今日もいい天気で、犬たちは張りきって散歩に出かけた。
数日前から、犬の春ちゃん(♂10歳)とひよりちゃん(♀7歳)の散歩に行く順番が今までとは逆になっている。
散歩に行く順番が逆になったのは、春ちゃんとひよりちゃんがドアの前に立つ順番が変わったからで、ドアの前に真っ先にひよりちゃんが立つようになった。春ちゃんはドアから少し離れた所にいて、わたしやひよりちゃんの様子を見ている。
散歩の順番が変わってからふたりとも以前よりも落ち着いているので、犬たちの意思に沿うとは大事だなと改めて思った。
ところで、以前「フランスの政治家、動物たちを狩りの苦痛から解放するために狩猟用ロボットを提案」という記事を読んだのを思い出した。
「フランスの政治家のミアン・アダム氏は鹿狩りやウサギ狩りなどで狩猟(スポーツハンティング)の対象になり残酷に殺されることをなくすために、ロボットの鹿やウサギなどを製造して、動物ロボットの狩猟をすることを国民会議に提案している」。と記事に書かれてあり、動物に対しての意識が先進的であり、さすがだなと思った。
きちんと、動物たちが経験する苦しみ、痛さを理解し、生態系のことまで考えられている。
アダム氏の提案をアダム氏とは別の政党に所属しているジュリアン・オベール氏が嘲笑していたそうだが、急進的な考えに対し、嘲笑するのはどの国でもどの社会でもあり、新たな発想や考えの実現の芽を踏みつける。
アダム氏は「何時間もわたって猟犬においかけまわされている動物たちが狩りから解放されて平和に暮らせることを願っているだけだ」と反論をしている。
アダム氏は動物ロボット実現は難しいことは理解しているそうだが、政治家が人間以外の動物たちの苦痛について、深く考え、苦痛からの解放を目的とした方法(代替品)を提案するのは本当にすばらしいことだと思う。
このようなことからも、より動物たちの苦痛に目が向けられるし、人間の行為にもより目が向かられる。
狩猟とは他の者を苦しめ、傷つけ、命を奪う行為である。この行為について、人びとからの批判がとても大きいのは(ヨーロッパやアメリカ、台湾、オーストラリアなど)、この行為が「正しくない行い」という認識がしっかりとあるからだ。
わたしたちの社会は、この認識が非常に薄い。ということは、他者への関心がほとんどなく、他者が感じる苦しみ、痛みなどについても他人事として捉えられているのではないだろか。
余談になるが、アメリカなどのスポーツハンティングに対し、わたしたちの社会では「残酷だ」「ひどい行為だ」などと図書などでも批判がよくされているが、わたしたちの社会では、その行為を「害獣駆除」という項目を使い正当化をしている面があり、何重にもよくないことだと思う。
どのような理由づけをしても、他者を苦しめ、傷つける残酷な行為は避けるべきことであり、わたしたち人間は他者を傷つけない行動をしていくべきだ。
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