朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -94ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

 

始発ではないけれど、とにかく一番早く京都駅に着く新幹線で出発し、琵琶湖線で大津京駅でJRを降りた。京阪大津京駅はすぐ隣だ。

 

※新幹線は換気が良く計算上は6分から8分で完全に入れ替わるというので、京都までは上越、東海道新幹線の乗り換えのみで向かった。移動制限解除後、最初の週末となるので、ある程度の乗客数の増加は予想していたが、9:30発の「のぞみ」の乗車率は、予想をはるかに上回る、8割以上だったと思られる。

 

 

目的地は比叡山なので、琵琶湖線でそのまま比叡山坂本駅まで行って徒歩かバスを利用すれば良いのだが、わざわざ京阪に乗り換えたのは理由がある。それは比叡山延暦寺巡拝チケット4000円を購入する為である。
 
そんなにするの?という価格だし、どれほど得なのかと疑いたくなるが、私も途中まで計算してから購入することに決めた。坂本から入山して横川まで行って八瀬に降るのであればかなり得であるし、乗り換えの度に切符を買う行列に並ぶ手間も省ける。
 
ちなみにチケットは京都駅の観光案内でも販売はしているが、それでは時間も運賃も余分に掛かってしまう。
 
 
 
ところで余談だが、京阪大津京駅にはトイレがない(爆)。
 
終点の坂本比叡山口駅までは6駅もあるが、駅の間隔が短く時間は11分しかかからない。そこからは路線バスに乗り換え、ケーブル坂本駅まで行く。
 

ケーブルカーは毎時00分と30分に発車するので、このように歩いて行くことも可能だし、前回はこれより遠いJRの比叡山坂本駅から歩いたのだが、数分待てば41分発のバスが来ることを事前に調べてあったので、それを待つことにした。
 
 
 
日本一の長さを誇るケーブルカーで山頂を目指すが、乗客はそれなりにいた。座席はすべてケーブル坂本駅方面を向いていて、まずは右手、後半は左手に琵琶湖が見える。
 
 
 
ケーブル延暦寺駅は大正14年の建築である。右手の鳥居は延暦寺無動寺への参道である。
 
 
 
左手には展望台があって琵琶湖が見渡せる。
 
 
 
今回の目的のひとつは右側の無動寺参道である。比叡山の東塔エリアではあるが、別格で南山とも言われている。いわゆる一般的な東塔エリア、西塔エリア、横川エリアとは違い、ここは参拝料を必要とはしない。
 
 
 
参道は無動寺谷にどんどん降りていく。油断すると滑りそうな細かな砂の路面には、しっかりと掃き清められた跡が残っていることで、ここがただの参道ではなく修行の地の参道なのだということが感じられる。
 
 
 
道は緩急はあるがひたすら降り続ける。
 
 
 
降ること約10分。手水舎がある。その奥にあるのが、閼伽井である。「あかい」と読む。
 
後述する堂入りの最中、深夜2時に不動明王にお供えする水を汲みに来るのが、この閼伽井である。そこからも、まだ降る。
 
 
 
約15分降ると、ようやく左手に無動寺 明王堂が見える。手前から手水舎、鐘楼、明王堂である。千日回峰行者が9日間(実質7日半)の断食、断水、不眠、不臥の堂入りを行うお堂であり、深夜に閼伽井で水を汲む以外は堂に籠り、ひたすら真言を唱え続ける。過酷な修行である。
 
 
 
 
斜面の途中にあるお堂なので境内は小さいが、ここからも琵琶湖が観ることができる。手前の屋根は書院の法曼院であり、輪番の大阿闍梨はここに居住しお勤めをするのである。ケーブル比叡山駅からの高さからはずいぶん下った様子が、その角度の違いからわかるのではないかと思うがどうだろう。もちろん、降りたからには登らねばならない。たとえ人生が下り坂に入っていたとしても。
 
ね。
 
深夜まで飲んでいたので、起きたのは8時ごろ。朝食はサービスなのだが、食欲もわかない。
 
とりあえずチェックアウトして荷物だけを預け、目的もなく丸山公園へと向かってみる。
 
 

丸山公園の桜はまだちょっと早かったが、それなりに人出があり、留まることなく移動する。
 
そういえば、公園からは八坂神社への道を進むと、山鉾を格納してあるんじゃないかなという倉庫がありました。書いているうちにいろいろ思い出しますね。調べたらまさにそうでした。
 
さて、八坂神社に到着すると、疫病退散祈願の為に茅ノ輪が設置されていて、茅ノ輪くぐりをする人の列があった。並ばれているので、ちょっと写真は撮りにくい。ニュースでもやっていたから御存じの方も多いと思う。茅の輪はふつう6月30日の名越の祓いに向けて設置されるのだが、今年は新型コロナウイルス退散を祈願するために設置された。
 
「蘇民将来子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)」
 
旅の途中で宿を乞うた武塔神を裕福な弟の巨旦将来は断り、貧しい兄の蘇民将来は粗末ながらもてなした。後に再訪した武塔神は、蘇民の娘に茅の輪を付けさせ茅の輪を付けていれば疫病を避けることができると教えたいいます。それが現在の茅の輪くぐりへとつながり、3周めに蘇民将来という言葉を唱えるのです。(茅の輪くぐりは左周り、右周り、左周りと3回輪をくぐりますが、それぞれに唱える言葉が違います。)
 
ちなみに武塔神の正体は素戔嗚尊(スサノヲノミコト)で、まさに八坂神社の御神体である。
 
 
八坂神社から下って、撮影禁止の石塀小路を抜ける。石塀小路の両側にある宿も風情があって良い感じだ。高台寺に来ると桜が満開だという看板が出ていたので、拝観することにした。
 
 
 
高台寺から見える大雲院祇園閣
 
大雲院は通称 銅閣寺。信長の子、信忠の菩提を弔う為に創建され、信長の墓所の一つがあるほか、石川五右衛門の墓所がある。以前特別拝観で祇園閣に登ったことがあるが、景色は良いのだが撮影が許されていないのが残念だ。
 
 
 
高台寺 方丈庭園のしだれ桜
 
方丈内部からゆっくり見ることが出来るが、写真の構図としては背景が問題で、この角度からが番良いように感じた。
 
 

高台寺天満宮
 
高台寺の鎮守社で社殿をぐるっと囲んでマニ車があります。マニ車は仏具なのに天満宮にあるというのが面白いです。隣に売店があり、御朱印はその売店で頂けます。今回は並んでない場合だけ御朱印を貰うことにしました。
 
祇園に戻ってアンティークショップを覗くつもりだったが、まだ開店していなかったのでホテルに戻って預けた荷物を受けだし、三条駅へと向かう。比叡山に行ってみようかなと思ったのです。
 
先斗町を抜けていくと、馴染みの宿の引き戸が開いて大女将と女将さんが出てきた。(満室だった宿です。)偶然お会いするのはこれで2度目で、女将さんもびっくりされていた。これから帰るところですと話すと、御所の桜が満開なので良かったら見て行ってくださいとのことだった。
 
ということで、荷物が重いけれど御所を目指します(爆)。
 
 
 
高瀬川 一之舟入
 
舟入とは高瀬舟の荷を積み卸したり方向を転換したり場所です。右奥側が高瀬川を開削した角倉了以の邸宅跡です。
 
高瀬川を見るとすごく水深が浅いことがわかります。水深30cmだとか。運河として使われた川なので、昔はもっと水深があったのだろうと勝手に思っていましたが、当時から水深が浅く、そこで船底が平らな高瀬舟を用い、船には船頭一人が乗りそれを岸から曳き子が引いたのだそうです。左に見えるのは桜なのですが、ちょっとまだ早いようです。
 
 

廬山寺 元三大師堂
 
御所の桜は近衛邸跡あたりと聞いたので、そこは同志社大学側だから寺町通りを上がって回り込む感じで向かうと、当然だが廬山寺がある。今年の初詣で元三大師のおみくじを引いたら、生死を彷徨ったら十中八九死ぬという結果だったと前に書いたことがあったと思うが、コロナで洒落にならない状況になってきたので、元三大師をことあるごとにお参りしている。
 
 
 
廬山寺は天台圓淨宗の単立寺院で、創建は元三大師。明治維新までは宮中の仏事を司る御黒戸四箇院の一つであったが、廃仏毀釈により天台宗に預けられたのち独立。場所は当初は船岡山の南麓にあったものを秀吉の命により現在の場所、すなわち紫式部邸宅跡へと移った。
 
 
 
御所の枝垂桜
 
満開でしたがかなりの賑わいだったので、早々に立ち去る。ようやく空腹感を感じてきたので、河原町で昼食としてラーメンを食べ、地下鉄で駐車場へと向かい、比叡山のお膝元、坂本に向かうことにした。
 
 
それで、とりあえず無料と聞いていた日吉大社の駐車場へ向かったら、駐車料金は無料だったが境内に入る参拝料が300円必要だった(爆)。今更引き返せないので、参拝料を支払いそのまま駐車場に入ったが、すぐ徒歩で境内を出て最初の目的地に向かう。
 
 

 

求法寺 走井大師堂

 

日吉大社の参道入口にある天台宗の寺院であり本尊は元三大師像である。

 

 

 


名前の由来は、元三大師良源が修行を決意した場所だからという。比叡山焼き討ちによって全焼し、その後再建されたが再び焼失した。現在は、走井大師堂のみとなっている。御朱印は書置のみ。

 

 

 

 


時間的に比叡山は無理だと判断して日吉大社から山の辺の道を辿る。

 

 

 

 


八講堂千体地蔵

 

この場所には昔八講堂があったそうで、ここから紅染寺跡にかけて無数の地蔵尊が散在している。紅染寺は最澄の父親の住居で、仏法に帰依した最澄の父親は後にそこを寺としたと云います。

 

 
 
天台真盛宗総本山 西教寺

 

今年の大河の主人公 明智光秀の菩提寺である。この総門は延暦寺焼き討ちにより被害を受けた西教寺を復興するために、光秀により坂本城から移築された。

 

 

 

山門をくぐると西教寺にはいくつもの塔頭があった。この徳乗坊の門は明治時代のものだが有形文化財である。

 

 

開基は聖徳太子と伝わるが室町時代に宗祖真盛が入寺してから栄えた。庭園が有名である。
 
これは書院庭園は明治初期の作。
 
 
 
裏書院庭園は平成元年に宗祖真盛上人五百回忌大法会記念事業で造園された。
 
さてさて、一番重要な小堀遠州作の庭園の写真はない(爆)なぜだ!
 
 

明智光秀公とその一族の墓
 
 
本堂は江戸時代、その背後の客殿は桃山時代、伏見城にあった旧殿を移築したものとのこと。
 
 
 
天台真盛宗の宗祖 真盛上人の幼少期のお姿 幼名宝珠丸。
 
 

 
日吉大社に戻り東本宮にお参りして帰路に着いたは16時半。流石に眠くなって恵那峡と横川で2回ほど仮眠して、帰り着いたのは1時半だった。
 
ね。
 

 

ひと月以上ブログを書いてないし、その他のSNSも書いてないし、生存が危ぶまれているかもしれないから何か書くかなとペンならぬ携帯を取ったのがたぶんもうひと月くらい前で、そのまま筆も進まずに今日に至りました。

 
 

3月に京都に行った。
 
もともと3月後半には北野をどりを見に行く予定がありチケットもホテルも予約してあった。当然、それは延期となったのでホテルもキャンセルしたのだけど、この新型コロナの問題はそんなに短期でどうなるような問題ではないと思えたので、とある金曜日に思い立って突然京都に向かうことにした。
 
ガラガラだとは聞いていたけれど、人との接触は極力させる為に東海道新幹線ではなく、前日にレンタカーを予約し、新撰組が上洛した時に通った中山道に沿った高速道路と一部一般道を利用した。佐久から岡谷までが一般道になる。
 
鍵のかからないロードスターで行くわけにもいかないし、申請すれば有料だが使えるいつもの社有車は、すでに京都に行くなよと釘を刺されていたので(まさか車で行くとまでは思ってないだろうが)申請すら出来ない。
 
レンタカーの車種はハイブリッドの最低クラスのアクアで予約したけれど、会社側の都合でワンランク上のカローラになった。
 
移動時間は約6時間で京都東インターで高速を降りて、市街地まで行くと駐車料金が高いので郊外のパーキングに駐車し、地下鉄で東山へ移動した。
 
 
 
最初の目的は酒器を探すこと。寺町通りも歩いたけれど、手頃な価格では好みの物を見つからない。良いなあと思ったら箱付きだったが、それは普段使いにするにはちょっと高すぎる。 
 
四条大橋は普通に歩けるレベルで、やはり人出は少ない。
 
ホテルは馴染みの宿は流石に空いてなくて、夜中まで帰らなくても良いビジネスを選んだ。そこは宿泊の優待券目当てで株を買ったホテルだから、潰れて欲しくない為のささやかな応援でもある(爆)。
 
 
 
チェックインして休む間も無く次の目的地である照月へ向かう。バスはそれなりに乗客がいた。
 
 
 
まだ日も暮れない5時半ごろに到着。
 
※本日現在、予約(2名より)と持ち帰りと配達のみの営業となっている。
 
 
 
この日はいつものR大学の先生達もいらしていて、世間話にお付き合い頂き、
 
 
 
初めてお会いした、郊外に移られてセカンドライフを楽しませているという常連の方と酒を酌み交わした。
 
 
 
また、定年後の第二の人生を京都でスタートさせようと東京から京都の借家へと居を移し再就職をしたご夫婦とも話が弾んでしまった。このご夫婦は初めての来店だったが、女将が趣味でやつているダンスチームのせっちゃんとお知り合いだという。前職で京都に転勤になった期間があり、定年を迎えたのを期に京都への移住を決めたそうだ。
 
 
 
お酒は京都の真名井を選んだ。
 
真名井といえば、女人守護の市比賣神社に湧く神水の名前が天之真名井。蔵元によれば、その天之真名井と同じ水質の水で仕込んだお酒なのだという。
 
 
 
同じ水脈から組み上げれば、同じ水質になるわけだからそういうことなのかな。
 
 
 
最初に頂いたハイボールは、絶販となったキリンの富士山麓がまだあったのでそれを頂いた。絶販になる直前にまとめ買いしたのでまだあるのだそうだ。
 
 

盛り上がりすぎて、店を後にしたのは9時半を過ぎていた。お店の前のバス停からバスに乗って河原町。流石に時間が時間だから乗客はほとんど居ない。
 
河原町の人出はなんだか昼間と変わらずに自粛ムードは感じられなかった。
 
 
 
四条通りから折れて先斗町の細路地に入ると、いつもほどではないけれどそこそこ人が歩いていた。あとで聞いてみたら最近は10時を過ぎると人影が疎らで今日は特別だという。芸舞妓もお座敷がないので「ご飯食べ」(食事に同伴すること)くらいしかお花(稼ぎ)がないらしい。
 
 

5月の鴨川をどりもどうなるかわからないから、幻のパンフレットになるかもしれないとこれを頂いた。秀眞衣さんの千社札は前の日に来た時に貼って行ったそうだ。
 
※後日中止となりました。
 
 
 
ショコラトリー ヒサシ
075-744-0310
京都府京都市東山区夷町166-16
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260301/26030624/

 

駒ヶ岳SAで売っていたりんごをみんなで食べようと土産に持って行ったら、お返しに人気のチョコレートをお馳走してくれた。
 
 気がついたら1時半。たぶんしばらくは来られそうにない京都の夜をしっかり堪能させてもらいました。
 
ね。
 
3月13日の金曜日


寝坊した時にすれ違うケーターハムのお兄さん。寝坊すると羽生から幸手まで高速乗るので、いつもと違うルートを走るからなんだけど、逆にちょっと早く出て、高速に乗らないで栗橋方面に行ってみたら、予想通りコンビニで発見。

どんな予想かは、ちょっと言えない😊


コロナで出張と接待が禁止されて久しい。出張手当がないのは苦しいなあ。

もし仮に自分がコロナに感染すると、いつも出入りする関連3営業所が一時的に閉鎖になって消毒するとかなるでしょう。その中に食品スーパーマーケットのセンターがなければなあと思うんだけど、あれは止めたら賞味期限の問題があるし、腐るから。

と、言うことでプライベートでも自粛中なのですが、


3月14日


一茶
0480-32-3865
埼玉県南埼玉郡宮代町和戸5丁目1-33 
https://tabelog.com/saitama/A1104/A110402/11003087/

昼休み。こんな太い蕎麦なのに、満席で待ちました。そんなに人がいっぱいいる処に行って良いのか、コロナなのに!

とは、思ったけれど😓



ホワイトデーで雪(みぞれ)ですか。


3月15日

家で映画を2本見てから自粛疲れを癒す為に散歩にでました。



琴平神社

金鑚神社の境内社です。初めてお参りしました。香川にはお参りしたことがあるので、お久しぶりですと挨拶をさせて頂きました。

金刀比羅神社、琴平神社、金比羅神社など、大物主神を祀る神社で、その本宮が香川の金刀比羅神社です。



龍蓋山佛母寺

足利義満が将軍だったころに出来たお寺だけど、廃仏毀釈で廃寺となり、明治20年に再興された。仁和寺(御室派)よりその歴史により準別格本山を授与され、豊山派、高野山真言宗と変遷し、現在は高野山真言宗、準別格本山。

金鑚山威徳院白蓮寺というのが再興前の名前。その大門は現在でも金鑚神社内に残っている。




高尾山はもちろんあの高尾山の系列です。系列・・・とは言わないなあ💧。



桜。種類は何だろう?

鐘楼には鶴瓶吉田茂の書いた篆額があります。申し訳ありません。先日のドラマ見ていない人にはわからないネタで。



銭洗弁天は本庄七福神の1つです。モダンな弁天様だこと。



さて、家に帰って庭を見ると、どうやら今年は葺の旬を逃しました😢

ね。
2月24日

1週間しか開けないでエンジンに火を入れると、かかりが良いですね。



ツーリングで150粁ちょっと走った後のオイルのチェックをしたらローレベルでした。



とりあえず600ml入れてエンジンかけて、放置したあとチェックすると、ハイレベルとローレベルを間の7割あたりでした。

なんでそんな面倒臭い測り方をしたかというと、粘度の高いオイルを使っているので、冬はなかなかオイルパンまで落ちない気がするんですよね。だから温めて流してから冷ますみたいな😄。

これは次のラリーに向けてのデータ収集みたいなものですね。補充するオイルはどのくらいで、どんな形で持って行ったら良いのかということを考えるベースです。



その合間、つまり冷ましている時間ですけれど、運動を兼ねてちょっと離れたカフェに徒歩でコーヒーを飲みに行きますと、途中で梅が開花しておりました。

春ですね。明日は北野天満宮の梅花祭だなあと、しみじみと思ったりします。


2月25日


こちらは春日部の河津桜です。思い立って久しぶりの食後の散歩。車で20分くらいのところには有名な権現堂の桜堤がありますが、そちらはまだまだ先になりますね。ここは駐車場もないし、賑わいもなく、近所の人はこの辺りの世間に先駆けてゆっくりと花見ができますね。

と思ったら今日(3月11日)の森本毅郎スタンバイで一瞬ですが紹介されてました。

でも駐車場はないですからね。




この日ももう満開と言って良いでしょう。そして今日(3月11日)も満開と紹介されていました。河津桜は開花している期間が少し長いのかな。

そういえば北野天満宮の梅花祭のほうは、コロナの影響で舞妓さんの野点茶会が中止だったそうです。3月20日からの北野をどりは延期、4月の宮川町も延期。祇園は中止です。上七軒、宮川町はそれぞれ自前の歌舞練場を持っているので延期できますが、祇園はそれが老朽化で耐震工事が必要なのです。それで南座を借りて公演しているものですから延期は出来ないわけです。

弁慶はおおきに財団の友の会の特典でこれらのチケットを貰えるので希望日を送ってあるのですが、どうなるのだろう。


桜といえば、(家の)近所にワインの飲めるお店が出来ました。




エノテカ サクラ

https://picpanzee.com/enoteca_saqra

あてと自然派ワインのお店。

この辺りでは珍しく木曜定休です。



この日はフランスの赤と、あ、忘れた!なんとかのリゾット(爆)



こちらは1週間後のリピート。イタリアの赤。



ピリっとした発泡感を感じるワインでした。


3月2日


CoCo壱に寄ったらけっこう混んでいて、あとでカレーを食べるとコロナにならないというデマが流れていることを知りました。

インド人がコロナを発症しないのはカレーを食べているからだという、そんな説だそうですが、だとしてもCoCo壱のカレーではない(最近進出したのは知ってるけど)。



その3月2日限定で発売される小出の緑川酒造の霞しぼり。

今年も宝巌堂の若女将にお願いして取り寄せました。



底に沈殿した濁りをまんべんなく混ぜてからお飲みくださいって書いてあります。その様を霞と呼んだのか。だからいつものお猪口ではなく、ワイングラスで頂きました。美味しい。

ね。