁野(ヨウノ)という所にある浅井長政の産湯が在ったと伝承のある神社の傍に住んでいました。
神社の傍を通る道を真っ直ぐ辿ると、小谷山の山頂を仰ぎ見ることが出来ました。
* 山の真下を国道365号線が走って、東は関が原
西は余呉湖(古戦場 賊ヶ岳で有名)の横を通って、栃の木峠、越前へと続きます。渡岸寺の国宝十一面観音はすぐ近く。この一帯 は近江を代表する仏像の宝庫です。
小谷山
手前の一段低い山の山頂に小谷城址が在った。
近江では小谷はオダニと発音しますが、オタリという呼び方もあります。
武士たちの祝宴の席で<オタリのつれずれに・・・・・>と歌っていたと言う伝承あるのよ。
* 信州長野県のJR糸魚川駅から大糸線が出ておりますが、途中に小谷(オタリ)と呼ぶところがあります。
何か関係が有るのでしょう。 詳細は判りませんが。
でもどうして、戦争になっちゃたのかな
浅井長政のお嫁さんて、信長の妹でしょ。 弟を殺しちゃったら 駄目ジャン
「お市の方」が可哀想。 そんなのに、その後、織田信長の家来の柴田勝家のお嫁さんになっちゃて、挙句の果てには戦争に負けて落城し、勝家と共に自害するのよ。
茜ちゃん <絶対許せない>
<茜ちゃん、そんな時代に生まれなくてよっかったね>
*歴史書や歴史家の研究書には余り出てきませんが、越前の越前海岸の辺りを地図で注意深く見てみますと
「織田庄」(オタノシヨウ)という地域が在ります。 織田信長の先祖は遠い昔、越前から尾張に移動してきたと されております。 織田軍と戦った朝倉一族は織田庄の近くに強い勢力を持っていました。
織田の先祖は朝倉一族に遠い昔に、越前を追い出されたのでしょう。
それで、織田の子孫である信長としては、先祖の仇を討ちたかったと言うことになります。浅井長政はそれを知っていたので、朝倉と同盟を結び、北からの攻撃を封じ、織田に対処しようとしたのだろうと推察します。
その方が、人間の心理として納得が出来ます。
織田としては実の妹お市を嫁がせることによって、長政を織田側に引き込み、朝倉をいずれ討とうとしたと思います。正にお市は悲劇の女ということになりますが、本当の所はどうでしょう。 納得ずくで嫁いだのかも知れません。 推察ではありますが。 戦国の世は苛烈でもあります。 (近江の爺の独り言)
誰かさんの講釈が長くなり、申し訳ございません。
「小谷山の傍に住んでいましたので、つい力が入ってしまってお許しを」
なかなか、浅井能楽資料館に辿り着けません。
能楽資料館は畑の真ん中の館にあります。一見それとは分かりませんよ。
予め予約を取っておいてくださいね。・・・・ バス循環線 「力丸」下車
茜ちゃんが資料館を訪れた時は、予約なしでした。 強引ね
茜ちゃん以外と強引なの。 この前なんか、白洲正子お婆ちゃまのお墓参りで、三田市の禅宗の大きなお寺「明月院」に行った時、 お婆ちゃまのお墓の場所を聞こうと思って、大きな庫裏の玄関で大きな声出して、
<ごめんくださーい、誰か居ませんかー>
誰も出てこなかった。 禅宗の古刹だから沢山のお坊さんが奥で座禅を組んでいたかもしれないのにさ、びっくりしただろうなあー
だって、<頼もうーッ! 誰か在るーッ!!>なんて、言えないじゃん
あら、また脱線しちゃった。 スミマセン スミマセン
やっと、着きましたが、何と時間の掛かった事か。 茜ちゃん疲れちゃった。
最近立て替えたのね。
一歩中に入ると、天井に届くような大きな織機がお部屋の真ん中にデーンと置いてありました。
ジャガー式の織機でした。
この辺りの地域は昔から非常に良質の絹糸が生産されます。 三味線の糸に使えるような強い絹糸が出来るの。だから、能装束の生地の生産に最適なのね。また、良質の水も湧き出ます。染色には最適な場所なのね。
ここのオーナーも京都の染色業の方。ここで、能装束の生地を生産しています。
能装束、能面の関わりはそんな事から所蔵する様になったとの事。 責任者の叔父ちゃんがそう言っていましたよ。
ここで、昭和を代表する現代の名能面師 鈴木慶雲の「小面」を発見したこと。誰の作か忘れましたが、素晴らしい鷲鼻悪尉(ワシバナアクジョウ)が在った事です。
*鈴木慶雲は高村光太郎の父親で今の東京芸大の前身 東京美術学校の教授高村光雲の弟子。
始め仏師であったが、途中で能面師に転換。 現代を代表する能面師となった。
2冊のロングセラーの著書があります。
鈴木慶雲については別の機会に書かしてもらいます。思い出深い方ですので、積もる話が沢山あります。
心根の優しい方らしく 小面の表情も穏やかで、優しさが滲み出ています。この方の著書は昭和45年ですが、最近も復刻版が出ており、隠れたベストセラーとなっています。[能の面」「続 能の面」・・・・・・わんや書店
* 神戸にある<kindlake>でも購入できます。HPで申し込み出来ます。
今日の最後に失敗談を一つ。
茜ちゃん、夢中になると、よく他人を驚かします。
浅井能楽資料館で能面に夢中になっちゃて、一つのお面を十数分ジーと見ちゃったの。そうしたら、館長さんが心配しちゃって、<どうしたの! 気分悪くなった>
って言うじゃない。コッソリ 館内のカメラで見ていたらしいのよ。
失礼しちゃうわね <感動していただけですよ!!>
本当は、叔父さん 夜にコッソリ泥棒しに来るかと心配シチャッタノカシラ。
当たりー ほんと言うと 茜ちゃん 欲しかった
まあ、そんなこんなで、館を後にしました。
鈴木 慶雲 作 「小面」
今日はこれでオシマイ
2011-01-24 琵琶湖の傍の 茜ちゃん
ATTENTION・・・・<能装束>については次回とさせていただきます。